「足跡は心の中に」 ペットとの絆が宗教的な体験になる時
(CNN) カナダの著名な神学者ジェームズ・テイラーさんは信仰や喪失体験に関する15冊の著書があり、複数の大学で宗教学を教えてきた。名誉神学博士号の学位を持つ。
だが、そんなテイラーさんにとって最大の精神的指導者は、純血種のアイリッシュセッター「ブリック」だという。アヒルを追いかけたり、テイラーさんの下着を盗んだりするのが好きな、元気の良いいたずらっ子だった。
ブリックは頼れる相棒だった。病気の時はそばに付き添い、何があっても変わらずテイラーさんのことが大好き。テイラーさんは、いつしか自分の心に育ったブリックへの深い気持ちから、あることを悟(さと)ったという。人生には、教会での説教だけでは分からない奥深い瞬間があるということだ。たとえばどうしようもなく恋に落ちた時、生まれたばかりの赤ちゃんの手に自分の指を握らせた時、バージンロードを歩く娘を見守る時のように。
「父が牧師だったので、私は言葉の世界で育った」と、テイラーさんは話す。「知恵は聖書や神学の本で読む言葉から授かるものだと思っていた。だが神は言葉だけでなく、経験を通して私たちに語りかけているということを、動物たちが教えてくれた」
ペットと過ごす時間を宗教的体験と考える人は、今や急増している。いわば、米植民地時代に広まった宗教復興運動「大覚醒」のペット版だ。パンデミックが過ぎた今も多くの人々が孤立した生活を送るなか、ペットは単なる伴侶ではないと主張する飼い主が多くなった。作家で仏教評論家のデービッド・ミチーさんは、「魂の旅をともにするパートナー」と呼ぶ。
こうした傾向の要因として、ペットを飼う人口が増加しているという統計がある。米国では1988年の56%から、現在は少なくとも66%に増えた。ほぼ全員が、ペットは家族の一員だと答えている。
もうひとつ、目に見えにくい要因もある。従来は宗教上の教えとされてきた精神的習慣が、ペットを飼うことで身についたという経験談があちこちでシェアされるようになった。相手を許すことを、あるいは友情の大切さを、ペットから教えられたという経験談だ。人間をありのまま受け入れるペットは、神の愛を体現しているともいわれる。
ペットは死んだらどうなるのか
そして多くの飼い主に突きつけられるのが、「ペットに魂はあるのか」という重い質問だ。
飼い主がオンラインフォーラムで、自分のペットは死んだらどうなるのかと質問するケースもよくみられる。
これを受けて「ペットも天国へ行く」「動物たちの素晴らしき死後の世界」といったタイトルの本が出版され、あの世のペットからメッセージを伝える霊媒師も登場した。
霊媒師として死後の世界についての著書も出しているマット・フレイザーさんによれば、死者の魂と交信するために開く「交霊会」で、あの世のペットが元飼い主と話しに降りてくることは珍しくないという。

マット・フレイザーさん=2020年、米ニューヨーク市/Bryan Bedder/Getty Images
ペットと宗教の関係は何世紀も前から
ペット霊媒師の話が行き過ぎと聞こえるなら、こんな話はどうだろう。動物は人類の歴史を通してほぼずっと、霊界とのパイプと考えられてきた。
古代エジプト人は猫を神のシンボルとみなし、あの世で主人に付き添う存在と考えていた。墓に一緒に埋められた例も多い。古代宗教ではよく動物が魂を導く役割を果たし、人間の夢や日常生活の中に現れて知恵や助言を授けた。

エジプト南部の遺跡で発見された猫の像=2018年/ Khaled Desouki/AFP/Getty Images
ペットと霊性のつながりは、ひとつの宗教にとどまらない。米ピュー・リサーチ・センターが先月発表した世論調査では、動物に魂や霊的エネルギーがあると信じている大人が、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教、ユダヤ教の国でそれぞれ過半数を占めていることが分かった。
ローマ・カトリック教会の故フランシスコ教皇はかつて、犬を亡くした少年への慰めの言葉として「動物たちとはいつの日か、イエス・キリストの永遠性において再会するだろう。天国は生きとし生けるものに開かれている」と語り掛けた。

犬と触れ合うフランシスコ教皇=2025年1月、バチカン/Gregorio Borgia/AP
非暴力でインドを独立に導いたマハトマ・ガンジー師も、動物は神聖な存在だとの信念を持ち、こう話していた。
「私の中で、羊の命は人間の命に劣らず尊い」「生き物は無力であればあるほど、人間の残虐さから守られる権利があると考える」
飼い主を癒やすペットたち
時には逆に、飼い主のほうが無力感に襲われることもある。ペットを飼うことで精神性が深まったと多くの人が語るのは、そんな時だ。
神学者のテイラーさんは、個人的な喪失体験の連続によって信仰心を試された。息子が21歳で遺伝性疾患に命を奪われ、母の体が悪性リンパ腫にむしばまれるのを目の当たりにした。神学の名誉学位を三つ持っていた元牧師の父は、激しい苦痛と闘った末に93歳で他界した。葬儀での賛美歌や聖書の朗読はどれがいいかと尋ねると、父はこう答えた。「どうでもいい。私はそこにいないから」
テイラーさんは一時、死後の世界を信じられるかどうか、自分でも分からなくなっていた。
だがブリックはそんなテイラーさんの気持ちを察し、慰めてくれたという。
体調を崩し、みじめな気持ちでソファに横たわっていた時のこと。ブリックが初めてそのソファに飛び乗り、体を丸めてタイラーさんの隣に収まった。タイラーさんが苦しんでいると知り、いつものように顔をなめるだけでは足りないと感じたのだろう。
タイラーさんはペットと信仰の関係を考察した著書の中で、「この不完全な世界において、ペットはおそらく無償の愛を与え、受け取ることに最も近い存在だ」と述べている。

虐待を受けた子どもたちのための病棟にいる介助犬=2024年10月、フランス・オルレアン/Guillaume Souvant/AFP/Getty Images
ペットが癒やしをもたらすという主張には、科学的根拠もある。ペットを飼うと血圧が下がり、ストレス関連ホルモン「コルチゾール」の分泌が抑えられる。脳卒中の患者の中でペットを飼っているグループのほうが長生きするという統計や、一部の猫はがんのにおいをかぎ取れるとの説もある。
ペットには心理的な傷を癒やす力もある。一部の刑務所では、受刑者がペットを飼うことを許されている。生き物の世話を経験することで受刑者の怒りが和らぎ、生まれて初めて温かい愛情を感じることができたという例もある。
各地の教会も、ペットを飼うことの精神的側面に注目し始めた。ペットを祝福する儀式に対応する教会や、新たな信者を呼び込むために敷地内をドッグパークにつくり変えた教会の例がある。子ども病院や介護施設、ホスピスの患者に犬を派遣する奉仕活動も始まっている。

毎年恒例の動物の祝福式が始まる前に通路で休む犬=2024年10月、米フロリダ州パームビーチ/ Damon Higgins/USA Today/Imagn
死との向き合い方を教えてくれる
ペットはまた、飼い主が生命の究極の神秘と向き合う手助けをしてくれる。だれもがいずれ死ぬという運命と、いかに折り合いをつけるかという問題だ。
ペットは飼い主より先にこの世を去ることが多い。一部の子どもたちにとって、それは生まれて初めて遭遇する死だ。大人がペットをみとる時、自身の霊的信念が浮かび上がることもある。
たとえば、米オハイオ州シンシナティのコミュニティー教会で役員を務める愛犬家、スコット・ディルさんと妻のタラさんがかわいがっていたシーズーの保護犬「ソックス」。穏やかな性格で、2人の娘たちともすぐに仲良くなった。

スコット・ディルさんの一家がかわいがっていたシーズーの「ソックス」/Courtesy of Scott Dill
飼い始めてから約10年後、体重の減少とともにパニック発作を起こすようになり、突然立ち止まって部屋の隅を凝視するような症状が出始めた。獣医の診断は脳腫瘍(しゅよう)。一家はソックスがこれ以上苦しまないようにと、やむなく安楽死の決断を下した。
病院へ向かう車の中で、ソックスはタラさんのひざにおとなしく座っていた。薬剤が投与され、静かに最期の一息をつくソックスに手を触れる。その体験全体が、ディルさんにとって宗教的な啓示となった。
キリスト教の教えによれば、神は人間を愛するあまり、その愛を示すために独り子のキリストを犠牲にした。ディルさんは聖書の記述を知っていたが、ソックスに別れを告げるつらさを経験して聖書の見方が変わった。
ディルさんは「愛犬の安楽死で神を見た」と題した随筆の中で、キリストを差し出した神の苦しみが分かったと書いている。
「この喪失の痛みを通し、神は私に愛をこめて、救済の計り知れない重みを思い知らせたのだ」「神の払った代償、愛の代償をより明確に理解することができた」
ディルさんはCNNとのインタビュー、「安楽死は正しい決断だった。とはいえ、生き物の生死をこの手で選ぶのは、現実を超える奇妙な感覚だった」と語った。
「虹の橋」で再会する日まで
テイラーさんもまた、ブリックに対して同じ選択を迫られた。ブリックは8歳前後で体力の衰えが目立つようになった。立ち上がったり階段を下りたりする動作が難しくなり、足取りも元気がない。
獣医にかかり、手術をした結果、たくさんの病気が見つかった。衰えは加速したが、ブリックは苦しいなかでも決してトイレのしつけを忘れず、泣き言を漏らしたり、怒りを爆発させたりする様子を見せることもなかった。
11歳になった時に脚がきかなくなり、夫妻はブリックがもう苦しまないように動物病院へ連れて行くことを決めた。まさにその日のことだ。
ほとんど立ち上がることもできなくなっていたブリックが、洗濯物のかごからテイラーさんの下着を引っ張り出して、隠しに行った。いつも大好きだったいたずらだ。「ブリックは遊びたがり、私たちを誘っていた」「そのひととき、私たちに泣いていないで笑ってほしかったのだ」

引き取られるのを待っている保護権の「テッサ」2012年10月、米ニューヨーク州ハーツデール/ John Moore/Getty Images
テイラーさんはペット霊媒師ではないけれど、動物には魂があることを信じ始めているという。
亡くなったペットの行き先として、テイラーさんは「虹の橋」に言及した。作者不詳のよく知られた詩によれば、ペットたちはこの世を去った後、虹の橋のふもとに広がる草原を駆け回っている。最後には飼い主と再会し、一緒に天国への橋を渡るという。愛犬の足跡は「私の心の中に永遠に」残る、と書かれたバージョンもある。
ブリックはテイラーさんに、最後の教訓を残して去った。「すべては結局、絆(きずな)だということを、ブリックから学んでいる」と、テイラーさんは言う。
「ブリックには財産もなく、集団のリーダーに選ばれたこともなかったけれど、素晴らしい絆があった。自分が深く愛されていることを感じながら息を引き取った。私自身が死ぬ時も、そうなれば最高だ。これ以上の望みはない」