(CNN) イランの最高指導者ハメネイ師はこの40年近く、国内の反体制運動や経済危機、戦争を切り抜けてきた。だがイスラエルと米国による前代未聞の対イラン攻撃は、同師に過去最大の難題を突きつけている。
ハメネイ師が次にどんな決断を下すかは、イランと中東地域全体にとって極めて大きな意味を持つ。だが攻撃による損失はあまりに大きく、選択肢はほとんどない。86歳を迎えて健康状態がますます悪化し、後継者も決まっていない状況で、同師は過酷な試練にさらされている。
ハメネイ体制が受けた損害の規模は今もはっきりしていないが、攻撃は権力の中枢に及んだ。イスラム革命の理念を掲げるイランの主要軍事組織、イスラム革命防衛隊(IRGC)は複数のベテラン司令官を失った。核兵器級に近い高濃縮ウランを生産していた核施設が大きな被害を受け、核開発を率いてきた有力な科学者らが殺害された。
ハメネイ体制の代理勢力とされる中東の親イラン武装組織は、すでにイスラエルからの攻撃で大きく弱体化していた。また同体制が何十億ドルも注ぎ込んできた核開発計画は12日間で消滅し、経済制裁と深刻なインフレで苦しむ国内にさらなる経済的打撃を与えた。
イスラエルの攻撃は国内各地に及んだため、ハメネイ師は戦闘中、非公開の場所から演説した。同師の身の安全をめぐる懸念が続いたことをうかがわせる。6月28日に営まれた軍司令官や各科学者らの葬儀には数十万人が参加したが、同師の姿はなかった。
停戦発効の数日後になって初めて、ハメネイ師は国民に勝利宣言のビデオ・メッセージを送った。
同師は「(トランプ)大統領が真実をさらし、米国人はイランが完全に降伏しない限り満足しないことを明らかにした」と主張。予想されていた通り、イスラエルと米国に対する勝利を宣言した。そのメッセージに対して、トランプ氏はずばり、こう言い返した。
「あなたは信心深く、国内で大変尊敬されている人だ」「真実を語る必要がある。こてんぱんにやられたのだと」
ハメネイ師はかつて機敏な指導者として政治的、経済的な駆け引きを駆使し、体制の存続に邁進(まいしん)した。年老いた今、率いているのは衰退しつつある硬直した国家だ。後継者や核開発計画の行方、親イラン組織の勢力などをめぐる不透明感のなかで、同師は重大な選択を迫られている。同じ体制を再建するか、あるいは自身の権力を脅かしかねない開放路線に転じるかという選択だ。
降伏は受け入れず
ハメネイ師は過去数十年にわたって次々と襲う難題に取り組み、その過程で現体制が形作られてきた。
1989年にイラクとの戦争で荒廃し、孤立したイランを引き継いだハメネイ師は、破壊された経済と社会の復興という困難な課題に直面した。国内の反体制運動や複雑な宗教界内部の権力争いに対応し、国際社会からの強硬な経済的圧力に立ち向かいながら、革命の理念である主権と独立を掲げ続けた。
国民の支持が次第に低下するなかで、同師は国内を厳しく抑圧してきた。よく知られた例として、「道徳警察」に拘束された女性の死をめぐり女性活動家らの抗議デモが何週間も続いた時や、2009年に選挙の不正を訴える大規模デモが発生した時の対応が挙げられる。
抑圧を逃れて亡命したイラン人らのグループが、反体制プロパガンダを流す24時間放送のメディアを開設した。分離独立派が核開発の機密情報を暴露したこともある。イスラエルの情報機関はイランに深く侵入し、核科学者を暗殺したり、国内インフラにサイバー攻撃を仕掛けたりしたとされる。
だがこれまで、世界最強といわれる米軍がイランを攻撃したことはなかった。米大統領がSNSへの投稿でハメネイ師の暗殺を示唆したのも初めてだ。
イスラエルと米国による対イラン攻撃はずっと前から予測されながら、実行を懐疑視する声も多かった。1979年のイスラム革命以降、イランが外国から直接攻撃を受けたのは、イラクのフセイン政権による80年代の侵攻に続いて2回目だった。
ハメネイ師がこれまで対外的な切り札としてきたのは、高度な核開発計画と、イスラエルを包囲する親イラン勢力のネットワークだが、その両方が今やまひ状態に陥った。
国内では今もハメネイ師が最大の有力者として、忠実な支持基盤を握り、権力維持のためにつくられた制度に守られている。だが最近の攻撃で国が弱体化し、自身も身を隠している状況を受けて、老指導者となった同師は保守的な革命理念を守ろうと、抑圧を強める可能性もある。
国際NGO「国際危機グループ(ICG)」のイラン担当部門を率いるアリ・バエズ氏はこう語る。「イランの基本原則は、中東地域への力の投射と敵対勢力の抑止を主眼に構築された。だが今や前者は低調となり、後者は失敗に終わっている。現体制はせめて存続することを最低限の目標に、後日再び戦うためにと踏ん張るかもしれないが、弱体化していることは間違いない」
バエズ氏は、イランの現体制が国内外の問題に対処するには、ハメネイ師が応じそうなレベルを超えるほどの「抜本的な見直し」が必要だと主張する。
同氏はさらに「軍事面が収まったとしても、体制内部の決着をつける必要があり、その舞台裏では相当な責任の押しつけ合いが予想される。情報機関の機能不全は広範に及び、軍の上層部は抹殺された。戦争前から続いていた経済的な苦境や、根深い社会的、政治的不満といった深刻な課題にも対処しなければならない」と指摘した。
根深い不信
ハメネイ師はかつて、核兵器の開発を禁じるファトワ(宗教令)を出していた。だが前例のない圧力に直面し、選択肢が狭まりつつある今、自国防衛の最善の手段として核開発計画を武器化する可能性もある。イラン議会は先週、国連の核監視機関との協力を停止する意向を示した。
イランにとって、核爆弾の開発は公式見解の大転換を意味する。イスラエルの攻撃はイランの核保有を阻止するのが目的とされたが、イラン側は一貫して平和目的の核開発だと主張してきた。
トランプ氏は、イランのウラン濃縮が懸念すべきレベルに達するかもしれないとの情報が報告された場合、イランへの再爆撃を検討するかと問われて、「もちろんだ。間違いなく、絶対に」検討すると答えた。
ただトランプ氏は一方で、イランが核兵器のことなど考えているはずがないとも主張した。
ハメネイ師はこの機会に新たな改革などを発表し、イラン史上まれにみる国家団結を図ろうとする可能性もある。同師は演説の中で、イスラエルの攻撃を受けたときは国民が力を合わせた瞬間だったと述べた。
「神の恵みにより、9000万人近い国民が一致団結した。声をそろえて同じ目標を掲げ、要求や意思になんの隔たりもなく肩を並べた」
だがバエズ氏によれば、ハメネイ師は政治、経済の抜本的な見直しにあまり意欲的でないとも考えられる。同師がこうした保守的な姿勢を取ることで、近隣地域との関係改善を受け入れ、米国との新たな合意を目指すというもうひとつのシナリオも排除される可能性がある。
近隣のアラブ諸国は長年、イランの拡張主義政策を脅威ととらえていたが、近年は関係修復の道を選び、負担の大きい衝突を避けるために協力したい構えを示してきた。
一方ハメネイ師は、トランプ氏が第1次政権でイランとの核合意から一方的に離脱したこと、自国の代表団が先月、米国との新たな協議に臨む予定だった2日前にイスラエルから前例のない攻撃を受けたことで、西側への不信感をさらに強めている。今後交渉の機会があったとしても、同師がどんな対応を示すかは不透明だ。
CNNは先週、事情に詳しい関係者4人の話として、トランプ政権がイランを交渉のテーブルに連れ戻すため、民生用核施設の建設に最大300億ドル(約4兆3000億円)の資金を提供し、制裁を緩和し、イランが国外に保有する資産数十億ドルの凍結を解除することを検討していると伝えた。トランプ氏はこの報道を否定している。
一方イランの当局者らは、トランプ氏が同国と取引したいなら、公の場でハメネイ師に対して暗殺をほのめかすといった非常識な発言は最終的に交渉の妨げになるだろうと話す。
イランのアラグチ外相は6月27日、X(旧ツイッター)への投稿でこう述べた。「トランプ氏が本気で取引を望むなら、イランの最高指導者ハメネイ師に対する無礼で受け入れがたい論調を避け、同師を心から支持する人々が傷つく行為をやめるべきだ」
ハメネイ師は最近の演説で不屈の精神を強調した。同師は核保有国である米国とイスラエルに対して、イランは損害を受けたが今も固く防御され、軍事行動だけで解体することは不可能だと警告を発した。だが後継者が定まらず、強力な切り札も失った今、同師はかつて引き継いだイラン・イスラム共和国を、確実に存続させるという課題に直面している。
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本稿はCNNのモスタファ・セーラム記者による分析記事です。