ANALYSIS

ワグネルのトップ、怒りのボルテージ上げる これは何を意味するのか?

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ワグネル創設者のエフゲニー・プリゴジン氏。過激な言動で軍批判を展開する真意は?/Yulia Morozova/Reuters

ワグネル創設者のエフゲニー・プリゴジン氏。過激な言動で軍批判を展開する真意は?/Yulia Morozova/Reuters

(CNN) エフゲニー・プリゴジン氏は何にいら立っているのだろうか?

ロシアの民間軍事会社ワグネルを率いるプリゴジン氏はここ数日、SNS上で暴走している様子だ。同氏のテレグラムなどのカウントには、これまで以上に過激な挑発の言葉が並ぶ。

中でも目を引くのは、ロシアにとって屈辱的と思われる戦場での後退を暴露したことだ。プリゴジン氏は今週の投稿で、東部バフムート周辺からロシアの旅団が「逃走」したため、ワグネルの部隊がウクライナ軍に包囲される恐れが出ていると怒りをあらわにした。

「西部側面の状況は予想される最悪のシナリオで進んでいる」。11日に公開された音声メッセージでプリゴジン氏はこう不満をぶちまけ、「戦友の血と命を代償に解放した領土は今日、我々の側面を支えるはずの者によって、ほぼ無抵抗のまま放棄された」と述べている。

今週前半には、罵倒を交えながら公然とロシア軍幹部を批判し、5月9日の戦勝記念日に水を差す場面もあった。

9日の投稿でプリゴジン氏は「今日、ウクライナ軍はアルチェモフスク(バフムートのロシア語名)方面の側面を切り裂き、ザポリージャでは戦力を再編している。反転攻勢も始まろうとしている」と言及。「戦勝記念日は祖父たちの勝利の日だが、我々は1ミリたりとも勝利を挙げていない」と指摘した。

その後も謎めいたコメントが投稿され、SNS上では波紋が広がった。プリゴジン氏はロシアの軍制服組が弾薬供給を渋っているという以前からの不満を改めて表明し、ワグネルの戦闘員が死んでいる状況にもかかわらず、軍上層部は判断をためらっていると示唆した。

「砲弾なら倉庫にある。倉庫に眠っている」「なぜ砲弾が倉庫にあるのか? 戦う人間もいれば、ひとたび人生で備蓄の必要性を学ぶと、ひたすら備蓄をため込む人間もいる。何のためなのかは誰にも分からない。敵の殺害に砲弾を使う代わりに、彼らは我々の兵士を殺している。『幸せなじいさん』はそれで良いと思っているのだ」(プリゴジン氏)

ここで一つの疑問が浮かび上がる。プリゴジン氏は正確には誰のことを言っているのか。「掩蔽(えんぺい)壕のじいさん」というのは、ロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏が好んで使うプーチン大統領のあだ名の一つだ。プーチン氏はほとんど漫画のように厳重な警備に囲まれて暮らしている。

政治的に台頭

それでは一体、プリゴジン氏の狙いは何なのか? 政権転覆をちらつかせているのか? それとも前線で何カ月も過ごした後、忍耐が限界に達しただけなのか?

プリゴジン氏は「じいさん」発言をすぐに撤回し、続けて録音した音声メモで、ミジンツェフ前国防次官もしくはゲラシモフ参謀総長のことを指していた可能性を示唆した(さらに奇妙なことに、戦争支持派のブロガーの名前も出した)。

「私が『じいさん』と言ったのは、倉庫に保管中の砲弾が我々に与えられていない現状を踏まえた発言だ。じいさんとは誰のことか?」「1番目の選択肢はミジンツェフ氏。彼は我々に砲弾を供与したとの理由で解任され、現在は砲弾を供給できない。2番目はゲラシモフ参謀総長。彼が砲弾を供給することになっているが、我々は10%しか受け取っていない」

ここで多少文脈の補足が必要だろう。ここ数カ月、ロシアでプリゴジン氏の政治的な評価はうなぎのぼりだった。ウクライナ東部の厳しい消耗戦で明白な戦果を挙げることができるのは、プリゴジン氏の戦闘員しかいないと思われていたからだ。さらに、SNSでの影響力を駆使して、弾薬などを要求する場面もあった。

しかし、バフムートの激戦などで成功を収める一方、プリゴジン氏はロシア軍指導部との対立を再燃させ、それをエスカレートさせてきた。抜け目ない政商の顔を持つプリゴジン氏は、自らを有能で妥協のない愛国者と位置付け、ロシアの無能な軍支配層と対比してみせたのである。

プーチン氏の側近であるショイグ国防相を挑発する場面も見られる。12日にSNSのアカウントで公開した書簡では、バフムート周辺での後退に関し改めて軍の責任を指摘し、ショイグ氏に自ら戦場を訪れるよう迫った。

「現在、ワグネルの部隊はバフムートの集落の95%以上を支配しており、完全解放に向けた攻勢を続けている」「ワグネルの側面、ロシア連邦軍の部隊が配置されている地域では、敵が何度も反撃を成功させている」

さらにショイグ氏に「ロシア連邦の準軍事部隊が支配するバフムートの地に来て、自ら戦況を評価してほしい」と訴えた。

政治的に使い捨ての存在?

軍への批判で投獄されることもあるロシアにおいて、プリゴジン氏が将官らを激烈に批判しながら大目に見られているのは意外に思えるかもしれない。しかし、プーチン氏の支配はしばしば裁判制度になぞらえられ、結果を出すためには支配層の内部対立や競争がむしろ奨励される。あくまで「権力の垂直線」が国家元首への忠誠を守り、その指示に従う限りにおいてだが。

ただ、識者の間では、プリゴジン氏がネット上で見せる癇癪(かんしゃく)は一線を越え、あからさまな忠誠心の欠如に近づいているとの指摘もある。

米戦争研究所はツイッターで最近、「激しさを増すプリゴジン氏のプーチン氏批判にクレムリンが対応しなければ、プーチン体制の規範がさらに損なわれる可能性がある。個々の人物が地位や影響力を争う(そしてプーチン氏の支持を得たり失ったりする)ものの、プーチン氏の直接批判は控えるというシステムが危うくなる」と指摘した。

次に焦点となるのは、プリゴジン氏が政治的に使い捨て可能な存在なのかどうかだ。プリゴジン氏の激高は巧妙な欺まん作戦なのだろうか。それとも、プーチン氏にとっては一層憂慮すべき事態だが、クレムリンの円滑な運営を可能にする忠誠制度が崩壊し始めているのか。

「これはプーチン体制で起きてはならないことだ」。冷戦史を研究するジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院のセルゲイ・ラドチェンコ教授はツイッターでこう指摘した。「プーチン体制では部下のつぶし合いは許容しても、垂直体系は決して冒してはならない。プリゴジン氏はこの一線を越えつつある。プーチン氏が対応すれば、プリゴジン氏は破滅するだろう。もしそれが起きなければ、プーチン氏が致命的に弱体化しているというシグナルが送られることになる。これは弱さを尊重するようなシステムではない」

バフムート周辺で激しい戦闘が続く中、この理論の妥当性が近く試されるだろう。

本稿はCNNのネーサン・ホッジ記者の分析記事です。

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