ロンドンで人気の「切り裂きジャック」ツアー、住民からは批判の声も

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「切り裂きジャック」の事件では5人の犠牲者が出たが、現在の観光客の多くは事件のあとをたどるのは無害なことだと考えている/Mark Kerrison/In Pictures/Getty Images

「切り裂きジャック」の事件では5人の犠牲者が出たが、現在の観光客の多くは事件のあとをたどるのは無害なことだと考えている/Mark Kerrison/In Pictures/Getty Images

ロンドン(CNN) 英ロンドン東部、イースト・エンドの一角に位置するホワイトチャペル地区。19世紀末に同地区周辺で起きた猟奇的な連続殺人は「切り裂きジャック」事件と呼ばれ、今も未解決のままだ。この事件をテーマにした街歩きツアーが旅行者の人気を呼ぶ一方で、地元住民は反感を募らせている。

ある日の夜8時。同地区のマイター広場では、3組のツアー団体が場所取り争いを繰り広げていた。被害者の一人、キャサリン・エドウズさんの遺体が見つかった現場だ。遺体は顔面を切り裂かれ、腎臓を取り出されていた。

ロンドン旅行の見どころとして、バッキンガム宮殿、タワーブリッジやアフタヌーンティーとともに挙がるのが、「切り裂きジャック・ツアー」だ。しかし一部の住民は、商売が行き過ぎだと感じている。

殺人事件をテーマとするツアーは、これまでも世界各地で催されてきた。悲劇の現場を訪れる「ダークツーリズム」の研究者、英セントラル・ランカシャー大学のフィリップ・ストーン博士はCNNとのインタビューで、殺人犯の切り裂きジャックは年月の経過とともに「ある意味、架空の人物へと変貌(へんぼう)を遂げた」と指摘した。

境界があいまいに

同博士によれば「犯人が美化され、社会全体の文化に組み込まれることで、現実と非現実の境界が広がり、あいまいになっている」という。

イースト・エンドの店舗の中には切り裂きジャックの悪名を利用するところもある/Robert Evans/Alamy
イースト・エンドの店舗の中には切り裂きジャックの悪名を利用するところもある/Robert Evans/Alamy

ロンドンに拠点を置く旅行社「レベル・ツアーズ」のガイド、シャーロット・エバリットさんは「事件について語ること自体ではなく、どんな語り方をするかが問題だ」と話す。同社は2022年、従来のツアーに代わる案として、「切り裂きジャック・女性たちに何が起きたのか」と題する街歩きツアーを打ち出した。当初はツアー名から切り裂きジャックという言葉を完全に削ることも考えたが、それでは旅行者の関心を引けないことが分かった。

エバリットさんにとって特に気がかりなのは、ツアーで生々しい事件の画像が使われたり、証拠の裏付けに反して「被害者は全員、性労働者だった」と語られたりする点だ。

殺害された女性の遺体の写真を見せるガイドもいるという。エバリットさんは「現代の事件では被害者の遺体を公開しないのに、この女性の遺体はなぜ見せていいのか。彼女だって同じように実在していたのに」と訴えた。

「けたはずれの侮辱」

「ザ・ジェントル・オーサー」と名乗る地元の覆面ブロガーは、イースト・エンドの歴史に関するブログ記事を5000本以上執筆してきたが、同事件を取り上げたことはない。「住民はツアーに憤慨している。毎晩何百人もの団体がぞろぞろ街を歩くのは、けたはずれの侮辱だ」と語る。

ある隣人は子どもが生まれた直後に引っ越していった。「夜な夜な窓の外にだれかが立ち、ここは被害者が唇からへそまで切り裂かれた現場だと説明する。そんな不気味な場所で子育てはできないと言っていた」

「実際の犯行現場の画像が壁に映し出され、殺された実在の女性たちをネタにしたジョークが飛び交う。団体の近くを通るとみんな笑っている」

ツアーガイドでは熱心な観光客を実際に遺体が発見された場所に連れて行くこともある/Mike Kemp/In Pictures/Getty Images
ツアーガイドでは熱心な観光客を実際に遺体が発見された場所に連れて行くこともある/Mike Kemp/In Pictures/Getty Images

同ブロガーは4年前、イースト・エンドの労働階級の歴史や移民街、近年の富裕化現象に着目した独自のツアーをスタートさせた。街を地域社会の手に取り戻すことが目的だが、旅行者に広く売り込むのは難しい。「顧客の大半はブログの読者だ。切り裂きジャックのツアーが市場を独占している」と嘆く。

「教会の周囲で、ガイドが巨大な肉切り包丁を手にツアー客を追い回す場面を見かけた。犯行現場で毎回、ホラー映画『サイコ』のテーマ曲を流すツアーもあった」――そう語るのは、かつて切り裂きジャック・ツアーのガイドを務めていたジェシカ・オニールさんだ。

オニールさんは5年前、現場で性労働者の女性に抗議されてからガイドをやめた。女性はツアーの最中にやってきて、「どうして私や友人たちのことを考えてくれないのか」と叫んだ。「後日、同じ場所に戻ってその女性を探した。どうしてか自分でも分からない。許してほしかったのかもしれない。私はほかの人たちとは違うと伝えたかったが、実際にはなにも違わなかった」

「歴史的文脈」

「切り裂きジャック博物館」は殺人を美化したり、賛美したりしているわけではないと説明している/Shutterstock
「切り裂きジャック博物館」は殺人を美化したり、賛美したりしているわけではないと説明している/Shutterstock

この地区で15年にオープンした「切り裂きジャック博物館」は当初、イースト・エンドの女性たちの歴史を紹介するという趣旨で建築許可を取っていた。だが同博物館に対抗して開設された「イースト・エンド女性博物館」の理事長、キャサリン・オーウェンさんによると、それは「見え透いた」うそだった。

切り裂きジャック博物館の創設者は15年、地元メディアとのインタビューで、博物館の正式名称は「切り裂きジャックと東ロンドンの女性の歴史」だが、看板が完成していないだけだと主張。「私たちは殺人を美化したり、賛美したりしているわけではない。事件を法医学的に調べ、当時の歴史的文脈の中に位置付けている」と述べた。

それから10年が過ぎた今も、博物館の名称は変わっていない。ギフトショップには切り裂きジャックに扮装したクマのぬいぐるみや、犯人のシルエットを描いたTシャツが並ぶ。博物館はCNNが求めたインタビューに応じず、旅行情報サイト「トリップアドバイザー」のレビューでは高評価を受けていると強調した。

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