ウクライナへの武器供与停止について問われるトランプ大統領
(CNN) ウクライナでの戦争は今この瞬間、振り出しに戻ってしまったかもしれない。
まずはウクライナへの武器供与をめぐるトランプ氏の発言から見てみよう。ロシアの軍事侵攻には対抗するという、米外交の数十年来の基本原則に立ち返る発言だった。同氏は7日、ウクライナに「もう少し武器を送る」と表明。「送らなければならない。ウクライナには自衛の能力が必要だ。とてもひどい攻撃を受けている」と述べた。
トランプ政権が数日前に発表した軍事支援の停止を覆す内容だったが、その背後ではヘグセス国防長官がうなずいていた。トランプ氏の意図は一体どこにあったのか。同氏から詳細な説明はなかった。
この方針転換に先立ち、ウクライナのゼレンスキー大統領は4日にトランプ氏と電話で会談していた。ゼレンスキー氏によれば、両首脳は武器の共同生産や防空態勢について協議したという。
トランプ氏が詳細を語らなかったのは戦略的な判断かもしれないし、同氏が時折示す、詳細を軽視したがる傾向の表れかもしれない。ウクライナに武器を供与するという同氏の発言は一見、バイデン前大統領の言葉と似通っているようだが、実は大きな違いがある。バイデン氏はウクライナに提供したひとつひとつの武器について、身を切るような詳細を公表した。透明性を確保することで、ロシアとの突発的なエスカレーションを回避できるとの考えがあったとみられる。
だがバイデン氏は結局、ウクライナとの間で新たなシステムや供給する武器のひとつひとつについて、うんざりするほどの議論を公然と繰り広げる羽目になった。その過程で、高機動ロケット砲システム「HIMARS(ハイマース)」から戦車、F16戦闘機、長距離ミサイル「ATACMS(アタクムス)」によるロシア領内への攻撃まで、無理な要求とも思われたウクライナ側の希望は最終的にすべてかなえられた。米国が明らかに、大っぴらにエスカレーションのはしごを上っていく様子は、ロシアにも丸見えだった。トランプ氏は恐らく、発言を抑えることでそういう事態を回避しようとしているのだろう。
だが大統領就任から6カ月たつかたたないかのうちに、トランプ氏は結局、バイデン氏がずっとはまり込んでいた状況に引き戻されている。ここへ至るまでに、ロシアのプーチン大統領にすり寄ったかと思うと批判したり、ゼレンスキー氏とけんか別れした後で仲直りしたり、欧州をはねつけた挙句に結局支持に回ったりと、あらゆる手を試みてきた。今回の方針転換が長続きするのかどうかは分からないが、転換に踏み切ったタイミングからうかがえるのは、戦争が切羽詰まった状態にあるということだ。
ロシア軍が最近、ウクライナの首都キーウへの攻撃に過去最多のドローン(無人機)を投入したことで、キーウの防空体制の重大な弱点とみられる問題が露呈した。兵器の補給がなければ、問題はさらに悪化していただろう。ウクライナの報告によると、北部と東部の前線にはロシア兵16万人が集結している。今後数カ月の動向は予測不能で、米国からの軍事支援が再開したとしても、ウクライナは重大な局面を迎えることになるだろう。
トランプ氏の方針転換は、崩壊の危険性へと向かうパニックにストップをかけたともいえる。ではどうして方針を変えたのか。
トランプ氏は常に、プーチン氏と良好な関係を結ぼうと努めてきた。忍耐強い外交や友好的な発言に加え、ロシア側が交渉の条件として要求した通り軍事支援を一時的に停止してみたものの、プーチン氏の立場を変える効果はなかった。ロシアは和平を望んではいない。こうしてトランプ氏はゆっくりと、米ロ協力に向けた近年の取り組みを打ち消し、ロシアは敵だという考え方を身につけてきた。
米史上最長の戦争となったアフガニスタン戦争が終結した時、トランプ氏と同国のイスラム主義勢力タリバンが結んだにわか作りの和平合意を受け、バイデン氏が米軍を急いで撤退させた場面は、バイデン氏にトラウマを残し、今も共和党が民主党を攻撃する有力な材料となっている。ウクライナや東欧で米国の同盟勢力が同様の敗北を喫することになれば、共和党やトランプ氏のMAGA(米国を再び偉大に)運動の歴史に消えない汚点が残るだろう。今のところこうした事態が差し迫っているわけではなく、可能性がそれほど高いわけでもない。ただプーチン氏が今後数カ月間に計画している攻撃が成功するかどうかによっては、その可能性が出てくるかもしれない。

ウクライナ兵がパトリオット防空ミサイルシステムの訓練を受けるドイツの軍事訓練場を視察するゼレンスキー大統領=2024年6月/Jens Büttner/AFP/Getty Images
一方でロシアもこの6カ月間外交の道を探った末、今は振り出しに戻っている。和平という名の降伏でなければ受け入れないという立場だ。ここまでの目的は達成した。交渉で戦争を終結に導けるという米政権のもくろみに取り入って交渉に時間をかけ、その間に夏季攻勢の兵力をそろえて足元を固めたというわけだ。
プーチン政権のラブロフ外相は7日、ロシアが一歩も譲れないという最大限の要求を改めて打ち出した。同氏はハンガリー紙とのインタビューで、戦争の「根本原因」を排除する必要があると主張。「ウクライナの非武装化と非ナチ化、対ロシア制裁の解除、西側で違法に差し押さえられた資産の返還」など、非現実的な数々の要求を掲げた。
同氏はさらに、ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟しないと約束すること、ウクライナの占領地がロシア領として認められることを求めた。この中には、ロシアがこれまでに制圧してさえいないウクライナ中南部ザポリージャ州や南部へルソン州の一部も含まれている。ロシア軍がウクライナ侵攻を開始して数週間、キーウ近郊でロシア兵が民間人を射殺した時期に、トルコの最大都市イスタンブールで開かれた初の交渉でロシアが提示した要求と、何ひとつ変わらない内容だった。
プーチン氏が交渉を拒否する理由は単純だ。同氏はこの戦争を、ロシアやその伝統的価値観と、リベラルで拡張主義で攻撃的なNATOとの存亡をかけた衝突だとする(偽りの)大義を掲げてきた。これはロシア史における1かゼロか、ふたつにひとつの分かれ道だというのが、同氏の論調だ。米国に言われるまま見せかけの短い停戦を受け入れれば、偽りの大義を力説する立場と矛盾し、ただでさえ低い兵士たちの士気をますます削ぐ恐れがある。ロシアの兵士たちは司令官のひと声で過酷な前線の戦闘に送り込まれ、命を粗末に扱われている。
そんなわけで、プーチン氏もトランプ氏もこの瞬間、それぞれ期せずして2022年のロシアと米国に引き戻されている。ロシアは再びウクライナ侵攻に向け、数万の兵力を集結したとされる。外交には期待できない。米国はウクライナの自衛を支援しなければ、軍事的覇権の終焉(しゅうえん)という恥を世界にさらすことになりかねない。ウクライナは今もその真ん中で、両大国が揺れ動いたり急回転したりするのを見ながら、何とか持ちこたえている。
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本稿はCNNのニック・ペイトン・ウォルシュ記者による分析記事です。