絶滅の危機に瀕したスコットランドのカキ、ウイスキー蒸留所が救いの手

英スコットランドの街インバネスの北に位置するドーノック湾に上る太陽/Glenmorangie/Encapsulate Films

2022.01.03 Mon posted at 14:51 JST

英スコットランド・ドーノック湾(CNN) 大学教授を務めるビルことウィリアム・サンダーソン氏が、ドーノック湾の浅瀬を歩く。太陽がスコットランド・ハイランド地方のごつごつとした地形に差し込み、海を黄金色に照らし出す。海中の何かに目を留めたサンダーソン氏は、身をかがめてそれを拾い上げる。「欧州産のカキだ。かつてはこの場所で非常にたくさん採れた。数千年前から、1800年代まではずっとそうだった」(サンダーソン氏)

手にしたカキは、太平洋産のマガキよりも平べったくて丸い。成長の早いマガキは、欧州のレストランで現在なじみの食材だ。一方の欧州産カキは極めて希少でもある。英国内の海では産業革命期に大量に採取され、絶滅寸前にまで追い込まれた。

「鉄道網の設置で都市の市場へのアクセスが開かれ、それまで地元の産業だったカキ漁は突如として何百万人規模の市場を見出すに至った。ロンドンやパリといった大都市がそれだ」。スコットランド・エジンバラのヘリオット・ワット大学を研究拠点とするサンダーソン氏はそう説明する。当時カキは「貧民の食べ物」とみなされており、屋台で売られていた。「エジンバラでは、希望すれば家賃をカキで払うこともできた」(サンダーソン氏)


ドーノック湾の浅瀬に立つウィリアム・サンダーソン氏/

人気の高さが欧州産カキにとってあだとなった。19世紀以降、英国では地元に生息するカキの個体数が95%減少した。

しかしここへ来て、英国原産のカキには一筋の希望の光が差し込んでいる。現地の海では、海洋環境を自然の状態に戻すプロジェクトが進行中。スコットランド北東部沿岸に位置する狭いドーノック湾に変化をもたらしつつある。2014年に始まったドーノック環境改善プロジェクト(DEEP)は、これまでのところヨーロッパヒラガキ2万匹の同湾での養殖に成功した。現在の目標は、この数字を自立的な個体数の維持が可能な400万匹へと、25年までに引き上げることだ。

ドーノック湾の養殖場で採れたカキ。太平洋産のマガキよりも平べったくて丸い

蒸留所が復活に一役

プロジェクトは、一見起こりそうもない協力関係の産物だ。ドーノック湾の岸には、グレンモーレンジィ蒸留所の古い建物が佇む。同蒸留所はこの地を故郷と定め、170年以上にわたってスコッチウイスキーを作り続けてきた。「蒸留所は倉庫を拡張し、事業も勢いに乗っていたが、どうすれば環境負荷を減らせるか、周辺の状況を改善できるかを知りたがっていた」と、サンダーソン氏は振り返る。

グレンモーレンジィは持続可能性を高める取り組みの一環として、17年に嫌気性消化槽を設置。発酵時に残る麦芽の搾りかすといった副産物を浄化している。

「従来、副産物は湾に排出していた」。蒸留所の責任者、エドワード・トム氏はそう語る。「現在は副産物の97%を浄化してから排出している。残りの3%を浄化してくれるカキの養殖場は、我々が現行のDEEPプロジェクトの一環として導入しているものだ」


グレンモーレンジィ蒸留所の責任者、エドワード・トム氏/

カキは1日およそ240リットルの海水を濾過(ろか)できる。その過程で、蒸留所由来のあらゆる有機副産物は浄化される。またカキの存在は、他の生物の生息環境を形成する役割も果たす。

「カキの個体群は海底に構造物(カキ礁)を作り出す。これによってできたくぼみや割れ目の中で、他の生物が暮らすようになる。特定の種類の魚やカニについては、こうした生息域に関連して数を増やしているのが確認され始めている」(サンダーソン氏)

ドーノック湾の海底にカキを群生させる活動に取り組むDEEPプロジェクトの研究者ら

さらに、研究によりカキ養殖場は二酸化炭素の吸収源として機能し得ることも分かっている。水柱から二酸化炭素を隔離させ、下方の海底に埋める働きをするという。

DEEPプロジェクトは現在欧州で稼働している19の取り組みの一つであり、かつて完全に破壊されたカキの生息域を再建した最初の事例だ。生物多様性の増進と水質濾過、炭素隔離といった恩恵を組み合わせることで、この種の取り組みは大きな影響をもたらすことが可能だとサンダーソン氏はみている。

「カキ養殖場の復元は、太古の森林をよみがえらせるのと同じくらい意義深い」(サンダーソン氏)

ただプロジェクトが目覚ましい進展を見せているとはいえ、凍える海中に潜ってカキをチェックする前には依然として多少の不安を覚えるとサンダーソン氏は認める。

「毎回潜るたびに、必ずちょっとした不安に襲われる瞬間がある。子どもが生まれる前の父親のような気持ちだ。(中略)それでも毎年笑顔で戻ってくる。カキたちがどんどん大きくなっているから」(サンダーソン氏)

絶滅寸前のスコットランドのカキ、ウイスキー蒸留所との連携で復活の兆し

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