(CNN) 米連邦議会議事堂襲撃事件が起きた1月6日に合わせて米国の民主主義の将来を考えるうえで、有益なのは世界の国々を見渡してみることだ。学者たちが「民主主義の後退」と名付けた状況がそこにある。ハンガリーからポーランド、トルコ、インドに至るまで、各国における民主主義の規範、価値観、制度が圧力を受けている。
ファリード・ザカリア氏
しかもそれは民主主義の歴史が浅い国だけで起きているのではない。現代ドイツを例に考えてみよう。地獄のような独裁に身を落とした1930年代と40年代を経てドイツは戦争に敗れ、破壊されたもののその後立ち上がり、自らを再建した。今日では見たところ、ほとんど驚異的なほど安定した民主主義国となっている。アンゲラ・メルケル氏は盤石の態勢で16年間首相を務め、自身の政権の元財務相にその地位を引き継いだ。後任は同じく穏健派として知られる人物であり、国の政策変更はごくわずかなところでしか行われていないように思える。ポピュリストの右派は周縁にとどまり、影響力はない。
しかし一見穏やかな水面下では、もっと荒れたうねりが生じている。学者のリチャード・ピルデス氏が指摘するように、この数十年間というもの、ドイツの2大政党はたいてい合わせて90%前後の票を獲得してきた。ところが昨年の総選挙の得票率は50%に届かず。現在は新たな政党や政治運動が台頭しつつあるのが実情だ。
ピルデス氏が「政治の断片化」と呼ぶこの現象は、西洋世界の至る所で起こっている。欧州で最も成功した部類のフランスの社会主義政党は、今や見る影もない。スペインは4年間で4度の選挙を行った後ようやくまともに機能する連立政権樹立にこぎつけた。2018年以降、右派のポピュリスト政党に先導される形でイタリアの政治は混乱に突入。マリオ・ドラギ首相率いる実務家内閣によってようやく窮地を脱した。オランダでさえ17年には、連立政権樹立まで過去最長となる225日を要している。
なぜこんなことが起きているのだろうか? 理由のいくつかはおなじみのものだ。技術が急速に変化する時代、グローバル化が加速し、民族の多様性が増す中で大きな不安感が生まれた。こうした不安感が従来の制度や既存政党への不信を引き起こした。新たな登場人物が政治の舞台に躍り出るものの、中には恐怖を振りまき、単純な解決策で新たに生じた複雑さをすべて取り除こうとする人間も現れる。彼らは国を回帰させようとする。時代がもっと安定し、国が偉大だった(おぼろげで、しばしば誤った記憶の中での話だが)ころへ立ち返ろうとするのだ。
それでも米国の民主主義の方が、例えばフランスやスペインの民主主義よりも大きな脅威にさらされていると感じるのはなぜか?
そうした国々では、新しい過激な勢力が断固たる姿勢で政治システムの中核を攻撃しているようには見えない。第一に、欧州では攻撃される秩序が欧州連合(EU)である点が注目に値する。それでも実際のところEUには相当の重圧がかかっており、域内の3大経済国の一つである英国はすでに連合を離脱。ポーランドやハンガリーといった国々も、内部からのEU弱体化を図っている状況なのだが。
ただそうした一切を踏まえても、米国にのしかかる圧力はとりわけ大きく、我々はその状態で次の大統領選へと向かうことになる。筆者が特別リポート「米国の民主主義を救うための戦い」で説明したシナリオが現実のものとなるなら、つまりトランプ前大統領が出馬し、党の指名を獲得し、本選で接戦を演じるなら、我々はほぼ確実に憲法上の危機を目の当たりにするだろう。さらなる懸念材料として、選挙の手順に変更が加えられた状況では今後も選挙が接戦となるたびに我々はこの種の論争に直面する公算が大きくなる。すでに米国の選挙制度の基本的な正当性は損なわれてしまった。とりわけ共和党議員が、米国の選挙は不正であふれているという大きなうそを積極的に利用している。
現状は、我々が建国者たちの作った憲法の欠陥を露呈させてしまったということなのかもしれない。彼らの信じるところによれば、政治システムを構築する際、人々は必ずしも高潔に振る舞う必要はない。「人々が天使であるなら、いかなる政府も必要ない」。建国の父の一人、ジェームズ・マディソンがそう記したことはよく知られている。野心に対抗できるのは野心であって、この抑制と均衡のシステムこそが自由と民主主義を持続させるものに他ならない。
しかし人間が責任を持って、それこそ高潔に行動することなくして1つのシステムが機能し得るだろうか? 政治機構の1部門である議会は、他の部門をチェックする役割を担う。ところが今日、共和党議員にとっては党派政治が制度への忠誠に勝ってしまう。1月6日の出来事について本当に恥ずべきなのは、議事堂の外で起きたことにとどまらない。それは議事堂内で、下院の共和党議員の過半数が有効な大統領選挙の結果を覆す票を投じたそのときにこそ起きていた。彼らはただ、当時のトランプ大統領の機嫌をとるためにそうした。米国のシステムを危うく破壊しかけたのはこれらの票であって、暴力ではないのだ。
歴史の短い民主主義国と異なり、米国の制度は強固だと我々はしばしば耳にする。しかしラルフ・ワルド・エマーソンの言葉にあるように、「制度とは一人の人間から伸びる影である」。人々が自分たちの制度を乱用し、攻撃し、気にもかけないのであれば、それらは徐々に崩壊していくだろう。
従って、我々は全力を傾けて人々が高潔に振る舞うように努めなくてはならない。とりわけ共和党議員は自覚する必要があるが、彼らは税金や規制、インフレや環境などどんな問題でも民主党議員に対し精力的に異を唱えることができるし、またそうすべきである。しかし一方ではその同じ民主党議員らと協力して、信頼に足る正当な政治システムを維持しなくてはならない。
我々のすべてにとって、それこそが現在最も重要な政治課題だ。イランや環境関連の補助金に対する見解を今話し合う必要はない。そうした違いは後回しでいい。まずは米国の民主主義を救おうではないか。
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本稿はCNNの番組司会者、ファリード・ザカリア氏による論説です。記事の内容は同氏個人の見解です。