OPINION

屈辱は受け入れぬ、プーチン氏が世界に知らしめたい意志

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ロシアによるキーウ(キエフ)中心部への軍事攻撃の後で炎上する車両/Gleb Garanich/Reuters

ロシアによるキーウ(キエフ)中心部への軍事攻撃の後で炎上する車両/Gleb Garanich/Reuters

オデーサ(CNN) 抑え難い祝賀ムードが、ここウクライナで流れていた。きっかけは1件の大規模な爆発だ。爆発は極めて戦略的かつ象徴的な「ケルチ橋」を先週末に直撃した。しかしその後の浮かれた雰囲気の中にあってさえ、クレムリン(ロシア大統領府)による報復への不安は常について回った。

10日、不安が現実のものとなる。

マイケル・ボチュルキウ氏
マイケル・ボチュルキウ氏

その日の早朝、複数のミサイルが首都キーウ(キエフ)へ数カ月ぶりに撃ち込まれた。狙われたのは権力の中枢に格段に近い地域だ。

大規模なロシアの爆撃が複数の都市を襲った。このうち国内西部の奥に位置する都市は、北大西洋条約機構(NATO)の東の側面から目と鼻の先だ。ウクライナ全土に渡る攻撃がほぼ同時に行われ、紛争を新たな次元へと押し上げた。国の大部分が猛然と息を吹き返そうとしていた、まさにそのタイミングで。

攻撃が起きた時、人々はちょうど仕事に向かい、子どもたちは学校に送り届けられたところだった。キーウに住むある友人は筆者宛てのテキストメッセージで、自分が渡り終えた橋が10分後に破壊されていたと伝えた。

知り合いのウクライナ人の中でも特に打たれ強いこの女性が、そのときばかりはただこう書くしかなかった。「今は調子がよくない」

ソーシャルメディアに上がった信憑(しんぴょう)性の確認されていない動画には、キーウにあるタラス・シェフチェンコ国立大学の近くや独立広場のそばが爆撃される様子が映っている。大統領府から歩いてすぐのところだ。ウクライナの当局者らによると、首都への攻撃の結果5人が死亡した。

他に爆撃が報告された都市はドニプロ、ジトーミル、イバノフランキウシク、スムイ、ハルキウ、リビウ、ミコライウだ。

現地時間の正午時点で、南部オデーサにある筆者のオフィス周辺は不気味に静まり返ったままだ。この前後には空襲警報のサイレンが鳴り、ミサイル3基と自爆型のドローン5機が撃墜されたと報告があった(通常であればこの時間帯、近くのレストランは客でごった返し、今度行われる予定の結婚式やパーティーの話題で持ちきりになる)。

10日の攻撃のわずか数時間前には、南東部の都市で欧州最大の原発にも近いザポリージャにある集合住宅が、数多くの爆撃を受けた。多くは人々が寝静まっている時間帯に行われ、少なくとも17人が死亡。数十人が負傷した。

自身のオフィスの外で撮影した動画の中で、反抗心をにじませたゼレンスキー大統領はウクライナ全土での100余りのミサイル攻撃について、国内にあるエネルギーインフラを狙ったもののようだと述べた。8つの州と首都において、少なくとも11の重要なインフラ施設が被害を受け、一部地域では電力供給が途絶えた。シュミハリ首相が明らかにした。

息を吹き返し始めていたウクライナ

ロシア軍が首都に迫った開戦当初を想起させる光景の中、キーウに拠点を置く一部メディアは、当面地下の防空壕(ごう)へと移って業務を行っている。シェルターとして使われているある地下鉄の駅には大勢の人々がホーム上に避難。少数のグループは愛国的なウクライナの歌を歌っている。

実際のところ、ウクライナ各地の都市に住む多くの人々が、今後1日の大半を防空壕の中で過ごすことになる。それが当局からの強い要請だ。一方で各企業には、可能な限りオンラインでの業務に移行することが求められている。

地元のラジオによると、教育相も子どもたちに対し、14日まで家庭での学習を行うよう呼び掛けているという。

ウクライナの多くの州が再び息を吹き返し始め、無数の亡命希望者が帰還しようとするまさにその時、一連の攻撃は景気動向への信頼感に改めて打撃をもたらすリスクをはらむ。

プーチン氏にとってクリミアの橋とは

ある意味において、10日の攻撃は驚くに値するものではなかった。とりわけ前日の9日には、ロシアのプーチン大統領がウクライナ政府を名指ししてケルチ橋を攻撃したと非難。「テロ行為」との認識を示していた。

プーチン氏にとって、ロシア本土とクリミア半島を結ぶ唯一の橋が持つ象徴的な意味合いはどれだけ誇張してもしつくせない。攻撃の前日が自身の70歳の誕生日だったことも、痛手に拍車をかけたと言える(これに乗じて創造性あふれるネットユーザーは、「ハッピーバースデー、ミスター・プレジデント」と歌うマリリン・モンローの映像を組み合わせた動画を作成した)。年老いていく独裁者に、恥辱をやり過ごす能力などおそらく残されてはいないだろう。

新たに領有権を主張した領土を巨額の投資による記録破りのインフラ計画で固定化することは、独裁者たちによく見られる傾向だ。2018年にはプーチン氏自ら欧州最長のケルチ橋の開通式に立ち会い、トラックを運転して橋を渡った。同年、中国の習近平(シーチンピン)国家主席はマカオ、香港の返還後最初の事業の一つとして、過去にポルトガルと英国の領土だったこれらの地域を世界最長の海上橋で結んだ。総工費200億ドル、長さ約54キロのこの橋は、予定より2年ほど遅れて開通した。

プーチン氏により強い屈辱感を植え付けるかのように、橋の爆発はウクライナ側が急激な反攻を仕掛ける中で起きた。これによりウクライナはロシア支配下の領土に位置する主要な地域を複数制圧。そこにはプーチン氏が最近併合を宣言した州も含まれる。

ウクライナ人は橋の爆発に即座に反応した。ユーモラスなミームに彩られたソーシャルメディア・チャンネルはクリスマスツリーを思わせるにぎわいを見せ、多くの人たちがテキストメッセージで歓喜の思いを共有した。

ただそれも、長くは続かなかった。

自尊心と利己心にとらわれたプーチン氏がじっとしているはずもなく、本人が熟知している唯一のやり方で対応に動いた。より多くの死と破壊を生み出すその力は、国家保安委員会(KGB)の元工作員として自然に身に付いたものなのだろう。

それは同時に、自暴自棄のなせる業でもあった。国内では批判の高まりに直面。国家の統制下にあるテレビ番組でもそうした言説が語られている。プーチン氏はいつになく危険な状態にある。

次に何が?

10日の爆撃に先駆け、ウクライナ国防省の情報総局を率いるキリロ・ブダノフ少将はウクライナ人ジャーナリストのロマン・クラベツ氏に対し8月下旬、「年末までに、最低でも我々はクリミアへ入らなくてはならない」と述べていた。ここで示唆される計画はロシア軍を14年の国境線まで押し戻すというもので、筆者が話を聞いたウクライナ人もこれを圧倒的に支持している。

しかし、首都を含むウクライナの主要都市を標的にできるロシアは、依然として計り知れない損害と混乱を引き起こし得ることを見せつけた。10日の爆撃は、ロシア・ウクライナ紛争を14年以降で最も危険な部類の次元へと押し上げている。緊張感はプーチン氏がかねて発表した声明ですでに高まっていた。それは戦術核兵器の使用が引き続き検討されていることをうかがわせる内容だった。

キーウの中心部や官庁街の近くが爆撃を受けた重大さは、どれだけ誇張してもし過ぎることはない。西側諸国の政府がそこから見いだすべきなのは、開戦から229日目にして越えてはならない一線が越えられているという状況だ。

現時点で極めて重要なのは、米国政府と同盟国とが緊急の電話外交を行い、中国とインドに対して強く呼びかけることだ。依然としてプーチン氏に一定の影響力を持つと考えられる両国を動かしてその衝動に歯止めをかけさせ、さらに多くの死者を出す兵器の使用を防ぐ必要がある。

弱点を探し出し、分裂に付け込む人物に対抗する上で、最も重要なのは西側諸国が直ちに結束と覚悟を示すことに他ならない。また西側の政府は口先の言葉と制裁について、プーチン氏の行動に何の影響も及ぼさないのであればほとんど意味がないことを自覚する必要がある。彼らは引き続きウクライナ人に武器を与え、緊急の訓練を施さなくてはならない。たとえそのために軍事の専門家を戦場の近くへ送ることになっても、それにより高度な技術を駆使した兵器の統合が加速する。

さらに、ハイテクを備えた国防システムによってキーウと国内各地の重要なエネルギーインフラを守る必要がある。冬がすぐそこまで迫る中、暖房システムの保護は喫緊の課題だ。

また西側がロシアを一段と孤立させる時期にも入っている。通商や渡航の規制によるこうした孤立化で十分な影響を与えるため、多くのロシア人旅行者を受け入れるトルコや湾岸諸国に圧力をかけ、参加を促さなくてはならない。

これらの措置のどれが欠けても、プーチン氏に対しては分別のない暴力とさらなる人道危機の悪化を許すことにしかならないだろう。それは将来的に欧州全域にも波及していく。軟弱な対応はクレムリンから見て、引き続きエネルギーや移民、食料を武器にできる兆候として受け取られるだろう。

これは世界規模の戦争だ。従って、それに見合った扱いが必要になる。

マイケル・ボチュルキウ氏は世界情勢アナリストで、欧州安全保障協力機構(OSCE)の元広報担当者。現在は米シンクタンク、アトランティック・カウンシルのシニアフェローを務める。CNNには論説を定期的に寄稿している。記事の内容は同氏個人の見解です。

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