ANALYSIS

ウクライナでのロシアの戦争、危険な分水嶺に

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「住民投票」の3日目に投票者を待つ選挙委員会=25日、マリウポリ/Alexander Ermochenko/Reuters

「住民投票」の3日目に投票者を待つ選挙委員会=25日、マリウポリ/Alexander Ermochenko/Reuters

ウクライナ・クラマトルスク(CNN) この1週間の混乱はまだましだったといったら語弊があるだろうか。ロシアは自ら選んだウクライナの戦争で相変わらず失態を演じているものの、最も危険な瞬間が近づいているのかもしれない。

ロシア大統領府は週内にも、ウクライナの4つの一部占領地域で行われた「偽の」住民投票により、ロシア側が自国領土と呼ぶものへの迅速な編入について付託が得られたと宣言するとみられる。

国際法に照らせば、これらの住民投票は違法だ。すでにウクライナ、米国、他の北大西洋条約機構(NATO)の加盟国は、住民投票には法的根拠がなく、制裁につながると明言している。

それでも宣言は行われるだろう。ロシアはこの機会に乗じて、今回の茶番の中核となる脅しを強めてくる可能性が高い。セルゲイ・ラブロフ外相が先週末に公言したように、ロシア政府が正式に領土となった地域を「完全に保護する」権利を留保しているという脅しだ。

ロシア政府の脅しは明らかに核だ。プーチン大統領はありもしないNATOからの核の脅威の対抗手段として、好戦的な発言をしている。同氏は先週、必要とあらばロシアは「使用可能なあらゆる兵器を行使する」と警告した。

だが、ロシア政府関係者の姿勢は驚くほどもっと明確だ。彼らは核兵器の使用が現実的な可能性と受け止められること、プーチン氏も言うように「はったりではない」と受け止められることを望んでいる。

これをきっかけに、米国政府の発言にも寒気のするような変化が現れた。

この数カ月間、西側関係者は核戦争を少なくとも考慮に入れるべきだという意見をことごとく退けてきた。それが今、米国のジョー・バイデン大統領や政府高官は同盟国、ひいては地球上のほぼ全員を安心させるために、核抑止や即応態勢についてメッセージを発信する必要に迫られている。

米国政府が戦争まっただ中のロシアに対して、核兵器の使用は悪い考えだと公の場で警告しなければならないと感じているような状況は、不安きわまりないものだ。当のロシアは、意のままに屈服させられると思っていた隣国から予想外の劣勢を強いられている。冷戦に暗い落ち着きをもたらした相互確証破壊の原則は失効したようだ。

今我々が目にしているのは、敗戦に直面すればすべてを失っても構わないという狂人的なイメージを押し出そうとするロシアだ。

プーチン氏は大きく弱体化

譲歩も穏当な出口も選択肢にないプーチン氏は、分岐点に差し掛かっている。

ロシア国民の部分的動員令は、過去数十年間ロシアの徴兵を目の当たりにしてきた人々の予想にたがわず、大混乱を引き起こしている。富裕層は国外に脱出し、貧困層が圧倒的多数を占める中、「誤った」人々が徴兵されている。

さびついたライフル、バスに詰め込まれた酔っぱらいの新兵。カギを握る問題もいまだ解決されていない。この6カ月間、ロシアは正規軍に満足な装備を支給できなかったのに、訓練を受けず、おそらくは本人の意思に反して前線に送り込まれる数万人の兵士に、どうやって物資や装備品を届けられるというのか?

新たに動員された兵士の棺(ひつぎ)が帰国するより前に、ロシアでは早くも危機が生じている。動員をめぐる混乱を受け、国営テレビ「ロシア・トゥデー(RT)」のトップ、マルガリータ・シモニャン氏のような政府広報の大物がツイッター上で、父親や息子、夫が誤って前線に送られたというロシア人の相談に乗る事態になっているのだ。

徴兵での手違いは、やる気が先走った地方当局者のせいだとシモニャン氏らは主張している。だが、そもそもこれは戦争であり、ロシアがこのような状況になったのは戦争と遂行方法のまずさが原因だ。政府高官は国民動員令の混乱を認めているが、そこには最高司令官に対する批判がにじんでいる。これは珍しいことだ。

こうしたことがすべて重なって、プーチン氏は単に戦争で劣勢を強いられていた時よりも大きく弱体化している。傷口に塩を塗るように、内部から異論が出ている。おそらく前代未聞の出来事だ。同氏の地位は強さをよりどころにしているが、現在その強さはほぼ完全に力を失った。高齢者や乗り気でない若者を強制的に動員しても、戦場での流れが変わることはないだろう。現地ではウクライナの士気は天井知らずに高まっており、装備も次第に洗練されている。

プーチン氏の周辺が変化を起こすのを期待してはいけない。今回の戦争で彼らはみな同じ穴のむじなで、過去22年間にわたって徐々にロシアをディストピア的な独裁国家に変えてきた抑圧の背後にいる人々だ。プーチン氏には明確な後継者はいないものの、最終的に後釜に就いた者が方向を転換し、平和や経済回復に向かうと期待してはならない。後継者が誰であれ、最初のウクライナ侵攻よりもずっと無謀な行為で自らの才覚を示そうとするだろう。

次の一手は?

我々に残されたのは、決して負けることのできない劣勢のプーチン氏だ。通常戦力が多く残されていない中、この惨状から起死回生を図るために、同氏は別の選択肢を選びかねない。

戦略航空機がウクライナ各地にじゅうたん爆撃を仕掛けるという可能性もあるが、すでに多くの町や都市がこのような状態だ。化学兵器や生物兵器に手を出す可能性もあるが、自国の国境に近すぎて正気や心の平静を保てないだろう。国際社会から激しい反発を引き起こすことにもなるだろう。

そこで浮上するのが、一度はあまりにも理不尽で、紙面に記すのもばかげていると思われていた核という選択だ。だが、これはプーチン氏にもリスクが伴う。NATO軍からの報復に遭う可能性が高いのは言わずもがなだが、十分な数の航空機を飛ばすことができず、戦車の燃料も不足する軍には問題がある。正確かつ限定的、効果的な戦術核攻撃を実行できないのではとの疑問が生じてもおかしくない。

権力にほころびが出始めている中、プーチン氏本人も指揮系統を十分にまとめ、核兵器発射の命令に従わせることができるかといぶかしんでいるかもしれない。この局面でロシア人気質を持つ善良な人々が前面に現れる可能性もある。筆者はロシアで暮らした5年間、聡明で、思いやりと活気に満ち、だが何世紀にもわたる失政で疲弊した国民の姿を目にしてきた。

そうはいっても今後、さらに広い地域で主権を主張するロシア政府の好戦的な態度を一蹴したい誘惑にかられるだろう。足元を確認せず、嵐の中に飛び込んでいった帝国の最後のあがきだ、と。プーチン氏にとっては勝つか負けるかの瀬戸際だが、負けるという選択肢は彼にはない。

本稿はCNNのニック・ペイトン・ウォルシュ記者の分析記事です。

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