一時代の政治を築いた安倍元首相、その足跡をたどる 歴代最長の在任

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2016年のリオ五輪ではスーパーマリオに扮し、閉会式に登場した/PHILIPPE LOPEZ/AFP/AFP/Getty Images

2016年のリオ五輪ではスーパーマリオに扮し、閉会式に登場した/PHILIPPE LOPEZ/AFP/AFP/Getty Images

五輪の「スーパーマリオ」の成功と後退

第2次安倍政権は経済的混乱の中で始まり、長年停滞する日本経済の再興にすぐに着手した。12年の首相就任後まもなく、「アベノミクス」として広く知られる大きな実験を始めた。

アベノミクスは大規模な金融刺激策、財政支出の拡大、構造改革からなる「3本の矢」を含む政策だった。

安倍氏の周囲はこの計画を、日本経済を復活させ、消費者や投資家の自信を高めるものとして称賛した。だが、力強いスタートを切った後に行き詰まりを見せ、15年には国内総生産(GDP)の増加を狙った「新3本の矢」を打ち出した。だが、目標達成を果たしたい望みも20年の新型コロナウイルスの流行で打ち砕かれ、日本はリセッション(景気後退)入りした。

安倍氏の国内での主な業績の一つに20年東京五輪の招致がある。16年リオ五輪の閉会式には次期開催都市である東京の紹介で登場。日本の有名なビデオゲームのキャラクター「スーパーマリオ」に扮(ふん)して世界中のゲームファンをを喜ばせた。マラカナンスタジアムにスーパーマリオのゲーム音楽が流れる中、安倍氏が緑色の土管からオーバーサイズの赤い帽子をかぶって出てくる演出だった。

だが、大きく期待された東京大会の成功も新型コロナのパンデミック(世界的大流行)で結局実現できず、翌年に延期される形となった。

大会延期に消極的だった当初の姿勢は、日本のコロナ流行への対応の遅さに一部つながった。安倍政権は初期の感染例が確認された後に緊急事態宣言を出したが、検査率の低さ、増え続ける患者対応に必要な医療用具の不足では批判を受けた。

200年ぶりとなる天皇の譲位に伴う対応はより成功裏に行うことができた。19年10月に徳仁天皇が即位して皇位が継承され、令和の時代が始まった。

安倍氏は新元号公表に関する記者会見で「厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたいとの願いを込め『令和』に決定した」と述べた。

安倍氏は1987年に結婚した安倍昭恵夫人を残して亡くなった。夫妻に子どもはいない。

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