ロベルト・バルティーニ、世界で最も謎めいた航空機設計者(下)

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バルティーニによるデルタ翼の設計はコンコルドに触発されたソ連の超音速機「Tu144」に組み込まれた/aviation-images.com/Universal Images Group/Getty Images

バルティーニによるデルタ翼の設計はコンコルドに触発されたソ連の超音速機「Tu144」に組み込まれた/aviation-images.com/Universal Images Group/Getty Images

デルタ翼

第2次世界大戦が本格化するなか、バルティーニは軍用機の開発に専念した。スターリ7を旅客機から「エルモラーエフYer2」と呼ばれる高速長距離爆撃機に改造し、同機は終戦まで運用されることになった。また、アンドレイ・ツポレフ本人と協力することで、赤軍の重要戦力となる爆撃機「ツポレフTu2」の設計に貢献した。

バルティーニの次なるプロジェクトは、一部のみが製造された大型輸送機「T117」だった。これは戦車などの重い装備品を運ぶ目的で開発されたもので、車両が自走して機内に進入できるよう、後部に特徴的な積み込み用スロープを備えていた。適切なエンジンが足りず完成には至らなかったものの、その設計要素の多くは、アントノフ社による現在の超大型輸送機にはっきり見て取ることができる。

「このプロジェクトは46年に放棄されたが、バルティーニの設計図はアントノフ社に送られた。10年後、アントノフは他に先駆けてワイドボディーの輸送機を製造した」(テザク氏)

46年に刑務所から釈放された後、バルティーニの関心は超音速機に移った。彼の図面からは、超音速機にはコンコルドのようなデルタ翼が必要だとバルティーニがすでに見抜いていたことがうかがえる。

こうした超音速機を設計するため、彼はソ連の初のコンピューター「BESM1」を与えられた。その結果生まれたのが、核兵器搭載や水上着陸、時速約2400キロでの飛行が可能な幻の超音速爆撃機「A57」の構想だ。

元将官のゲオルギー・ジューコフ国防相はこの案を気に入り、開発に使うモスクワ市内の事務所やアパートをバルティーニに与えた。しかし、彼が国防相のポストを失うとA57も廃案になり、代わりに弾道ミサイルが開発された。

テザク氏によると、バルティーニの研究の成果はツポレフ設計局に送られ、そこで「ソ連版コンコルド」として有名なTu144に組み込まれたという。

エクラノプラン

VVA14は地上からも水上からも垂直離着陸できるように設計されていた/Courtesy Andrii Salnikov
VVA14は地上からも水上からも垂直離着陸できるように設計されていた/Courtesy Andrii Salnikov

バルティーニはかねて飛行艇や水上着陸機に魅了されており、34年には既に、北極圏での偵察を念頭に置いた水陸両用双発機「DAR」の試作機をつくっていた。しかし、60年代に入ると水上機の開発を取り組みの中心に据え、特に「地面効果」を利用して水面や地面すれすれを飛ぶ「エクラノプラン」に注力した。

そして72年、今や完全に復権を果たし、ソ連最高の民間人勲章「レーニン勲章」を受け取ったバルティーニは、最も野心的な水陸両用の試作機「バルティーニ・ベリエフVVA14」を完成させた。これは米原子力潜水艦の捜索と破壊を目的に設計されたもので、陸上や水上、砂上、氷上など、あらゆる場所から垂直離陸して高速で水面付近を飛行する狙いがあった。

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