世界の医薬品産業を掌握する中国の威力、トランプ関税で浮き彫りに

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中国南部、江西省の医薬品工場で働く従業員ら/Deng Heping/VCG/AP

中国南部、江西省の医薬品工場で働く従業員ら/Deng Heping/VCG/AP

香港/ニューヨーク(CNN) トランプ米大統領が予告する医薬品への関税強化によって、米国が医薬品の多くを頼る中国からの輸入が途絶え、国内の医療に深刻な影響を及ぼす事態が懸念されている。

米国は重要な医薬品の供給を外国に依存してきた。たとえば、細菌感染症の治療に広く使われるペニシリン系の抗生物質、アモキシシリンを米国内で製造するメーカーは1社のみ。原料は中国産が80%を占める。

その中国との間では、トランプ氏の関税政策をめぐって緊張が高まる一方だ。アモキシシリンの唯一の米メーカー、ジャクソン・ヘルスケアの創業者、リック・ジャクソン最高経営責任者(CEO)はCNNに、「中国がサプライチェーン(供給網)での支配的立場を武器として利用するようなことがあれば、アモキシシリンやその原料の調達は壊滅的な打撃を受けるかもしれない」と語った。

CNNが米国勢調査局のデータを基に試算したところによると、米国が昨年輸入したヒドロコルチゾン(かゆみ止め軟膏<なんこう>の有効成分)のうち96%、イブプロフェン(市販の鎮痛剤)のうち90%、アセトアミノフェン(同)のうち73%が中国製だった。

ペニシリン系の抗生物質、アモキシシリンの製造に必要な原料の80%は中国が抑えている/Fred Tanneau/AFP/Getty Images
ペニシリン系の抗生物質、アモキシシリンの製造に必要な原料の80%は中国が抑えている/Fred Tanneau/AFP/Getty Images

米議会の米中経済・安全保障調査委員会(USCC)のリーランド・ミラー委員は、中国が米国への医薬品供給のネックを取り押さえていることが「米国の安全保障に害を及ぼす」と主張した。

「中国がこうした影響力を持っているというだけで、中国側が引き金を引くか引かないかにかかわらず、米国はさまざまな分野での政治的立場を変更せざるを得ない。まずい状況だ」と、ミラー氏は語る。

中国は今のところ、医薬品産業での優位を武器に使う態勢を公に示してはいない。だがトランプ氏が医薬品への追加関税を導入した場合、現在の慢性的な医薬品不足はさらに悪化し、国内での価格が上がって、医療費削減という同氏の公約からは遠ざかることになりそうだ。

「壊滅的」な妨害を受ける恐れも

ジャクソン氏によれば、世界が「中国の政治的、経済的な気まぐれ」でいかに翻弄(ほんろう)されるか、それをはっきりと示す例がアモキシシリンだ。

「アモキシシリンの長いサプライチェーンのどこかが中国の妨害を受ければ、壊滅的な事態に陥りかねない。細菌感染症が流行する可能性を考えればなおさらだ」と、ジャクソン氏は語る。

中国への依存

医薬品メーカーは何十年も前から、欧米諸国から生産コストの安い中国やインドへ生産拠点を移してきた。

中国は医薬品の原材料となる主要出発物質(KSM)の生産量が多い。また、KSMからつくられる医薬品有効成分(API)の製造能力は、世界でも中国とインドが群を抜いている。

中国では2000年代初め以降、医薬品業界が政府からのインセンティブや補助金を受けてコスト削減を果たし、ジェネリック医薬品(後発医薬品)やAPIの製造に理想的な条件が整った。

ジェネリック医薬品の世界最大の供給元であるインドも、APIなどの原材料を中国に頼っている。インド政府が23年にまとめた報告によると、インドが輸入するAPIのうち70%を中国が占める。

新型コロナウイルス感染拡大のさなかだった21年、中国・国家発展改革委員会は、「中国の製薬業界が国際競争に参加するうえでの主な強み」としてAPIを挙げた。

北京にある清華大学の李稲葵教授は、米国による制裁への「対抗措置」として、米国への医薬品の供給を制限することもできると提言した。

関税の効果を否定する声も

トランプ関税の主な目標は、米国内での製造を促すことだ。一部の医薬品メーカーはこれに沿った動きを見せている。

英アストラゼネカは一部の医薬品の製造拠点を欧州から米国に移そうとしている。米ジョンソン・エンド・ジョンソン、イーライリリーも米国での製造を拡大すると表明した。

だがオランダの総合金融機関INGグループのスティーブン・ファレリー氏によると、こうした企業が主に扱っているのは特許薬だ。それに対してジェネリック医薬品は事情が異なる。利益率が低く、先発薬の半分にとどまることも多いからだ。

「利益率の低さを考えると、このように不確定要素が多い状況でメーカーが長期的な投資を決めるのは無理がある」と、ファレリー氏は指摘する。「決められたとしても、米国内へ拠点を移し始めるのに5年以上かかるだろう」

ジェネリック医薬品は先発薬より最大85%も安く、低所得層や医療保険未加入の患者が大きく依存している。

だが関税がかかればメーカーの財務状況は悪化し、米市場から撤退していく恐れがあると、専門家らは指摘する。

医薬品の品質の公的基準を設定する米国薬局方(USP)のロナルド・ピエルベンチェンツィCEOは、強靭(きょうじん)なサプライチェーンをつくるために関税以外のインセンティブが必要だと主張。ほかの業界とは違い、医薬品の供給が途絶えたり不足したりすれば生命が脅かされると警告した。

「それぞれの薬に人の命がかかっている。ひとつの薬が不足しただけで子どもががんの治療を受けられなくなり、悲劇を招く。お気に入りのケチャップが在庫切れだと不愉快になるかもしれないが、命が危険にさらされることはない」と、ピエルベンチェンツィ氏は訴えた。

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