物議醸した豪州兵士への中傷投稿、背後にある中国の長期戦略とは

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子どもを脅迫する豪州兵士とみられる画像をSNSに投稿した中国外務省の趙立堅報道官/GREG BAKER/AFP/AFP via Getty Images

子どもを脅迫する豪州兵士とみられる画像をSNSに投稿した中国外務省の趙立堅報道官/GREG BAKER/AFP/AFP via Getty Images

豪州・シドニー(CNN) オーストラリア軍の兵士とみられる人物がアフガニスタン人の子どもの頭を押さえつけている。背景には両国の国旗。兵士は血の付いたナイフで、今にも子どもののどをかき切ろうとしている。

子どもの顔は恐怖におののき、兵士は残酷な笑みを浮かべる。

豪州政府が「非常に不快」と断じたこの画像が最初に世界の耳目を集めたのは先月30日のことだった。中国外務省の趙立堅報道官が自らのツイッターアカウントに投稿したのだ。豪州のモリソン首相は謝罪を要求したが、中国政府は拒否した。

これに先立つ同19日には、長きにわたり開示が求められてきた豪州軍に関する公式の報告書が公開されていた。それは豪州軍の精鋭部隊がアフガニスタンでの戦争中、同国の市民と捕虜39人を殺害した疑いがあるとする内容だった。

一見すると上記の画像は、激しさを増す豪中間の外交摩擦の一部であるかのように思える。

両国の関係はここ数年来冷え切っていたが、今年は一段と悪化した。4月にモリソン首相が中国の新型コロナウイルスの対応について国際調査を要請すると、中国政府はこれを「政治的操作」だと非難した。

軍の精鋭部隊によるアフガニスタンでの違法な殺害について報告、謝罪する豪州軍のアンガス・キャンベル将軍/Reuters
軍の精鋭部隊によるアフガニスタンでの違法な殺害について報告、謝罪する豪州軍のアンガス・キャンベル将軍/Reuters

しかし、今回の問題は豪州にとどまらない。専門家によると、そこには中国政府による長年の取り組みの特徴が明確に表われている。自分たちの人権侵害から目をそらし、ある言説に磨きをかける取り組みだ。すなわち、米国及びその同盟国とは異なり、中国政府の関心事は平和のみであり、国際社会にいかなる干渉もしないという言説である。

米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)で中国の国力分析を統括するボニー・グレイザー氏は、「確かに標的は豪州だ。(中略)しかし同時に狙っているのは、米国とその同盟国が各地で行っている悪事を世界に向けて伝えることだ」と指摘する。

専門家らによると、中国はこうしたメッセージが一部の発展途上国にとって魅力的に映るのを期待する。とりわけアフガニスタンやイラクなど、欧米の軍事介入に批判的な国々がその対象になる。冒頭の画像の中で、血に染まったナイフを握った豪州の兵士はまるでこう言っているようだ。「怖がるんじゃない。平和を持ってきてやるから」

表向きに、中国政府は世界へ発するメッセージの中で、武力を使って他国の内政に介入することはしないと明言している。自分たちは米国政府とは違うのだと。他国に対し、どうやって国を運営するかを教える代わりに中国政府が提示するのは、お互い「ウィン・ウィン」となる経済連携と貿易だ。

中国はこうした政策を過去数十年にわたって公言してきた。政府が長年掲げる外交方針の二本柱は、国際平和と内政不干渉だ。

2019年に中国国務院(内閣に相当)が発表した白書の中で、中国政府は「他国の内政に決して干渉しない」と明言した。

「中国はあらゆる国々の平等を支持する。大国だろうと小国だろうと、強かろうと弱かろうと、富める国だろうと貧しい国だろうと、すべての国は平等である。弱肉強食の法則についてはこれに反対する」(白書より)

こうした外交姿勢が期待するのは、中国共産党をあらゆる国際的な干渉の試みから守ることだ。一方で、主要な競争相手である米国との差別化を図る狙いもある。

「これこそが過去2~3年にわたり、世界に向けて繰り返し唱えられたテーマにほかならない。つまり、(中国政府が言うには)中国は良きパートナーであり、米国はそうではない。中国は信頼できるが、米国はそうではない。中国がその創設に協力したいと望む世界では誰もが恩恵を得る。しかし米国はひたすら自国本位で、自分たちの利益にしか関心がない」(グレイザー氏)

多くの国々はこれをよく思わないだろうが、専門家によると中国政府は明確な期待をもって、そうした言説に途上国が食いつくものと考えている。これらの国々には、中国が提示する通商や巨額の融資が魅力的に映るだろう。人権についてとやかく言われないとなればなおさらだ。そのような概念を押し付けてくるのは、たいてい米国と相場が決まっている。

一例を挙げれば、中国は近年、アフリカ諸国にとって最大の債権国の1つとなっている。数千億ドルに上る資金を各国政府に貸し付け、道路、鉄道、港湾を建設する。各国が新型コロナウイルスの感染拡大と戦う中では、そうした負債のわずかな部分を帳消しにするとも約束する。

このほか中国政府は、長年にわたって米国と他の西洋諸国による人権侵害を強調することで、自分たちの行ってきた人権・公民権の侵害から注意をそらそうとしている。

2003年以降、中国は定期的に公開する人権報告書でとりわけ米国を狙い撃ちにする。焦点は米国内での人種差別、銃の暴力、貧富の格差だ。今年11月、豪州との対立が深まる中、中国大使館の当局者は地元メディアに対し、豪州における先住民の権利並びに高齢者介護の問題点の記録を国際機関で取り上げる意向を示した。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の豪州での活動を統括するエレイン・ピアソン氏は、これまで中国当局者がHRWの報告を引用するのはそれらが米国に関連する場合のみだったと指摘する。

「今や、都合よく人権侵害を叫ぶパターンが豪州にも適用され始めた」(ピアソン氏)

同氏は、豪州軍特殊部隊のアフガニスタンでの疑惑は極めて深刻だとしながらも、中国がこの件に対して行動を呼びかけたのは「かなりの驚き」だったと語る。過去1年間だけでも、中国政府は人権にかかわる問題で国際的な批判にさらされている。北西部・新疆ウイグル自治区では少数派のイスラム教徒を大量に強制収容し、再教育を施しているという疑惑があり、金融の中心地である香港でも、公民権に対する弾圧がまさに進行中だ。

中国政府は両地域での行動を擁護している。新疆の自治政府は、イスラム教徒が多数を占める200万人を再教育施設に強制収容しているという疑惑を繰り返し否定。そうした人々に対しては職業訓練を施しているのであり、過激思想に染まるのを防止するプログラムの一環だと強調する。

香港については、中国政府が中国の一部とみなしており、その扱いはあくまでも自分たちの内政問題に属するとの立場を崩していない。

ピアソン氏は「中国が人権侵害に対する説明責任を求めたり、加害者は責めを負うべきなどと口にするとは、あまりに偽善的で言葉も出ない」と語った。

当該の画像が特定の偽情報を拡散する取り組み、もしくは考え抜かれた戦略の一環である公算は小さい。中国にはネット上でプロパガンダを行う高度化したネットワークがなく、その点で政治的な同盟国であるロシアとは事情が異なる。ロシアもこの1週間で、豪州によるアフガニスタンでの疑惑を非難していた。

豪州のバーミンガム貿易相は、ABCニュースオーストラリアとのインタビューで同国政府について「自分たちで検証を行ったことで、一定の説明責任と透明性とを示した。(中略)そうした取り組みが非常に不足している国は数多い」との認識を示した。

しかし、画像の投稿に付随する広範なテーマこそ中国政府が奨励するものであり、そうした宣伝は特に近年「戦狼」と呼ばれる外交官が担っている。今回の投稿者の趙氏もそのような新しいタイプの外交官で、定期的にソーシャルメディアへ投稿しては、中国と共産党に対する批判とみられる見解に強く反発する。

「戦狼」の呼称は中国で大ヒットしたアクション映画シリーズのタイトルにちなむ/Wolf Warrior II/Deng Feng International Media/China Film Group
「戦狼」の呼称は中国で大ヒットしたアクション映画シリーズのタイトルにちなむ/Wolf Warrior II/Deng Feng International Media/China Film Group

さらには画像に対する辛辣(しんらつ)な反応や、物議を醸す状況が広く報じられたことで、豪州軍がアフガニスタンで戦争犯罪を犯したとする疑惑により多くの注目が集まった可能性もある。そうした結果は、おそらく中国政府にとって歓迎すべきものだろう。

CSISのグレイザー氏は「これまで豪州軍に関する報告書のことを知っている人が何人いただろうか? 今は格段に増えた。例の画像のせいだ」と指摘する。

先月30日の記者会見に臨んだ中国外務省の華春瑩報道官は、モリソン豪首相の謝罪要求をあからさまに拒絶。

「私の同僚のツイートに対し、豪州側は極めて強硬な反応を示している。いったいなぜか? 自分たちが行ったアフガン市民の無慈悲な殺害は正当化できるが、これほど冷酷な残虐行為に対する非難には正当性がないとでも考えているのか?」と詰問した。

そのうえで、謝罪拒否の姿勢に重ねる形で、米国での「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」運動を想起させるメッセージを発した。中国政府は米国での人権状況を伝える際、しばしばこの運動に言及する。

「アフガン人の命は大切だ」(華報道官)

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