コール元首相が死去 東西ドイツ統一に尽力

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ドイツのコール元首相が死去

ドイツのコール元首相が死去

ベルリン(CNN) ドイツの与党・キリスト教民主同盟(CDU)は16日、冷戦終結後のドイツ再統一の立役者だったヘルムート・コール元首相が死去したと発表した。87歳だった。

コール氏は1982~98年の16年間にわたり首相を務め、在任期間は戦後最長に及んだ。第2次世界大戦後に分断された東西ドイツの再統一に向けて尽力した。

メイ英首相は声明で「我々は現代ドイツの父を失った」と述べたほか、欧州委員会のユンケル委員長はツイッターで「ヘルムートの死に深い痛みを覚える」と言及。クリントン元米大統領も友人の死を悼み、コール氏の「先見の明がある指導力により、ドイツや欧州各国は21世紀に備えることができた」と述べた。

コール氏は独南西部の産業都市、ルートウィヒスハーフェン・アム・ラインで生まれた。CDUで働き始めたのは47年。ラインラント・プファルツ州の州議会議員や同州首相、CDU党首を歴任したほか、76~90年にかけて西ドイツ下院の議員も務めた。

82年に西ドイツ首相に就任。90年には再統一後のドイツで首相となった。首相在任中の施政は、北大西洋条約機構(NATO)への揺るぎない姿勢や、緩やかな歳出削減を強調する中道政策が特徴だった。

ソ連が東欧支配を放棄すると、コール氏は再統一に向けた取り組みを開始。西側の指導者に対し、統一ドイツは脅威にならないと再三強調。東ドイツの崩壊で再統一が実現した。統一実現前にはNATOとソ連からそれぞれ承認を取り付けていた。

98年の選挙では、自身の施政や高い失業率への不満を背景に社会民主党に敗北。代わって同党のシュレーダー氏が首相に就任した。

退任後は政治スキャンダルに見舞われ、99年には93~98年にかけ巨額の匿名献金を受け取っていたことを認めた。その金額は米ドル換算で100万ドル以上に及び、資金の詳細を公開しなかったことに批判を浴びた。2001年に刑事捜査は終了し、コール氏が罰金30万マルクを支払うことで合意した。

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