(CNN) 米国のトランプ大統領が自らのスキャンダルを制御できなくなることはまずないが、勾留中に死亡した米富豪のジェフリー・エプスタイン元被告の件については、その力を持ってしても抑え込めていないのが実情だ。
これはトランプ氏にとって新しい展開だ。自身の掲げるMAGA(米国を再び偉大に、の意味)運動を最も声高に支持し、最も陰謀論に傾倒する一派と対立しているからだ。
今回に限りトランプ氏は、制御不能な陰謀論の犠牲者であって、その発信元にはなっていない。現状は事態を隠蔽(いんぺい)しようとする「中の人」さながらで、究極の部外者、「ディープステート(影の政府)」の破壊者の姿はそこにない。
最も目立つMAGA派の一部は声を上げている。ジョージア州選出のマージョリー・テイラー・グリーン下院議員は14日、運動内の重大な「反響」に言及。トランプ支持者の中には事態を隠蔽と捉える向きもあると警告した。CNNの取材に答え、「多くの人々にとって、まさに一線を越えるものだった」と、グリーン氏は強調した。
ボンディ司法長官とパテル連邦捜査局(FBI)長官、ボンジーノFBI副長官の間の確執は、大統領就任1期目を襲った混乱や機能不全を思い起こさせるが、より多くの出来事に見舞われる2期目では比較的目立たなくなっている。
現状で政府には、安心感を与える声明を出すことも陰謀論を打ち消すこともできないと理解している人物が誰かいるとすれば、それはトランプ氏に他ならない。同氏は米国政治史上最も悪名高い部類の虚偽の陰謀を過去に広めてきた。具体的にはオバマ元大統領の出生地にまつわる人種差別的な妄想や、2020年の大統領選に実際は勝利していたとする民主主義の腐敗に関する言説などだ。こうした陰謀論は、24年の大統領選で同氏が権力に返り咲くのに一役買った。
しかし、トランプ氏持ち前の陰謀論の技能も、エプスタイン疑惑を抑え込む上での助けにはならなかった。性的人身売買の罪で起訴され、公判前に拘置所で死亡したエプスタイン元被告について、司法省は先週発表したメモで、本人が「顧客リスト」を所持していた証拠はなく、拘置所での死因も自殺だったと主張した。だが、トランプ氏もボンディ氏にそう告げたかもしれないが、証拠はないとする発表はかえって陰謀論に火を付けるだけだ。
トランプ氏は14日に一段と不利な立場に置かれた。CNNは今や1週間近く続く論争に同氏が不満を募らせていると報道。ホワイトハウスが国内外で積み重ねているとする成果にも、論争が影を落としているとした。
政治的影響
一つの大きな疑問は、司法省のエプスタインメモを巡る騒ぎを沈静化できない場合、トランプ氏は自らの政治連合に痛手を負うリスクに見舞われるのかどうかだ。
この10年間というもの、トランプ氏は米国で最も活動的な右派の人物であり続けている。物事を破壊し、ワシントンのルールを打ち破ることで自らのブランドを確立してきたが、もしMAGA派によるメディアでの反乱に終止符を打てなければ、恐らくトランプ氏は困難な時期に突入する。長年自身を支えてきた勢力との間には軋轢(あつれき)が生じる。
とはいえ、トランプ氏の力を過小評価するのは賢明ではないだろう。
トランプ氏は自らのポピュリスト(大衆迎合主義者)的、ナショナリスト(国家主義者)的なイメージの中で共和党を変化させた。異議を唱える議員らはしばしば排除された。トランプ氏の選挙集会を見れば、本人が支持者から信頼と献身を引き出しているのは明らかだった。
メディアに登場するMAGA派のインフルエンサーたちはトランプ氏を批判はするものの、運動における自分たちの地位が大スター本人の威光に依存していることは理解しているようだ。最近のトランプ氏によるイラン空爆の前、インフルエンサーたちの多くは対外戦争を仕掛けることで支持層が分断する恐れがあると警告していた。それでも実際に爆撃が始まると、大半はトランプ氏の意向に沿う姿勢に戻った。
「ドナルド・トランプ氏は非常な強さで共和党を掌握している。今回の件でその支配が終わるという考えは間違いだと思う」。共和党のストラテジストでCNNへの寄稿者も務めるクリステン・ソルティス・アンダーソン氏は14日、CNNの番組でそう述べた。ただ今回の混乱はトランプ氏にとってこれまで以上に問題になる可能性があるとも指摘。共和党に対するイデオロギーの戦いというより、自らの支持者との信頼や自身のアウトサイダー的地位が関わる問題だからだと、同氏は言い添えた。
来年の中間選挙でトランプ氏が投票にかけられることはないが、それでも草の根の共和党支持者の間で少しでも熱が冷めるような事態になれば、選挙結果に一定の影響を及ぼす可能性はある。
トランプ政権1期目の上級顧問で現在はポッドキャスト番組の司会を務めるスティーブ・バノン氏は、米非営利団体「ターニングポイントUSA」の11日のイベントで現状について、MAGA派の基盤に劇的な影響をもたらす規模の浸食は起きないだろうと主張した。同氏によると、MAGA派の1割が離反すれば共和党は下院で40議席を失う可能性がある。それは民主党が過半数を握ることを意味する。
トランプ氏は次に何をするのか?
トランプ氏が圧力を感じているのかどうかは確認する価値がある。仮にそうであれば、他者の注意をそらす達人である同氏は、新たな論争の舞台を用意しようとするかもしれない。
トランプ氏はMAGA運動のDNAに埋め込まれた問題にしばしば立ち返っている。具体的には移民政策での強硬姿勢を通じ、MAGA派の結束を取り戻そうとしてきた。従って国境管理を統括するトム・ホーマン氏と国土安全保障省のクリスティー・ノーム長官が13日の報道番組で強硬発言をしているのを見ても驚きはなかった。ただMAGA派に人気のこれらの閣僚も、週末にかけて高まったエプスタイン元被告関連の不満を覆い隠すことはできなかった。
そうした不満の第一の原因はボンディ氏が今年初め、FOXニュースの番組でエプスタイン事件にまつわる大きな事実が暴露されるかもしれないと示唆したことだった。トランプ氏はこの数日間でボンディ氏への強い支持を表明しており、13日のサッカーFIFAクラブワールドカップ(W杯)決勝では同氏と共に会場を訪れている。ボンディ氏もまたトランプ氏に有益な人物で、ここまで司法省の形を変えてきた結果、同省は事実上、大統領個人にとっての法律事務所となっている。
それでも、ボンディ氏が政治基盤からの雑音を静められなければ、トランプ氏の耳にはボンディ氏の仕事ぶりに関する囁(ささや)きがこれまで以上に寄せられることになるだろう。過去のこうした状況下では、トランプ氏は自ら選んだ閣僚に対する関心を失っていた。
週末のソーシャルメディアの投稿で、トランプ氏はボンディ氏を「素晴らしい」と評価。司法長官の職務を果たすのを認められるべきと述べていた。
しかしトランプ政権において忠誠心は通常、一方向にしか働かない。そして今回の話の流れに即した方向というのは、トランプ氏がボンディ氏から距離を置く動きになるだろう。
一方、CNNのホワイトハウス担当チームは、トランプ氏がこの件でボンジーノFBI副長官を失うことを望んでいないと報じた。それにより政権が分裂したような印象を与えるというのがその理由だが、一部の人々は今後ボンジーノ氏が長期的に現職を続けることはないとも予想している。
ジョンソン下院議長は14日、CNNの取材に答え、依然としてボンディ氏を信頼しており、エプスタイン元被告の問題についてトランプ氏が正しい行動を取ると信じていると述べた。ジョンソン氏がこうした質問に答える用意をしているという事実から、ボンディ氏に圧力が掛かっていることが分かる。
最高陰謀論者
例によって、トランプ氏は自身が混乱に巻き込まれないよう新たな陰謀論で民主党を攻撃し始めた。関連する文書は民主党が数年前に公開するべきだったのにしなかったという内容だ。これは過去にはしばしば成功した動きで、党派に結束をもたらした。しかし今回はうまく機能していない。
トランプ氏は単に民主党に対して、自身の判断をじっくり精査させる道を開いただけだった。
「米国民には真実を知る資格がある。完全に信頼できる真実のみを知る資格が。それはジェフリー・エプスタインを巡る事件の汚らわしい全容に関係している」。民主党のジェフリーズ下院院内総務は14日、記者団にそう述べることでMAGA派の分裂拡大を図った。「これはドナルド・トランプ、パム・ボンディをはじめとするMAGA派の過激主義者たちが過去数年にわたってあおり立ててきた陰謀論だった。今、その悪行の報いが来ている」

記者会見で話す民主党のジェフリーズ下院院内総務=14日/J. Scott Applewhite/AP
保守派の最有力のインフルエンサーたちは、ターニングポイントUSAのイベントや14日のポッドキャスト番組で、引き続きエプスタイン事件についての答えを求めた。元被告がどこで富を築いたのか、どのような人物と関係があったのか、そして誰が彼をかばっていたのか。
これらの全てが示すように、エプスタイン事件にまつわる論争がすぐに収束する公算は小さい。
その理由の一つは、事件がトランプ氏と側近によってこの数年広められた主張の中心を占めているからだ。米国は諜報(ちょうほう)機関や大富豪、いかがわしい政治勢力で構成される「ディープステート」の支配下にあり、彼らが水面下で様々な事件を画策しているというのがその内容だ。
トランプ氏はこの虚偽の神話を利用して権力を築き上げた。自らを米中央情報局(CIA)とFBIの犠牲者として描き、司法を武器化した。自身こそが、全国に広がるMAGA支持者の希望を体現する存在だったからだ。
今やトランプ氏は、そのような腐敗したとされる組織の側に立っているように見える。それを打倒する側ではなく。
エプスタイン騒動で米国が傷つく可能性
しかし、事態は大統領とその運動に関する話だけでは済まない。
トランプ氏の立場と司法省が陥った混乱を踏まえると、国全体にも影響が及ぶ。
論争を通じ、現代政治の不都合な内幕が明らかになった。分断されたメディア環境により、真実の概念が打ち砕かれる実態も示された。
MAGA派のメディア司会者たちは、エプスタイン元被告の疑惑の顧客リストや拘置所内での死の隠蔽を補強しない事実の受け入れを拒絶した。これはある強力な傾向が極端な形で進んでいる状況を反映する。つまり一段と多くの市民が、自分たちの信じたい内容を補強する事実を選択したがるという傾向だ。トランプ氏は他のどの政治家よりもこれを推し進めている。
陰謀論に取りつかれたトランプ政権の腐敗体質は、司法省とFBIにも被害をもたらしかねない。上層部の確執により、これらの機関は中核的な任務から注意がそれるリスクを負う。それらの任務には公正な司法行政、暴力的な犯罪やテロに対する米国民の保護が含まれる。またこれらの機関の目的が政治によって妨げられれば、トランプ政権下で実際に起きているように、影響が制御不可能な事態に陥る場合もある。
そしてMAGA系メディアの誰も、ある重要な問題には言及していない。
昨年の大統領選でトランプ氏に投票した有権者の多くは通常以上に多様な共和党連合の一員なのであって、強硬なMAGA系陰謀論者ではなかった。彼らは生活費の危機に不満を募らせる米国民であり、食料価格や家賃、子育て、教育を気に掛ける人々だった。
今回の一連の政局は、性犯罪に問われ死亡した元被告が絡む荒唐無稽な陰謀論についてのものだが、果たしてそれが上記の人々に受け入れられるのだろうか?
来年11月に彼らが投票所へ足を運ぶ時、そうした陰謀論を真っ先に頭に思い浮かべる公算は小さいと考えられる。共和党が議会の過半数を握れるかどうかの運命は、彼らの投票で決まることになる。
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本稿はCNNのスティーブン・コリンソン記者による分析記事です。