ゲームに変革をもたらした日本製品8選<下> ソニックからポケモンまで

ファミリーコンピュータからゲームボーイ、プレイステーションを経てスマートフォンへ

2018.01.02 Tue posted at 09:24 JST

(CNN) 最初のコンピューターゲームは日本が発明したわけではない。その栄誉は米マサチューセッツ工科大学(MIT)が1962年に生み出したゲーム「スペースウォー!」のものだ。

しかし日本はこれ以来、ほとんど比類のない情熱でゲーム文化を受け入れてきた。

今回は「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」から「ポケモンGO」までの製品を見る。

ソニック・ザ・ヘッジホッグ(セガのメガドライブ用のゲーム)1991年

日本ゲーム業界のもう一つのビッグネームであるセガは、任天堂に後れを取らないための突破口を必要としていた。

セガは任天堂の「スーパーマリオ」に対抗するキャラクターを作ることを決断。社内コンペの末、体を丸めて素早く移動できるという能力からハリネズミ(ヘッジホッグ)が選ばれた。これはゲームにおいては便利な仕掛けだ。

ソニック関連のゲームの人気により、メガドライブ(米国での名称は「ジェネシス」)は任天堂NESの強力な競争相手に。1990年代を特徴付けることになる「ゲーム機戦争」が始まった。

ソニーの家庭用ゲーム機「プレイステーション」 

プレイステーション(ソニーの家庭用ゲーム機)1994年

任天堂とソニーは88年、通常のソフトと新しいディスクフォーマットの両方をプレーできる高性能版「スーパーNES」の共同開発に着手した。任天堂の側は、ソニーが当時フィリップス社と共同で規格化して勃興しつつあったCD-ROM技術に関心を示していた。

ゲーム機のブランディングや製造についてはソニーが担当することが決まった。だが、91年のラスベガス家電見本市「CES」で同ゲーム機についての発表が行われた後、収益の配分をめぐる争いでこの取り決めは破棄された。

「任天堂版プレイステーション」は実現しなかったが、ソニーはこのアイデアに修正を加え、通常のCD-ROMを使用する自社ゲーム機の開発に結びつけた。

スーパーマリオ64(ニンテンドー64用のゲーム)1996年

一連の画像は初期の「スーパーマリオブラザーズ」のもの

ビデオゲームは1990年代、2次元グラフィックに依存した状態からダイナミックに表現された世界に移行し、プレーヤーが自由に動くことが可能になった。これは短く「3D」ゲームと呼ばれたが、実際には3次元効果は含まれていなかった。

こうした重要な一歩に先鞭(せんべん)を付けたのが「スーパーマリオ64」だ。同ゲームは「ゼルダの伝説 時のオカリナ」と並び、この世代で最も重要なゲームの一つと見なされている。

2016年には、米ナイアンティック社が「ポケモンGO」を開発

ポケモンGO(「iOS」や「アンドロイド」用のゲーム)2016年

「ポケモンGO」は米ナイアンティック社が開発した。任天堂が1996年にゲームボーイ用ソフトとして発売した「ポケットモンスター」シリーズを基にしたものだ。

一連のポケモンシリーズでは、プレーヤーがカントー地方などを舞台にした架空の世界を探索し、希少なモンスターを探して捕獲・訓練したり、これと戦ったりする。

ポケモンGOでは、こうした古典的な図式が「拡張現実」を通じて強化されている。スマートフォンのカメラを利用して、現実世界にポケモンを投影する仕組みだ。

ポケモンGOは2016年7月に発売されると世界的な現象になった。

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