OPINION

プーチン氏は裸の皇帝

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プーチン氏の行動を理解するには、クレムリンの内部情報に対する検証が重要になる/AFP/AFP/RIA NOVOSTI/AFP via Getty Images

プーチン氏の行動を理解するには、クレムリンの内部情報に対する検証が重要になる/AFP/AFP/RIA NOVOSTI/AFP via Getty Images

(CNN) ウラジミール・プーチン氏は気がふれてしまったのか? でなければどうしてロシアの大統領ともあろう人物が、かくも無謀なやり方で世界を想像もつかない危機の瀬戸際に追いやれるのだろうか? クレムリンの外から見れば全く正当化できず、勝ち目もないウクライナでの戦争によって。

ダグラス・ロンドン氏/London family
ダグラス・ロンドン氏/London family

そう。この戦争に勝ち目はない。たとえロシア軍がウクライナの民主的な政府に銃剣を突きつけ、ロシアの傀儡(かいらい)政権と入れ替えて国を占領しても、クレムリン(大統領府)が直面するのは血みどろの内乱であり、壊滅的な経済の悪化だ。

プーチン氏にはまだ実感がないかもしれないが、本人が最も恐れるのは草の根の運動によってその地位を追われることであり、そうした事態は当人が自らの手で開始したものから生じる可能性がある。しかし長くロシアを注視してきた立場から言うと、プーチン氏が正気を失ったという見方は疑わしい。むしろあまりにも情報に不備があり、自身の複雑な計算の基礎となる諜報(ちょうほう)活動が現実をほとんど反映できていない状態なのだと思われる。

ガブリエル・ガルシアマルケス氏など多くの人々が述べてきたように、「戦争を始めるのは、終えるよりも容易(たやす)い」。この警告の意味するところは、プーチン氏にもわかっていたはずだ。

歴史をよく学んでいる同氏だが、過去に対する理解は歪曲(わいきょく)されている恐れがある。もしプーチン氏がロシアの味わった屈辱というものを認識し、それに駆られて歴史を書き換えようとしているなら、その強い動機付けは実際のところ本人のエゴよりも、自己の存在を脅かす現実的な不安の方から来るのかもしれない。そうした脅威を抑え込まなければいずれ自分の身は滅ぶと、同氏は信じている。

プーチン氏の意図

ロシアが正真正銘の民主国家なら、プーチン氏は権力を維持できず、不正な手段で得たとされる富も手放さざるを得ないだろう。大統領の座を一時的に明け渡した2008年、この年大統領職は事実上暫定的かつ名ばかりの指導者、ドミトリー・メドベージェフ氏の下に転がり込んだが、それよりもずっと前からロシアの本当のリーダーはその意図を明確にしていた。

05年、プーチン氏は連邦議会に対する年次教書演説で、ソビエト帝国の崩壊は「100年に1度の地政学的大災害だった」と明言。それは1つの「伝染病」となって分離主義的運動を助長しながら、「ロシアそのものに波及していった」と語った。

21年12月の「歴史的ロシア」の消滅に関するコメントは、18年3月に発表した自らの声明に対する自然な補足だった。記者に向けたこの声明で同氏は、可能ならソ連崩壊をなかったことにしたいと述べていた。

旧ソ連の情報機関「国家保安委員会(KGB)」出身のプーチン氏は経験を積んだ情報将校であり、他人を支配することに取りつかれている。1人の情報将校が努力の末権力を築き上げ、あらゆる人間や物事を支配下に置く。どのような言葉でそれらを認識するかも含めて統制をかけ、続いて起こる別の動きもコントロールできるようにする。

数多くの舞台がこの作業のために用意される。プーチン氏による情熱的な演説や、男らしさをアピールする写真の公開、ロシア最高位の当局者らが示す絶対的服従、そして国の神秘的な雰囲気を盛り上げるために軍事力で圧倒する場面などはその反映に他ならない。

プーチン氏が芝居がかった調子でロシアの核戦力を厳戒態勢に置くよう命令したのも、観衆の存在を意識してのことだった。観衆とは自国民と西側にいる人々の両方だ。そこにはこれ見よがしの演出で報復的な反応を引き出し、自らの言説を補強する狙いがあった。

ロシアは侵略者による攻撃の犠牲者なのだと、同氏は主張する。従って先手を取り、最大級の打撃を与えるのは、優先的に認められた自衛のための行動となる。もしそれが本当に米国の軍事的脅威に向けた対抗措置だったとしたら、わざわざ命令を公開する必要などなかった。

仮にロシア軍が密かに厳戒態勢を取った場合でも、米国の情報機関は直ちにその兆候を察知しただろう。1973年の第4次中東戦争の間、米軍はロシアの軍事行動を受けて自国の核戦力を厳戒態勢に置いたが、当時のニクソン政権は公の発表を一切行わなかった。それでも米国は細心の注意を払って命令を全軍に伝達し、安全保障の体制が構築されているのを公然と示した。ロシア側の首脳陣は、すぐにそのメッセージを受け取った。

プーチン氏持ち前の実践主義者としての哲学は、何事も運任せにせず、あくまでも主導権を握ろうとするものだ。そして敵が後手に回らざるを得ない状況を自らの影響下で作り出していく。だがその成否は、全て質の高い情報を得られるかどうかにかかってくる。潜在的な欠陥や弱点を念頭に置くことなく設計図を描けば、出来上がるのは砂上の楼閣と相場が決まっている。

予想外の状況

ウクライナで起きている事態が最終的にどのような結末を迎えるのか、判断するのは時期尚早だが、プーチン氏の戦争が本人の予想した、もしくは希望したであろう通りに進んでいないことに議論の余地はほとんどない。

誰にもプーチン氏の考えを読み取ることはできないものの、ごく限られた視点から浮かび上がるのは、王宮を作り上げた1人のリーダーの姿だ。そこへ集まるイエスマンたちに、プーチン氏の気に入らない知らせをあえて届けようとする者はいない。同氏は国の要職をシロビキと呼ばれる有力政治家で埋めた。彼らはロシアの諜報機関に所属した経歴を持ち、大半が元KGBだ。

しかし盗人に仁義はない。この場合、これらの元スパイをプーチン氏が当てにするのは、彼らを操り、統制する自らの能力に自信を持っているからだ。彼らは国の資源を略奪するのに熱中している。財布を膨らませる報奨金はあくまでも忠誠心の見返りであって、本質的な信頼に対するものではない。

プーチン氏が最近開いた国家安全保障会議の内容は恐らく仕組まれたものだ。事前に用意した台本に従って録音、録画した公算が大きく、編集も行っているだろうが、そこから垣間見えてくるものもある。そして官僚たちの言動は、自分たちのリーダーが示す命令と手本とを反映する。プーチン氏が抱える諜報、安全保障、国防の各機関も突き詰めれば官僚制に帰属する。

見たところ自分自身の安全保障を病的なほど気にしているプーチン氏だが、外部から隔絶した環境に身を置くその姿勢や気まぐれな振る舞いを受けて、明らかに周囲は自己検閲と情報操作の度合いを引き上げている。影響は関係者全体に及ぶ。本来なら彼らはプーチン氏のために、外界の状況を正確に説明する立場にある。

このような雰囲気の中、ショイグ国防相やゲラシモフ参謀総長は、一体どれだけの透明性を確保して軍の戦闘能力や兵站(へいたん)の機能に関する報告を行えるというのだろう? 仮にロシア軍の損失がメディアの伝えるよりずっと小規模なものだとしても、このまま行けば依然としてその数は、米国が過去20年にわたりアフガニスタン、イラク、シリアで被ったものの数倍に上る計算になる。

ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)のコスチュコフ総局長からは、公の発言がほとんど聞こえてこない。強硬派で有名なこの人物は、表向きプーチン氏と認識を共有する。コスチュコフ氏の統括する組織、特に29155部隊はこれまで暗殺や破壊工作、他国における反乱の支援に関わってきた。今後同氏の口数は一段と減っていくかもしれない。

戦争開始から数日のロシアの戦略がGRUの評価を反映したものだったとしたら、コスチュコフ氏の命運は衰退の道をたどるだろう。GRUはロシア軍がウクライナ全土を席巻し、親ロシア派の住民はほとんどこれに抵抗しないとみていた。これらの住民は侵攻に共感するとは言わないまでも、情勢に対して無関心だろうと踏んでいたのだ。

ロシア対外情報庁(SVR)を統括するセルゲイ・ナルイシキン氏と連邦保安庁(FSB)トップを務めるアレクサンドル・ボルトニコフ氏が、すっかり縮み上がってプーチン氏と同席しているのをテレビで見ると、彼らがプーチン氏に対してウクライナ人の戦意に関する警告を行った可能性は低いと思われる。経済に壊滅的な影響を及ぼす恐れのある対策を、世界有数の自由民主主義諸国が打ち出している状況についても同様だ。

プーチン氏を注視する

世界中が息をのんで見つめる中、プーチン氏の行動は大国同士の争いを長く定義してきたいくつかの想定を崩しつつある。例えば「相互確証破壊」という概念は、もはや以前考えられていたほど頼れる保護装置にはならないかもしれない。

プーチン氏が公然と支持したロシアの核抑止政策の改訂版によれば、国家にとって重要な政府および軍事施設が狙われた場合は、従来兵器による攻撃であっても、核兵器を使用しての応戦が可能になる。またベラルーシはこのほど、国民投票によって改憲を承認し、核兵器の配備が可能になったと発表した。おそらくこれを契機に、プーチン氏は移動式の中距離核ミサイルを北大西洋条約機構(NATO)との境界からさらに近い位置に配備するだろう。

米中央情報局(CIA)国家秘密本部で34年勤務し、ロシア側の標的を長く追跡してきた筆者が先入観を抱いている可能性はあるが、より深い洞察によってプーチン氏の望みや意図、意思決定の根拠となる諜報を眺める場合、今後頼りにできるのは我が国の誇る技術力よりも生身の人間の方だろう。

高解像度のスパイ衛星のおかげで、我々はロシア軍兵士の数を数え、陣形を確認し、兵器を検証することができる。また複数の情報収集施設では通信量の監視のほか、ときには通信内容の部分的な把握さえも行っている。

しかしこうした技術をもってしても、ウクライナについての最も重要な疑問には答えが出せない。ウラジミール・プーチンという人物は一体何を考えているのか? 彼の意図は? 落としどころは? またどうすれば我々は一般の人々に対し、現地における事実と誤報を区別するための手助けができるのか?

報道によると、米国と同盟国が過去に有していたクレムリンの思考に対する洞察の一部は失われた。プーチン氏に接触可能だったCIAのエージェントの1人が情報漏洩(ろうえい)によって危険にさらされた5年前のことだ。この件で評判を落としたのはトランプ前大統領だった。トランプ氏は2017年5月27日、大統領執務室でロシアのラブロフ外相、キスリャク駐米ロシア大使(当時)と会い、機密情報について議論していた。

こうして生まれた欠落に対処するべく、CIAのバーンズ長官は組織の再編に取り組むと宣言。反テロリズムから戦略上の敵対国に対する従来型の情報収集までを念頭に置くとした。特に優先事項として挙げたのは、中国、テクノロジー、ロシア、そして組織の人員拡充だった。

CIAは大変な仕事を抱え込んでいる。過去20年にわたる従来の海外スパイ活動への過少投資を乗り越えなくてはならないのだ。それもかつてジェームズ・ボンドが直面したよりもはるかに過酷な環境で。加えて、適切な場所に各エージェントを送り込むまでには時間もかかる。ただトランプ前大統領の個人的な感情にかかわらず、筆者はCIAが実際にロシアに対する活動を止めることは決してないと予想している。

ロシアは当初、比較的抑制をかけ、民間人に犠牲者が出るのを警戒していた。間違いなく前提としてあったのは、ウクライナを支配下に置くうえで状況の複雑化は避けたいとするプーチン氏の思いだ。首都制圧と政権交代後の反乱を抑え込むためにも、それは必要だった。しかし今後同氏は、ますます自暴自棄となって支配の再構築並びに軍事的勝利の達成を目指す公算が大きい。

戦争の長期化とそれに伴うロシア人の犠牲が本国にどのような影響を及ぼすか、そうした当然の懸念を抱くことでプーチン氏は、シリア戦争で見せたような野蛮な戦術をさらに導入しかねない。その場合は都心部を完全に破壊し、燃料気化爆弾やクラスター爆弾といった兵器を無差別使用することになる。

プーチン氏と同氏のシロビキに対抗するには、内部情報によって彼らを理解しなくてはならない。プーチン氏の無謀さを示唆する感情的な要素には背を向ける姿勢も求められる。

現状は我々にとって野蛮で、筋の通らないものだ。それゆえに今後何が起こるか予想がつかない。しかし米国の諜報活動は、プーチン氏のウクライナ侵攻を予測することに成功した。それは同氏を非理性的と断じるのではなく、むしろ本人による複雑な計算を検証し、それが誤情報に基づくものだと見極めた結果だ。助言を与える取り巻きたちもこれまでのところ役には立っていなさそうだが、同氏は彼らを当てにして意思決定を行っている。

プーチン氏は引き続き、ウクライナでの戦争を激化させる公算が大きい。同氏が何よりも恐れているのは、ロシアに対する支配の喪失だ。戦争そのものが自らを危機に陥れているということを、果たして本人は真に理解しているのだろうか。それこそが極めて重大な問いかけだ。

ダグラス・ロンドン氏は、米国のスパイ活動に関する書籍の著者。ジョージタウン大学で情報学を教えるほか、米シンクタンク、中東研究所(MEI)の非常駐研究者も務める。CIAの国家秘密本部に34年間勤務した経歴を持つ。勤務地は主に中東、アジア中部及び南部、アフリカだった。記事の内容は同氏個人の見解です。

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