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ペロシ下院議長の訪台、米中関係はますます不安定に

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ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問は米中関係にどのような影響を及ぼすか/Nathan Howard/Getty Images/FILE

ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問は米中関係にどのような影響を及ぼすか/Nathan Howard/Getty Images/FILE

(CNN) ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問で、米中間ではすでに激しい舌戦が繰り広げられている。米政府内には、中国政府が台湾海峡の情勢をこれまでにないほど激化させるのではないかという懸念も広がっている。

しかし、2日のペロシ議長の訪台で緊張が高まっているにもかかわらず、米中いずれも現時点では、超大国間の新たな火種が大々的な軍事衝突に発展するとは本気で考えていない。

そうはいっても、対立の焦点になっている問題は、他の何にも増して将来的に米中戦争を引き起こしかねない。ペロシ議長の訪台はほぼ間違いなく両国関係をよりいっそう不安定にし、今後衝突を生む公算もますます高くなるだろう。

中国側はペロシ議長の訪台に対して怒りの警告を発し、米政府は脅しには屈しない姿勢を明らかにした。これらが示しているように、両国内の政治情勢が荒れているために世界で最もデリケートな地政学的対立を収めることがほぼ不可能になりそうだ。

ペロシ議長と同行した議員代表団は2日に声明を発表し、今回の訪問は「台湾の活発な民主主義を支援するという米国のゆるぎない姿勢を尊重するものだ」と述べた。

中国政府が異様なほど報復と代償を警告したにもかかわらず、中国共産党政権や中国国内の人権侵害に長年批判的だった人物が台北に到着した。

ペロシ議長の訪問に先駆けて、米政府と中国政府との間では激しいやり取りが飛び交っていた。

ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)はNBCの番組「トゥデー」に出演し、中国は状況を激化させることについて「慎重に考えるべきだ」と述べ、米国は自国の利益を守るために必要なあらゆる措置を講じると警告した。

だが中国の王毅(ワンイー)外相は、習近平(シーチンピン)国家主席の警告を繰り返した。習氏は先週行われたバイデン米大統領との電話会談で、米国は台湾問題で「火遊び」するべきではないと牽制(けんせい)し、中国政府が推し進める「ひとつの中国」政策を改めて強調した。

中国が自己主張や軍事的・戦略的勢力を強めていることに加え、ペロシ議長の立場や習氏の国家主義的支配による最新情勢により、今回の訪台は長年にわたる台湾問題でもっとも危険な瀬戸際政策となった。

ペロシ議長の台北入りで、中国政府がどう出るかが目下の懸念だ。相次ぐ脅しやプロパガンダで報復への懸念が高まったのを受け、大方の選択肢は極めて警戒すべきものだ。専門家の大半が、何らかの軍事的な威嚇行為があるものと考えている。すでに中国は台湾の防空識別圏(ADIZ)に未曽有の数の戦闘機を送り込んでいる。中国側の動きが現地に駐留する米海軍に直接的な脅威になることはないにしても、誤算を生む可能性は増すかもしれない。そして、深刻な挑発に台湾がどう反応するのかという憶測も飛び交っている。

ペロシ議長の訪台の意図は

なぜペロシ議長は台湾へ向かったのか。議長の訪問は、不要に中国指導部の反感を買うものではないのか。

珍しく大勢の共和党議員もペロシ議長擁護に回っているが、訪台を支持する人々は、台湾への支援を示し、台湾へ自衛手段を提供するという法的義務に米政府が真剣であることを強調することは重要だと述べている。それにペロシ議長は、台湾が中国の権威主義の陰でなんとしてでも維持しようとしている民主主義の象徴でもある。

だが、波紋は台湾問題だけにとどまらない。太平洋地域や全世界に民主主義や西欧の価値観を浸透させ、軍事的・経済的優位性を維持したいという米国の思惑に、中国が異を唱えているという背景もある。

訪台予定が報じられると、ペロシ議長にとって北京の牽制(けんせい)に屈することは、国内情勢からも戦略的理由からも、政治的に考えにくいものになった。中国への対抗姿勢で政治的キャリアを築いてきたペロシ議長にとって、計画の断念は受け入れがたい。自信を新たにした超大国と対立するようになった米国が出だしから引き下がったことを世界に知らせることにもなる。

バイデン大統領の側にも政治的配慮があった。訪台について米軍が懸念していることを公に認めたものの、ペロシ議長ではなく中国に肩入れすることは不可能だった。台湾行きを決断することで起こりうる代償について、政府関係者が議長本人に通告したとしても、大統領が別の政府機関の代表者にあれこれ指図することはできない。

政治情勢も中国の行動要因に

西側諸国では中国共和党指導部が一枚岩だという見方が一般的だが、中国政治局内の政治情勢も荒れている。習氏は攻撃的な国家主義と、台湾の運命は中国本土との「統一」にあるという考えのもとに権力基盤を築いてきた。そして今、植民地主義をめぐって中国が味わった汚辱と、20世紀にしかるべき影響力を発揮することなく世界から孤立した事実を清算して、国家を再活性化させようと意思を固めている。

予定されていたペロシ議長の訪台は、中国にとって痛手以上の意味がある。習氏の肝いりのプロジェクトが米政治家のトップの1人から蔑ろにされたという個人的な屈辱は、当然政治的反応を招く。

今回の危機は、中国政府が転換期を迎えたタイミングで訪れた。数カ月で前代未聞の3期目に入ろうという習氏にとって、少しでも弱いところを見せるわけにはいかない。大規模な都市封鎖はいまも中国の各都市で日常的に行われているが、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)に対する政府の問題だらけの対応や景気低迷により、習氏が国家主義的姿勢に傾倒して国内事情に対する責任を覆い隠そうとする可能性がある。

長きにわたる対立

現在の対立が警戒心をあおる一方、台湾は米中関係において長らく悩みの種だった。議論をさらにややこしくしているのが込み入った外交協定と、中国との交戦の可能性を回避するために策定された米国の微妙な戦略的原則だ。

中国は台湾を自分たちの正当な領土の一部とみなしている。米国は本土の中華人民共和国を唯一の正当な中国政府として承認し、台湾は国家とみなしていない。だが、民主主義の島の主権は自分たちにあるという中国共産党の主張は認めていない。台湾が米国製の武器を購入すれば台湾に自衛手段を提供するが、台湾防衛に関しては意図的に曖昧(あいまい)な政策をとってきた。ひとつには台湾の独立宣言を遅らせるという意図があり、もうひとつは中国指導部に台湾の武力制圧を思いとどまらせようという思惑がある。

元駐中外交官のロバート・デイリー氏は1日、台湾領空への侵入を含め、中国側の最終的な対応から戦争が起きる可能性は低いと述べたが、敵対関係が危険な領域に一歩近づくことになるだろうとも語った。

ウィルソンセンターのキッシンジャー米中研究所の所長でもあるデイリー氏はCNNのパメラ・ブラウン記者に「新たな基準が設定されるだろう。それにより、我々は対立に向かってやや一歩前進することになる」と語った。

「今回のことで対立が深まることはないと思うが、1週間後に中国との関係が今より改善しているとも思えない」(デイリー氏)

バイデン大統領が訪台を憂慮する理由

アジアや周辺地域で広がる中国勢力へ対抗するという原則で、バイデン大統領は米国の外交政策を再編成した。30年前の米国には、当時排他的だった中国を世界経済に呼び込めば、政治的自由化を推し進め、西側中心の世界経済や政治体制に中国を招き入れることが出来るという期待があった。だが中国政府は、増大する軍事的・政治的権力を利用して、米国や同盟国に代表されるものとは別の政治的・経済的価値体系を構築することを目指した。

だがバイデン大統領は、太平洋地域に台頭した大国(中国)と既存の大国(米国)および同盟国との間に戦争が勃発しないよう、新たな対立関係を何とか収めたいとも考えている。

バイデン大統領は習氏との電話会談で、米中関係の基本的な在り方や台湾問題に対するホワイトハウスの立場は変わらないと強調した。だが中国政府からしてみれば、米国が台湾を防衛するというバイデン大統領が最近繰り返す発言は、その都度側近が撤回しているものの、大統領の誠意が疑わしいとの印象を与えているといえるかもしれない。

中国は米議会のタカ派の動きにも注視している。中国が台湾を侵攻した場合の米国の対応について、これまでの「曖昧戦略」政策を転換し、より明確に台湾防衛を明言するべきだという動きが米議会に広がっている。

こうした政策転換が行われれば、米国が太平洋地域で中国との思わぬ戦争に引きずり込まれる危険があるだけでなく、中国政府をより好戦的にしかねないと一部の専門家は言う。あるいは、米国の盾を約束すれば台湾独立への動きを活性化することにもつながりかねず、そうなれば中国は切り札を切らずにはいられなくなり、台湾をめぐる軍事的対立がより色濃くなりかねない。

ペロシ議長の訪台に先立って政権は公式声明を発表し、米政府の政策にいっさい変わりはないことを改めて強調した上で、ペロシ議長の訪問の権利も認めた。同時に、中国から何らかの形で反応があれば、今後数週間は困難な時期を迎える可能性もほのめかした。

米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報担当調整官は1日、CNNの「ニュー・デイ」に出演し、「中国があのような物言いをする理由も、何らかの措置を講じる理由もない。議会の上層部が台湾を訪問することも珍しいことではない」と述べた。

「国として、あのような発言や予想される行動に屈するわけにはいかない」(カービー氏)

だが中国の張軍国連大使は1日に声明を発表し、中国軍はペロシ議長の訪問を「手をこまねいて見過ごす」ことはないと警告し、議長の訪台は「甚大な政治的影響」をもたらすだろうと述べた。

米政府は、習氏もバイデン大統領と同じように、直接的な軍事対立に関心はないとふんでいる。だが、習氏はこれまでの中国指導者よりも手ごわい。中国軍内部には軍事力に対する自信の高まりとともに、根強く国家主義が流れている。

過去に勃発した危機にもとづいてペロシ議長の訪台に対する中国側の対応を推量すれば、好ましくない驚きが米国を待ち受けていることになるかもしれない。

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