「ジョーズ」公開50年、映画が変えた大衆文化とサメへの認識

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巨大ホホジロザメが牙をむく、映画「ジョーズ」のクライマックスシーン/Universal/Kobal/Shutterstock

巨大ホホジロザメが牙をむく、映画「ジョーズ」のクライマックスシーン/Universal/Kobal/Shutterstock

(CNN) 映画「ジョーズ」の劇中で、観客が悪役のサメを実際に目にする機会はほとんどない。その姿が現れるのは、裸で泳ぐ女性や1匹の犬、少年、自信過剰な漁師に襲いかかる場面くらいだ。

上映開始から2時間近くが経過してようやく、あのホホジロザメが海中から跳び上がり、しわがれ声のベテラン漁師、クイントをのみ込むシーンが訪れる。それまで観客が目にするのは背びれのみ。犠牲者たちの体は波の下で引き裂かれ、辺りの海面をケチャップ色に染める。

夏場に超大作映画が封切られるようになったのは「ジョーズ」のおかげだ。以後数十年間にわたって、後の怪物ものやサスペンス映画に影響を与えてきた。同作をきっかけにサメを中心に据えたホラーという完全なサブジャンルも生まれた。一方、人間を食べるモンスターとして描くことで、サメに対する我々の恐怖に火を付けた作品でもあると、カリフォルニア大学サンタバーバラ校で教鞭(きょうべん)を執る環境史家、ジェニファー・マーティン氏は指摘する。

「他の生き物に対する我々の認識を強力に形作ったという点で、この映画に匹敵する例はなかなか思いつかない」(マーティン氏)

50年を経ても、「ジョーズ」は我々が海に抱く得体の知れない恐怖に付け込んでくる。マーティン氏によれば、公開後には映画の影響で短期間ながらサメを殺す大会が人気を博したことさえあった。しかし同時に、海洋生物学者や研究者は劇中で荒れ狂うサメに関する知見を深めたいとの欲求に駆られていた。

1975年6月、「ジョーズ」が封切られた映画館の前にできた観客の長蛇の列。原案となった小説は前年に刊行され、既にベストセラーに/Universal/Kobal/Shutterstock
1975年6月、「ジョーズ」が封切られた映画館の前にできた観客の長蛇の列。原案となった小説は前年に刊行され、既にベストセラーに/Universal/Kobal/Shutterstock

「本物の」ホホジロザメは「ジョーズ」に登場する化け物ほど大きくもなければ、人間の血に飢えたハンターでもない。とはいえ威圧的なのは確かで、時には泳いでいる人に噛(か)みつき、致命傷を負わせることもある。

「野生の動物に噛まれる、とりわけ海の生き物に噛まれるのは、我々にとって既に恐ろしいことだった」。ホホジロザメの研究に数十年携わる海洋生物学者、グレゴリー・スコマル氏はそう述べる。「『ジョーズ』がやったのはまさにそれだと思う。そうした恐怖を、面と向かって突きつけた」

餌とは思われたくない

「ジョーズ」が1975年6月に封切られ、大衆に刺激をもたらすと、サメ研究の大半はサメからの襲撃を防ぐことに焦点が当てられた。そうスコマル氏は振り返る。

「サメは体が大きく、泳ぎが速く、人間に噛みつくことは周知の事実だった」「映画はそうした側面をかなり正確に描いている。やや誇張はあるが」(同氏)

スコマル氏によれば本物のホホジロザメも、歯をむき出しにして迫る「ジョーズ」での姿と同様、既に映画公開時から凶暴性には定評があった。実際に人を襲った記録が残っていたからだ。オーストラリアでは漁師とスキューバダイバーが、米カリフォルニア州ではサーファーがそれぞれ被害に遭った。

しかし、本来サメは人間を捕食するように進化したわけではないと、スコマル氏は指摘する。サメは恐竜に先立つこと数億年、少なくとも4億年前から地球上に存在している。海中で人間に出会うようになったのは、人間の方が海へ進出し始めてからのここ数千年のことでしかない。

多少の意見の相違はあるが、サメ研究者の大半はサメの襲撃について、相手を間違えることで起きると考えている。つまりサメは、人間を本来の餌と混同している可能性がある。スコマル氏によれば基本的にサメは、一度人間に噛みついて間違いに気付くと去って行く。

「ジョーズ」ではそうはいかない。劇中のサメは意図を持って犠牲者を襲い、体の一部を貪(むさぼ)り食う。後に残る頭部や腕は、自分の縄張りに近づく者への警告になる。

マーティン氏は「映画が持つ力強さの理由の一つがそこにある」「誰だって餌だとは認識されたくない」と語った。

サメの現れた海から岸へと逃げ出す海水浴客を捉えた「ジョーズ」のワンシーン/Universal/Kobal/Shutterstock
サメの現れた海から岸へと逃げ出す海水浴客を捉えた「ジョーズ」のワンシーン/Universal/Kobal/Shutterstock

「ごみ食い」から「人食い」へ

「ジョーズ」以前の数十年間、ホホジロザメは海で最も恐ろしい部類の捕食者とは目されていなかった。

マーティン氏によると20世紀初頭、サメの多くは「ごみを食べる生き物」と考えられていた。港湾都市が自分たちのごみを海へ廃棄する際、賢いサメたちはごみを運ぶ艀(はしけ)の到着を待つことを覚えた。街の住民にとってサメは「さして美しくもなく、商業的にもそれほど重要ではない魚」だったという。「ある種害獣であり、ある種危険生物。その中間に位置する動物だった」(マーティン氏)

商業目的でのサメ漁の試みが何度か失敗に終わった後、人類はサメの遊泳する海域に侵入し始める。するとサメは害獣から捕食者へとランクを上げた。スキューバダイビングやサーフィンといった海でのアクティビティーが20世紀半ばに人気を博すと、人々はより多くの時間を海の中で過ごすようになった。それはサメに出くわす可能性が増すことも意味したと、マーティン氏は説明した。

1925年7月、シロワニと共に写真に収まる博物学者のウィリアム・ビービ。6カ月間の調査旅行で収集した数千匹の魚の一匹だ/Bettmann Archive/Getty Images
1925年7月、シロワニと共に写真に収まる博物学者のウィリアム・ビービ。6カ月間の調査旅行で収集した数千匹の魚の一匹だ/Bettmann Archive/Getty Images

フロリダ自然史博物館でサメ研究のプログラムを統括するギャビン・ネイラー氏は「従来より格段に多くの人間が海に入っていた」「やられるのは時間の問題だった」と話す。

これまでサメにまつわる話は、主に外洋で彼らに出会った漁師たちの間で交わされていた。今はより多くの人々が「サメのうようよいる海」を探索するため、サメに絡む事故が地元の新聞に取り沙汰されるようになった。とりわけ71年の恐怖のドキュメンタリー「青い海と白い鮫」は、攻撃的なホホジロザメとの息詰まる対決を描く内容で、サメを恐るべき生き物とする我々の認識形成に一役買ったとスコマル氏は指摘した。しかしその認識を確固たるものにしたのは「ジョーズ」だった。

マーティン氏によれば、米国では漁師たちが捕らえたサメの大きさを競う大会が以前から開かれていたが、そうしたイベントもまた「ジョーズ」の成功を受けて新たな知名度を獲得した。映画の結果、サメを殺すことが肯定的に受け止められるようになったという。

2017年、捕まえたサメの大きさを競うマサチューセッツ州の大会で、体重163キロと計測されたオナガザメ科のサメ/Maddie Meyer/Getty Images
2017年、捕まえたサメの大きさを競うマサチューセッツ州の大会で、体重163キロと計測されたオナガザメ科のサメ/Maddie Meyer/Getty Images

映画の原案となった74年刊行の小説の著者、ピーター・ベンチリー氏は、映画を見た一部の観客がサメを人食いの怪物と認識するようになったことを多少なりとも残念に思っている。

2005年に行ったフロリダ州のメディアとのインタビューでは、「『ジョーズ』が引き金となり、マッチョ的な狂気が噴出した。映画は特にそうだった」「人々はそこら中を走り回り、口々にこう言った。『さあ、サメを殺そうぜ』」と、当時を振り返った。

やがてベンチリー氏は、サメの保護活動に長年にわたり深く携わるようになる。

サメは単純に格好いい

当時「ジョーズ」を見た観客の多くは、主人公のブロディ保安官に肩入れし、彼が首尾良く怪物ザメを退治したのを喜んだ(海への恐怖を克服したことにも)。ただ映画の内容に震え上がった観客でさえも、あの大きなサメが魅力的に映ったことは否定できないのではないだろうか。

「サメにはカリスマがある」と断言するマーティン氏は、その大きさや体の形、動きに加え、人間を食料にできる点が大きいと語る。「あまり思い出したくはないが、生態系の中では我々も食料だ」

スコマル氏も、「ジョーズ」公開時のサメに対する否定的な認識は一変し、現在は魅力や敬意、保護への欲求などに取って代わったとみている。

オーストラリア南部の海中でニシンの群れの中を泳ぐホホジロザメ/Auscape/Universal Images Group Editorial/Getty Images
オーストラリア南部の海中でニシンの群れの中を泳ぐホホジロザメ/Auscape/Universal Images Group Editorial/Getty Images

マーティン氏によると、サメは海の食物連鎖の頂点に君臨し、下位の種の数を抑制することで全体のバランスを保っている。その意味では感謝の対象にもなり得るという。

一方で複数の種類のサメが、現在個体数の減少に見舞われている。主な原因は乱獲だ。サメは漁業の最中に偶然捕まって殺されることがよくある。

だからサメを愛し、保護したいと思うのは紛れもなく素晴らしいことだとネイラー氏は語る。くれぐれもサメのいる海域では油断しないよう心掛けつつ。

「彼らは人間を狙っているわけではない。ただ一定の条件下で海水が濁ると、間違いを犯す」(ネイラー氏)

サメの持つ潜在的な危険を改めて思い起こしたいなら、その時は「ジョーズ」を見ればいい。

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