ロンドンの隠れた名所?、地下に眠る「幽霊駅」を訪ねる

「幽霊駅」の多くは、長年にわたり一般に公開されることがなかった/Courtesy London Transport Museum
写真特集:都市の記憶が眠る場所、ロンドン地下鉄の「幽霊駅」を見る

「幽霊駅」の多くは、長年にわたり一般に公開されることがなかった/Courtesy London Transport Museum

(CNN) ロンドン地下鉄には現在270の駅が存在するが、コロナ危機の影響で乗客と列車の数が大幅に減少する前に、すでに約50の駅が廃止され、そのまま放置されている。

それらの駅は「幽霊駅」と呼ばれる。最初に名付けたのはドイツ人だった。

幽霊駅はごく普通の場所に隠れているが、われわれが目にすることはない。その理由は、われわれが見落としているか、あるいは駅自体が全く別の物に生まれ変わっているためだ。

生存競争の厳しい大都市ロンドンでは、全力で働かないと解雇される危険に常にさらされる。地下鉄の駅も例外ではない。

ロンドン地下鉄ジュビリー線のチャリング・クロス駅は、ドックランズやミレニアム・ドーム方面へのジュビリー線延伸のあおりを受け、1999年に廃止された。

またタワー・オブ・ロンドン駅も1882年の開業後わずか2年で廃止され、代わりに建設されたマークレーン駅も乗客の増加に対応できなくなり、1967年に幽霊駅となった。

全く逆の理由で廃止された駅もある。ロンドン北部ハムステッドにあるノースエンド駅は利用すらされなかった。建設途中だった同駅は、十分な通勤・通学者がいないという理由で廃止された。

捨てられた路線

幽霊駅と聞くと、クモの巣だらけのらせん階段や大昔のたばこの看板を連想する人が多いが、すでに自然の一部になっている屋外の幽霊駅も多い。

ロンドン北部のフィンズベリー・パークとアレクサンドラ・パレスの間の森を通る遊歩道「パークランド・ウォーク」は、途中に廃駅跡がいくつか存在する。

1930年代に、当時すでに存在したグレート・ノーザン鉄道(GNR)の路線に沿って線路を電化することにより、ロンドン地下鉄ノーザン線を延伸する野心的な計画が進められていた。この計画はノーザンハイツ・プロジェクトと呼ばれた。

しかし、第2次世界大戦の影響で建設は中断を余儀なくされた。結局、計画は完全に中止され、古くなった駅もその後一度も再生されることはなかった。

パークランド・ウォークは、この線路跡が遊歩道になっており、道の途中に廃棄された駅のプラットホームが何カ所かある。ハイゲート駅には放棄されたトンネルがあり、現在はコウモリのすみかになっている。

パークランド・ウォーク沿いにあるかつてのハイゲート駅のトンネル/Courtesy London Transport Museum
パークランド・ウォーク沿いにあるかつてのハイゲート駅のトンネル/Courtesy London Transport Museum

幽霊駅のセカンドライフ

ロンドンの地価が非常に高いおかげで、多くの幽霊駅は別のものに生まれ変わり、「第2の人生」を送っている。

1934年のオスタレー駅開業を受けて廃止されたオスタレー・アンド・スプリング・グローブ駅は、1960年代半ばに古本屋に改装された。

数分おきにヒースロー空港に向かうピカデリー線の列車がガタガタと音を立てて通過するが、この小さな書店には、空港の売店で見つかるものよりもはるかに面白い本が売られている。

また白い柵に囲まれた田舎風のオンガー駅は、利用者の減少により1994年にセントラル線から外された。しかし、その後、保存鉄道「エッピング・オンガー鉄道」の一部として復活した。

このエッピング・オンガー鉄道にはもう1つの幽霊駅、ブレイクホール駅がある。現在、この駅にはある幸運な一家が居住している。

週末に運行される列車では、乗客に本物のビールが振る舞われる。ロンドンでは地下鉄内の飲酒が禁止されているが、このエッピング・オンガー鉄道は、車内で酒を飲んでも違法にならないロンドン唯一の「地下鉄」だ。

またオンガー駅には、「引退」後にロンドン地下鉄で数少ない有人の切符売り場の1つが設置された。同駅は今、かつてないほど活気にあふれている。

クラッパム・サウス駅の下層に作られたシェルター。第2次大戦中はロンドン市民の避難場所として使用された/Courtesy London Transport Museum
クラッパム・サウス駅の下層に作られたシェルター。第2次大戦中はロンドン市民の避難場所として使用された/Courtesy London Transport Museum

世間の関心

最近までロンドンの幽霊駅は、ごく少数の幸運な(あるいは不運かもしれない)ロンドン交通局(TfL)の従業員や勇気ある都市探検家たちしか体験できない一種の都市伝説だった。

しかし、今や幽霊駅の所有者たちは、世間の人々からの強い関心に気付いている。

幽霊駅の実物を見たい人は、「Hidden London(隠されたロンドン)」ツアーがおすすめだ。

チャリング・クロス駅では、明るい色のベストを着た団体がツアーガイドの後について廊下を進み、突然壁の中に消える様子を目撃するかもしれない。

またピカデリー・サーカス駅にあるエドワード様式の地下通路(1929年以来、通勤・通学者の立ち入りは禁止されている)には、開業当時の壁のタイルを製作したメーカー、W.B.シンプソン・アンド・サンズの社名表示が今もはっきりと残っている。

ストランド通りから少し外れた場所にあるオルドウィッチ駅では、世界最大のエレベーター会社、米オーチス製の豪華な木製ベンチ付きエレベーターに驚かされる。

ダウンストリート駅は、ロンドンで最も有名な幽霊駅の1つだ。

この駅は、第2次世界大戦中のドイツ空軍によるロンドン大空襲の際、当時のウィンストン・チャーチル首相が、空爆の衝撃にも耐える「隠れ家」として使用した。チャーチル首相の戦時内閣は、この地下の暗がりに集まり、英国の運命について議論した。

スパイ映画か戦争映画のワンシーンのような光景に出くわし、奇妙な既視感にとらわれることも/Courtesy London Transport Museum
スパイ映画か戦争映画のワンシーンのような光景に出くわし、奇妙な既視感にとらわれることも/Courtesy London Transport Museum

このロンドンの幽霊駅の1つを何気なく訪れた人は、突然の既視感に襲われるかもしれない。

もしそうなら、それはほぼ間違いなく、過去に幽霊駅のいくつかを実際に目にしているからだ。といっても、幽霊駅がまだ現役だった頃の姿を見たのではない。映画館のスクリーン上で目撃しているのである。

映画「007 スカイフォール」の中でジェームズ・ボンドが中央部分を滑り降りていくエスカレーターは、チャリング・クロス駅の現在使用されていないエリアにある。悪役のラウル・シルヴァを追いかける印象的なシーンだ。またオルドウィッチ駅では、2014年公開のホラー映画「クリープ」の撮影が行われた。

同駅は、英国の人気テレビドラマ「SHERLOCK/シャーロック」や、「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」(17年)、「パトリオット・ゲーム」(1992年)、「つぐない」(2007年)など、数々の映画のロケ地になっている。

つまり、1度もロンドンを訪れたことがないにもかかわらず幽霊駅については地元の誰より詳しい、そんな人がいても決しておかしくはないわけだ。

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