OPINION

ゼレンスキー氏の広報戦術からプーチン氏が学べるいくつかのこと

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ウクライナのゼレンスキー大統領。自撮り動画などを駆使した発信力の強さが際立つ/Ukraine Presidential Press Service/ABACA/Reuters

ウクライナのゼレンスキー大統領。自撮り動画などを駆使した発信力の強さが際立つ/Ukraine Presidential Press Service/ABACA/Reuters

(CNN) ウクライナのゼレンスキー大統領は、古くからの諺(ことわざ)の中に真実があることを証明しようとしている。その諺とは「ペンは剣よりも強し」。同氏に当てはめるなら、「自撮り動画はロシアの戦闘機よりも強し」といったところか。

ウクライナが軍事力で劣勢に立たされていることに疑いの余地はない。さながら少年ダビデがロシアという巨人ゴリアテに挑む図式だ。ところがゼレンスキー氏が巧みに操る現代の投石器は、ソーシャルメディアや今どきのコミュニケーションスキルという形を取って、同氏をもう一つの重要な戦いで優位に立たせるのに寄与している。それは戦争を巡る言説をコントロールする戦いだ。

人々の認識に影響を与えられるかどうかは、シンプルで記憶に残り、かつインパクトの強いメッセージを発信できるかどうかにかかっている。ゼレンスキー氏はツイッターへの投稿やメディアとのインタビュー、他国の議会でのビデオ演説を通じてメッセージを発しているが、これまでのところ上記の3つの基準をすべて満たしている。こうしたメッセージの伝え方により、さらには視覚効果がもたらす強烈な説得力も加わったことで、ゼレンスキー氏の言葉が将来の歴史書に記載されるのは間違いないだろう。

ただ現時点で、ゼレンスキー氏は後世に名を残すことに関心があるというよりは、自国の市民の生存にますます注力している公算が大きい。一つには自軍の兵士を先進的な武器で武装させるということがある。その重要性に疑問の余地はない。しかし優れた指導者は、自国民を同じくらい強力なもので武装させる責任も負う。それは気持ちを鼓舞し、動機を与え、自国への誇りを抱かせることに他ならない。

ゼレンスキー氏はこの点でロシア側の指導者を上回っているように見える。仮にロシア軍の間で士気が低下しているとの報告が事実であればそうなる。実際、退役した米軍将校などの専門家らは、ロシア軍兵士の練度がいかに貧弱に見えるかに衝撃を受ける一方、ウクライナ軍の覚悟と闘争心には驚嘆の念を示している。

闘争心のバランスが取れていない状況は、ロシアにとって高くつくかもしれない。第2次世界大戦で米軍を指揮した伝説の軍人、パットン将軍はこう語っている。「戦争は兵器で戦うものかもしれないが、勝利をもたらすのは人である。命令に従う者たちの気迫、彼らを指揮する者の気迫があってこそ勝利が得られる」。

自らの内なるウィンストン・チャーチルと交信しつつ、今月初めの英下院での演説に臨んだゼレンスキー氏は、この英国の元首相が発した一節にあやかり、ロシア人と「森で、平地で、海岸で、市街で」戦うことを誓った。チャーチルはまさにこのような言い回しを用いて、国民の気迫と決意を呼び起こした。当時は第2次大戦の戦況が最も厳しい時期で、英国は戦争に疲弊。次にナチスドイツの軍門に降(くだ)る国と目されていた。

ただゼレンスキー氏は単に過去の明言を再利用するだけではなく、記憶に残るフレーズを自ら作り出しもする。それらは演説のほかの部分よりも一段と際立った印象を残す。例えば、侵攻してくるロシア兵に対する以下の警告には、ウクライナ人が臆病風に吹かれることはないと強調する意図が込められていた。「攻撃を仕掛ける諸君らが見るのは我々の顔であって、背中ではない」

これはゼレンスキー氏がしばしば用いる力強い雄弁術の一つでしかない。自らの言葉を通じ、聴衆に首尾よく事が運んだ結果をイメージさせる。チャーチルと同様、ゼレンスキー氏は英国の国会議員にこう宣言した。「我々は諦めない。決して敗北はしない」。同氏が示したのは、前向きな思考が持つ力に対するこれ以上ないほどの深い認識だ。それによって、勝算のある戦いなのだという同意を国全体から引き出そうとした。

これには科学的な裏付けがある。神経科学の研究によれば、ある単語には身体的及び感情的な反応をつかさどる力がある。前向きな思考や言葉は脳の特定の活動を刺激し、人に行動を起こさせる。見たところゼレンスキー氏には、自身の言葉で自国民を、さらにもっと多くの世界中の人々を、ある種の行動へ駆り立てようという狙いがあるようだ。そうした行動を通じて、自国を救えると考えているように思える。

フランクリン・ルーズベルトやマーチン・ルーサー・キング牧師など、歴史に残る偉大な雄弁家と同様、ゼレンスキー氏は行動を呼び掛ける際に隠喩や力強い修辞表現を用いる。最近の演説の中では、そうした言い回しを聞いて涙ぐむ西側の政治家の姿も見られた。

これらの議会演説にあたり、ゼレンスキー氏は具体的にどのようなグループを説得しようとするかによってメッセージの中身を調整する。例えば、米国の国会議員に向けた演説ではラシュモア山に言及。キング牧師の演説に出てくる「私には夢がある」の言葉を引用しつつ、「私には必要とするものがある」と訴えた。さらに真珠湾攻撃と米同時多発テロを引き合いに出し、聴衆がウクライナの痛みを一段と感じ取れるようにもした。同様に、英国議会に向けてはチャーチルとシェークスピアを引用。ドイツ人に対しては、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)に関連する「決して繰り返してはならない」というフレーズに言及した。

ゼレンスキー氏が言説で優位に立てるのは言葉だけでなく、視覚によるところも大きい。2人の敵対するリーダーは、見た目が悉く(ことごとく)対照的だ。ゼレンスキー氏は側近とキエフの暗い街路に立つ。服装は作業用のグリーンのTシャツとミリタリースタイルのジャケットだ。その姿は勇敢で大胆な反乱軍的イメージを具現化する。戦いに送り出す兵士たちとともにあるという印象も抱かせる。

一方のプーチン大統領はいかにも政治家といった服に身を包み、巨大な会議用テーブルの端に離れて座っている。もしくは1人でテレビのスタジオに入り、メッセージを録音する。ゼレンスキー氏の自撮り動画は骨太で斬新、現実感のある内容だが、プーチン氏が登場する画面は演出が施された、時代遅れの感じがする。

恐らくプーチン氏は、このあからさまな対比を不都合なものと認識したうえで、戦争支持の集会の開催に踏み切ったのだろう。満員のスタジアムで(報道によれば公務員が参加を義務付けられていたという)、自身がロシア国民の支持を得ているところを示したかったのではないか。しかしその場面ですら、同氏が選んだのはもこもことしたダウンコートで、絶大な権力を持つ恐るべき指導者というよりは、悪に染まったミシュランマンといった方がしっくりくる見た目だった。

プーチン氏はゼレンスキー氏が実践する現代風のコミュニケーションの法則を参考にしようとスーツを脱ぎ捨て、国民の間に進み出た。しかしその頼りない試みも、年老いたクマに新しい芸は教え込めないという事実を証明しただけだった。さらに悪いことにテレビ放送中、プーチン氏の演説がいきなり途切れてしまう事態にも見舞われた。「技術的なトラブル」が原因だったという。

歴史は大胆で勇気ある者に優しい。自らにのしかかった悪条件を払いのける場合には特にそうだ。ゼレンスキー氏は物怖じしない行動への呼びかけを通じて、自らの足跡を一段と確かなものにする。その度合いは日を追うごとに増している。片やプーチン氏が露呈した弱さは、自ら宣伝に励んできた強い人物としての評判に逆行する形となっている。

ゼレンスキー氏の恵まれたコミュニケーションスキルがウクライナ人の抵抗の驚異的な強さにどの程度寄与しているのか、明言するのは難しい。しかし雄弁術が持つ力について、もしチャーチルの説が正しいとすれば、歴史はゼレンスキー氏の言葉が果たす役割に並外れた威力をもたらす公算が大きい。

チャーチルはこう書き残している。「人間に与えられるあらゆる才能のうち、雄弁に語る能力ほど貴重なものはない。その才能に恵まれた者が及ぼす影響力は、偉大な王が振るう権力よりも長く持ちこたえる」。この場合に当てはめれば、相手は独裁者ということになるだろうか。

ビル・マガウアン氏は、ニューヨークに拠点を置き世界的なコミュニケーションのコーチングを手掛けるクラリティー・メディア・グループの創業者兼最高経営責任者(CEO)。ジュリアナ・シルバ氏は、同社で戦略的コミュニケーションのためのアドバイザーを務める。記事の内容は両氏個人の見解です。

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