沈みゆくベネチアに都市全体を持ち上げる計画 革新的なアイデアは浸水から街を守るか

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2019年11月に発生した異常な高潮はベネチアが水害に翻弄される現実を浮き彫りにした/Marco Bertorello/AFP/Getty Images

2019年11月に発生した異常な高潮はベネチアが水害に翻弄される現実を浮き彫りにした/Marco Bertorello/AFP/Getty Images

ベネチア(CNN) ベネチアは海に「浮かぶ都市」でもあり、沈みゆく都市でもある。過去1世紀の間にこの都市は約25センチ沈下した。

一方でベネチアの平均海水面は1900年以降で約30センチ上昇している。

このやっかいな組み合わせは、一つのことを意味する。それは、この最も愛されている都市が定期的な洪水に見舞われるだけでなく、ラグーンへと容赦なく沈んでいくということだ。

観光客にとって、この不安定な状況はベネチアの魅力の一部となっている。ベネチアは今のうちに訪れておくべき場所であり、人類が自然の力に勝つことはできないという事実の象徴でもある。

ベネチアの人々にとって、島々からなる立地は、何世紀にもわたり侵略から身を守るのに役立ったが、同時に課題ももたらしてきた。気候危機が深刻化するにつれて、潮汐(ちょうせき)は高くなり、頻度も増している。さらに、定期的な地盤沈下により、ベネチアは年間約2ミリずつ沈んでいる。

しかし、もしこの都市を浮かせることができたらどうだろう。まるでSF小説のようだが、これは著名な工学者のアイデアだ。この人物はこうした発想がベネチアを救う鍵になりうると考えている。

イタリア政府は現在、毎年数百万ユーロを投じて、異常な高潮がラグーンに流れ込むのを防ぐ防潮堤を築いている。一方で、同国のパドバ大学の水文学・水力工学准教授、ピエトロ・テアティーニ氏は、ベネチアの地下深くに水を注入すれば、海底が隆起し、ベネチアを押し上げられると主張する。

この計画が既存の防潮堤と組み合わさることでベネチアは約50年の猶予を得られ、当局が恒久的で「抜本的な」解決策を講じることが可能になるという。テアティーニ氏は、この仕組みによってベネチアを30センチ隆起させられると考えている。

波との戦い

2020年に設置された防潮堤「モーゼ」。ラグーンに海水が入り込むのを防ぐ/Andrea Merola/EPA-EFE/Shutterstock
2020年に設置された防潮堤「モーゼ」。ラグーンに海水が入り込むのを防ぐ/Andrea Merola/EPA-EFE/Shutterstock

ベネチアを守るための技術的取り組みは、今に始まったことではない。

1000年の歴史を持つ共和国時代、役人たちは街の繁栄のために、絶えず河川の流れを変え、新しい運河を掘り、ラグーンの水路を整備した。

しかし20世紀に入ると、事態は悪い方向へ進み始める。1960年代から70年代にかけて、ラグーンに面した本土のマルゲラ工業地帯から地下水をくみ上げたために地域全体が沈んだのだ。50年から70年にかけてベネチアの中心部は約13センチも沈下した。

今日、ベネチアを高潮から守っているのは「モーゼ」と呼ばれる可動式の防潮堤で、異常な高潮が発生した際にラグーンとアドリア海を遮断する。

2020年に初めて試験運用されたこのシステムは1980年代に計画された。当時は年に5回ほどの稼働が想定されていたという。

しかし、気候変動で潮位は上昇し、状況は一変。過去20年でラグーンの潮位が110センチを超えた回数は150回以上に上る。これは「通常の」洪水ではなく、壊滅的な洪水を引き起こす恐れのある水準だ。

モーゼの稼働は年に5回どころか20年10月の試験導入以降、すでに100回ほどに及ぶ。このプロジェクトには、これまでに推定約60億ユーロ(約9760億円)が投じられている。

一方、防潮堤が持ち上げられるたびに、ラグーンは事実上閉ざされることになる。これは、ベネチアへの交通に影響を与えるだけでなく、ラグーンが潮の満ち引きによって洗い流されるという自然の作用も妨げる。防潮堤が稼働するほど、生態系が変化するリスクも高まる。

そして今なお、ベネチアは毎年約2ミリの速度で沈下し続けており、潮位は毎年約5ミリ上昇している。

そこで、テアティーニ氏が先のプロジェクトを立案した。

同氏は、都市を30センチ持ち上げることで、20~30年の猶予を得られると考えている。その間に、ベネチアは恒久的な対策を講じることができる可能性がある。

地下深く

水しぶきを楽しむ観光客。しかし高潮は街に壊滅的な被害をもたらす/Miguel Medina/AFP/Getty Images
水しぶきを楽しむ観光客。しかし高潮は街に壊滅的な被害をもたらす/Miguel Medina/AFP/Getty Images

すでに大量の水に悩まされている都市に水を注入すると聞けば、まるで災難を引き起こすように思うかもしれないが、テアティーニ氏は水を注入する場所が重要だと指摘する。

同氏が対象としているのは、地下600~1000メートルの深部を流れる帯水層だ。

このアイデアは、イタリア北部のポー平原にある炭化水素の貯留層を20年にわたって観測したことから生まれた。これは、外部パイプラインから供給されるガスを夏季に注入して貯蔵し、冬季用に備蓄する貯留井だ。工学者らは地表の季節変動に着目。つまり、ガスで満たされる夏は土地が隆起し、備蓄が利用される冬には低くなるのだ。

テアティーニ氏はこの観測結果に基づき、同じことをやってみてはどうかと考えた。水をくみ出すのではなく、注入する井戸を開発するという。

このプロジェクトでは、ベネチア市を中心とする直径10キロの円内に12本の井戸を掘削することを提案している。ただし、井戸はすべてラグーン内にとどめ、アドリア海にまで達したり、本土の下に入り込んだりしないようにする必要がある。

ラグーンの表層下には厚い粘土層があるため、水が上方へ浸透する恐れはない。

テアティーニ氏が目標とする帯水層の水は塩分を帯びている。ベネチアのラグーンはアドリア海に面しており、塩水が豊富にあることは周知の事実だ。これはテアティーニ氏にとって極めて重要な意味を持つ。同氏はこのプロジェクトについて、淡水の貯蔵に影響を及ぼしたり、遠方から水を運ぶ必要を生じさせたりしないとしている。

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