台湾の次期総統、頼清徳氏とは?

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台湾総統選で勝利し、支持者に手を振る頼清徳氏/Annabelle Chih/Getty Images

台湾総統選で勝利し、支持者に手を振る頼清徳氏/Annabelle Chih/Getty Images

(CNN) 貧しい鉱山労働者の家に生まれた元医師の頼清徳(ライチントー)氏は、27年前の台湾海峡危機をきっかけに政治の世界に飛び込んだ。

そして今、穏やかな語り口のベテラン政治家は、中国共産党が統一を誓ってやまない自治の島の次期総統として、さらなる危機の阻止という仕事を任された。

政権与党の民主進歩党(DPP)から出馬した現副総統の頼氏は、広く注目された13日の選挙で勝利をおさめ、台湾次期総統に就任する。

頼氏の勝利で、DPPは3期連続で政権を握り、新たな歴史の1ページを開いた。中国からの長年にわたる脅威がますます高まる中、独裁主義の巨大な隣国にひじ鉄を食わせた形だ。

「今回の選挙で、民主主義に対する台湾人の意志が世界に示された。中国にも理解してもらえるとうれしい」。頼氏は当選後の集会で、歓喜に湧く大勢の支持者を前にこう述べた。

台湾独立の先導者として中国政府の怒りを買ってきた頼氏は、新総統として「台湾海峡の平和と安定を維持する重要な責任」を果たすと述べ、尊厳と平等の原則にもとづいて中国との対話を図る姿勢を明らかにした。

勝利演説前には記者団に対し、「同時に、中国からの度重なる脅威や威嚇から台湾を死守するつもりだ」と語った。

数十年来もっとも強硬姿勢の指導者である習近平(シーチンピン)国家主席の指揮の下、中国政府は外交面、経済面、軍事面から台湾への圧力を強めている。台湾を中国領土とみなし、必要とあれば武力制圧も辞さない構えだ。

台湾海峡を挟んだ緊張状態は、1996年の危機勃発以来ピークを迎えている。数十年におよぶ中国の独裁支配から民主主義が芽生えたばかりの当時、中国は台湾初の自由意志による総統選挙が行われるのに先立ち、台湾沖にミサイルを発射して有権者を威嚇した。

その時頼氏は台湾南部の台南市で若手医師として大学病院に勤務していたが、ミサイル危機が「決定的瞬間」になったという。

昨年米紙ウォールストリート・ジャーナルの記事でも、「台湾の民主主義に加わって、スタートしたばかりの実験を邪魔する人々から守るのが自分の努めだと腹をくくった」と語っている。

頼氏は白衣を脱ぎ、政界に出馬した。立法院議員からスタートして、その後大衆の支持を受けて台南市長を2期務めた。行政院長に就任した後、2020年からは蔡英文(ツァイインウェン)現政権で副総統を務めた。

医者から政治家に転身した頼氏は、ちまたで言うところの台湾政治の「8年の呪い」をも覆した。台湾が民主化してから頼氏が当選するまで、2期以上政権を握った政党はひとつもなかった。

「予想外の旅」

頼氏いわく、政界入りは「予想外の旅」だったそうだ。

台湾北部の沿岸部にある鉱山の村で貧しい家に生まれ育った頼氏は、幼少期から医者になることを夢見ていた。母親は雑用をかけ持ちしながら、自分と5人のきょうだいを女手一つで育てた。炭鉱労働者だった父親は、頼氏が幼いころ勤務中の事故で死亡した。

幼い頼氏は父親の記憶がなかった。「だがある日突然、父が家族に残してくれた最大の遺産は貧困だったと気がついた」と、昨年3月のイベントで本人はこう語った。

「そうした家庭で育った人は、より成熟し、意志が強くなる。困難に打ち勝つ勇気も一層強くなる」(頼氏)

頼氏は台北市で物療医学とリハビリの学士課程を修了し、その後台南市の医大に進学した。

台南で医師として輝かしいキャリアを踏み出して数年が経ったころ、地元のDPP関係者から打診を受けた。地元の選挙に出馬するDPP候補者の選挙活動で、人望の厚い医師に一肌脱いでもらいたいという依頼だった。

1994年のことだ。国民党(KMT)の独裁支配に対抗する形で、台湾民主化運動からDPPが誕生して10年も経っていなかった。

国共内戦で共産党に破れた後、台湾島に逃れたKMTは、87年に戒厳令が解除されて自由選挙へ少しずつ移行するまで、40年近くも強権支配を振るっていた。

のちに「白色テロ」と呼ばれたこの期間に、反対勢力は数万人単位で殺害または投獄された。そんな中、長年民主主義を標榜(ひょうぼう)して活動してきた人々が結成したのがDPPだった。

台北で学生生活を送っていた頼氏は、親民主化デモ隊に対するKMTの容赦ない弾圧のニュースを、ルームメートと熱心に聞いた。「台湾の未来に疑念と不安でいっぱいだった」と、総統選期間中に公開された動画で本人も語っている。

頼氏は地元選挙でDPPを支援することに同意したが、候補者は結局落選した。

1年後、いくつかの民主化活動家が頼氏を訪れ、DPP擁立候補者として立法院への出馬を勧めた。

最初のうちは頼氏も断っていた。「自分は貧しい地方で生まれ育ち、ずっと医者を志していた。そしてようやく主任医師にまで上り詰めた」と、選挙動画で頼氏は語った。

だが、政界の同志は決してあきらめなかった。数カ月後、中国が実弾を使った軍事演習を行い、台湾にミサイルを発射すると、台湾海峡危機が勃発。ついに頼氏も踏ん切りがついた。

「診療室で当時の政権を批判するのではなく、表に出て民主主義運動の指導者に加わり、台湾のために具体的な行動を起こすほうが最善ではないか?」と、選挙動画で頼氏は語っている。

「それに、この人生で心から一生懸命になれるものを見つけられたら、価値ある人生になるだろうとも思った」

「頭を冷やして」

選挙に先駆け、中国は頼氏の当選を阻止する意志を隠そうともしなかった。

中国政府関係者は再三にわたり、今回の選挙を「平和と戦争」を決めるものだと位置づけ、中国政府が推すKMT候補者の侯友宜(ホウユーイー)氏の主張を繰り返した。一方で、頼氏が「台湾海峡の対立と紛争」を引き起こすと語気を荒げた。

DPPの中でも過激な一派の出身だった頼氏は、台湾独立への支持を公言していた時期がある。中国政府にとっては絶対に受け入れられない一線だ。

党内で昇進するにつれ、頼氏の姿勢も緩和していった。だが「台湾独立の実行役」を自任していた6年前の頼氏の発言を、中国は決して看過しなかった。

現在、頼氏は現状維持を望んでいると言い、「台湾はすでに独立主権国」なので独立宣言の「予定はなく、その必要もない」と公言している。

あえて含みを持たせたこうした姿勢は、バトンを受け継ぐ前任者、蔡氏の姿勢を踏襲した形だ。台湾初の女性総統は、任期満了に伴い再出馬が叶(かな)わなかった。

16年に蔡氏が総統に就任すると、中国政府は台湾行政府との公式連絡を絶ち、国際社会で台湾を孤立化させようと働きかけを強めた。こうした動きは、5月に頼氏が総統に就任して本格的に采配を振るうことになっても続くとみられる。

様々な意味で、頼氏に関する中国政府の文言は蔡氏の時よりもさらに敵意むき出しだ。

中国政府と国営メディアは絶えず頼氏を強くけん制し、危険な分離主義者だとか「トラブルメーカー」「戦争の仕掛け人」と呼んでいるが、頼氏の再三にわたる対話要請は拒み続けている。

頼氏が対話を望んでいるうちの1人が、最高指導者の習氏だ。

昨年5月、母校の国立台湾大学で行われた学生と一問一答形式の質疑応答をした際、頼氏は夕食を共にしたい国家元首の筆頭に習氏の名前を挙げた。

習氏と夕食を囲むチャンスに恵まれたら、「少し頭を冷やしたらどうか」とアドバイスしたいと頼氏は述べた。

「そこまでストレスを感じる必要はない」(頼氏)

頼氏の対話要請について質問された中国政府は、頼氏の「台湾独立を望む気質」が変わらないことをふまえると、同氏の発言は「奇妙」で「善意を装おうとしている」のだと強く非難した。

副総統候補として頼氏とともに出馬し、13日に当選を果たした蕭美琴(シアオメイチン)氏も、中国政府からあからさまに敵視されている。最近まで駐米台湾特使を務めていた蕭氏は、「強硬分離主義者」として中国から2度にわたり制裁を受けている。

「世論の主流」

頼氏は40%以上の得票率で当選した。一方KMTの候補者は33%、新生野党の台湾民衆党(TPP)の候補者は26%だった。

DPPは議会選挙で113議席中51席しか獲得できず、過半数を失った。つまり頼氏は蔡氏よりも制約を抱え、法案成立の際には他党と連立を組まなければならない可能性もある。

頼氏の勝利宣言から数時間後、中国はDPPが台湾の「世論の主流を反映していない」と述べ、台湾の選挙結果を一蹴した。

「今回の選挙は、台湾海峡間の関係強化を願う愛国者の共通の思いを変えることはできない。ましてや、母なる領土の統一という避けられない運命を止めることはできない」

だがこうした強い主張は、台湾の世論の主流からかつてないほど遠ざかっている。

力に訴える習氏の戦術にさらされ、台湾の一般大衆は中国と袂(たもと)を分かつ姿勢をはっきり見せている。早期または最終的な領土統一を支持する人々はいまや10%にも満たず、まっさきに中国国民を自認する市民は3%未満だ。

台湾人の大多数が求めるのは現状維持で、中国政府の支配は微塵(みじん)も望んでいない。

「台湾は何年もずっといびられっぱなしだった。向こうの要求にこびへつらい、選挙に介入されるのはもうまっぴらだ。このまま自分たちの自由な暮らしや民主主義を維持したい」。27歳の公務員の支持者は、歓声と祝福ムードに包まれた頼氏の集会でこう語った。

「自分たちにとって一番重要なのは、志を共にする世界のパートナーと手を組んで、台湾は孤立していない、怖くないと中国にメッセージを送ることだと思う。目の前に独裁国家が立ちはだかろうとも、我々の背後には多くの志を共にする国々がついている」

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