OPINION

自らの政権の足元に地雷を仕掛けたプーチン氏

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プーチン氏の「部分的動員」発表は、戦争に無関心だった国内世論を変えた可能性がある/Sergei Bobylev/Sputnik/Kremlin Pool Photo via AP

プーチン氏の「部分的動員」発表は、戦争に無関心だった国内世論を変えた可能性がある/Sergei Bobylev/Sputnik/Kremlin Pool Photo via AP

モスクワ(CNN) テレビ放送された国民向けの演説で21日夜、ロシアのプーチン大統領はウクライナ侵攻での「部分的動員」を発表した。これはプーチン氏が実質的に、ロシア人との暗黙の社会契約を破ったことを意味する。契約に基づきロシアの市民は、権力者らが利益をくすねたり争いを起こしたりするのを許す代わりに、自分たちの私生活には介入させない。

戦争が新たな段階に入りつつある中、追い詰められたプーチン氏は自分の背後にロシア人の相当な部分を引きずり込んでいる。同氏が事実上行ったのは国内に向けての宣戦布告であり、結果的に野党勢力や市民社会のみならず、ロシアの男性人口を敵に回したことになる。

なぜプーチン氏はそんな危険を冒すのか? それは本人自ら、世間の戦争に対する関心の欠如を数カ月にわたり促してきたからだ。国民の動員は深刻な不満を社会にもたらす。だからこそ総動員ではなく部分的動員を決断したわけだが、長い目で見れば自身の政権の足元に地雷を仕掛けたことに他ならない。短期的には、動員に対する妨害行為に直面するだろう。

もうずいぶんと長い間、プーチン氏は大衆の間で戦争を遠ざける姿勢を助長してきた。今やロシア人はそのつけを払い、兵士として使い捨てにされようとしている。

果たして21日の発表はどのような形でロシア人たちを安全地帯から連れ出し得るだろうか? 彼らはこれまで、現状の「特別軍事作戦」に対して関心がなかった。

少なくとも今に至るまで、この地で感じられる主要な感情(むしろその欠如というべきだが)は無関心に他ならなかった。それは様々な色合いを帯びて現れる。正真正銘の無関心もあれば、他人を模倣したものや自ら作り上げた無関心もある。

ロシア人のうち、「特別軍事作戦」を「どちらかと言えば」支持している30%(50%近くは「断固」支持、20%弱は不支持)は、自分の意見を持たない。もっぱらテレビやプーチン氏の言葉を借用し、悪いニュースや他の情報源を遮断する。それでも時には戦争自体を好ましく思わないこともあり、この30%に属する人はプーチン氏と同氏の構想に対する態度を変化させる可能性がある。

一般の人々の無関心は、プーチン氏を利する。そうした市民は政治家たちの問題に干渉しないし、彼らの構想を支持する。その代わり政治家に求めるのは、物事が正常な状態にあるとの印象を維持することだ。

プーチン氏はそれを実行している。戦争及び自分自身を支える部分的動員(それは侵攻開始後すぐに起きた)と動員解除とを巧みに組み合わせながら。娯楽番組は再びテレビで流れるようになり、年次のモスクワ市の祝日には花火が打ち上げられた(この日のジョークには、同市のソビャーニン市長がウクライナ軍の反攻開始を祝福したのだと皮肉るものもあった)。人々は普通の日常生活を送っており、ウクライナでの出来事に対する関心は今夏を通じて低いままだった。

しかしこうした無関心な人々でさえ、ウクライナの反撃は無視できなかった。ここでも真実を知ろうとしない態度は主流であり、もし当局者が退却ではなく軍の再編だと言えば、再編が真実となる。それでもクレムリン公認のトーク番組ですら、失敗を認める内容であふれる状況となった。

この状況が平和への願望を呼び起こすことはなかった。そうした願望は概ね作戦を支持する人々の気分の中にさえ表れていたが、ここで起きたのは攻撃性とヘイトスピーチの爆発だった。「なりふり構わず」、さっさとウクライナに思い知らせろという声が叫ばれた。プーチン氏はこれを受けて、発電所などインフラへのミサイル攻撃を行った。攻撃は報復心と怒りによるものだったが、後者から明らかになるのは弱さであって強さではない。

急進論者はプーチン氏に不満を抱き、戦争の徹底的な遂行と総動員とを求める。しかしクレムリンの独裁者には、迅速な勝利を可能にする資源、とりわけ人的資源が不足している(そうした理由から、現在は兵士の補充のため有罪判決を受けた受刑者まで採用している)。

ただプーチン氏にとって、中産階級の機嫌を損ねるのは得策ではない。彼らは自宅のソファからテレビで戦争を見られればいいのであって、自ら塹壕(ざんごう)に赴くつもりはない。それ以上に、総動員を掛ければ経済を回すのに必要な人的資本が戦争へと流れる。平たく言うと、働き手がろくにいない事態となってしまう。

急進派の側がプーチン氏に不満を募らせるのは今に始まった現象ではないものの、かつてそうした態度がここまではっきりと示されたことはなかった。ただ彼らがプーチン氏に太刀打ちできる可能性は皆無だ。超保守的な急進派も、親西側のリベラル派が受けるのと同様の圧力によって抑えつけられるだろう。件(くだん)の独裁者は戦争と帝国主義にかけて、いかなる敵の存在も受け入れない。

ロシア国内の世論は一向に盛り上がらず、何か並外れた事象がない限り本格的にムードに切り替わることはないだろう。同じ話は経済の問題にも当てはまる。今に至るまで、社会経済的な危機はそれほど見える形では表出していない。危機の本格的な始まりは先延ばしにされているが、一部のエコノミストが指摘するように、おそらく今年末から来年初めにかけて危機そのものが顕在化するだろう。

世論が惰性に流れる状態にある中、プーチン氏にとっては敗北を勝利だと言いくるめることが可能になる。損失を戦果と形容することで、同氏はすぐにも戦争を止められる。部分的にはそれを実行しており、ウクライナの4つの占領地域に関してはロシアへの編入を巡る住民投票を直ちに行うと発表。それによって、損失を固定化する判断を下した。

明らかにプーチン氏には自ら始めたことを止めるつもりがなく、ロシアが戦場で成功を収めるものと思い込んでいる。あるいは少なくとも、占領地域においてより強固な足掛かりを得られ、ロシア領だと宣言できると思っている。その場合、現地でのいかなる戦闘もロシアに対する攻撃とみなすようになる。そして「特別軍事作戦」を正式な戦争の状態へと移行させる機会を手にし、総動員の可能性に道が開ける。現時点でプーチン氏が発表しているのは、あくまでも制限付きの「部分的」動員だ。

だがこうしたことは全て裏目に出るかもしれない。すでに公式な場で主要な「友人」である中国の習近平(シーチンピン)国家主席やインドのモディ首相が懸念を表明している。そんな中、プーチン氏が戦争の終結を遅らせれば遅らせるほど、その分勝利と見なし得る形での後日の和平締結は難しくなるだろう。

なるほど、世論は内心長期戦を覚悟してはいるが、絶え間ない緊張がもたらす疲労感がいつ一線を越え、ムードを変えるかは誰にも分からない。そうした緊張状態は、入念に育んだ無関心によって和らげておく必要がある。プーチン氏によると自分には時間があり、ロシア軍は急いではいないという。

それでも時間が経つにつれ、敗北を勝利として示すのは一段と困難になるだろう。とりわけ例のためらいがちな層、「どちらかと言えば」同氏を支持する程度の30%に対しては。

アンドレイ・コレスニコフ氏は、カーネギー国際平和基金の上級研究員。ロシアの政治史、社会史に関する複数の著書がある。記事の内容は同氏個人の見解です。

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