タイムライン:北朝鮮の核問題

2003年4月23日~4月27日:北朝鮮が核兵器の保有を表明

北朝鮮は核兵器を保有していると表明し、日、米、韓国、中国、ロシアと6者協議を行った。

2004年2月24日~2月28日:第1回6者協議

北朝鮮は、日本、米国、韓国、中国、ロシアと北京で協議を行った。大きな進展は見られず協議は終了したが、話し合いを継続することでは合意した。

2004年2月28日~8月:協議は続く

6者協議は続けられ、北朝鮮は最終的に、支援や経済制裁の緩和、米国のテロ支援国家リストからの解除と引き替えに、核開発プログラムの凍結に合意した。米国は北朝鮮に対し、全ての核関連活動の公開と査察の受け入れを求めた。

2005年2月10日:北朝鮮が6者協議の中断を表明

北朝鮮は6者協議の中断を表明し、核兵器を増強すると明らかにした。北朝鮮は、核開発プログラムの放棄を検討する前に米国との相互不可侵条約の締結を主張した。米国は、経済的な支援や外交的な承認を含むあらゆるインセンティブを認める前に、北朝鮮が最初に核兵器プログラムの放棄について恒久的かつ検証可能な形で合意することが必要だと主張した。

2005年9月13日~9月19日:6者協議の再開

北朝鮮は交渉の席に戻り、最終的に、全ての核開発プログラムを放棄することで合意した。北朝鮮は声明で、同国が「全ての核兵器と現存する核プログラムの放棄」に取り込むと明らかにした。

2005年9月20日:夢にさえ思わない

北朝鮮当局者は、米国が民間の発電のための軽水炉を提供すれば、北朝鮮が核開発プログラムの放棄に着手すると明らかにした。「(軽水炉という)物質的な保証がなければ、核抑止力をあきらめるとは夢にも思わないのが我々の立場だ」

2006年7月4日:テポドン2号の発射実験

北朝鮮は長距離ミサイル「テポドン2号」の発射実験と、2種類の短距離ロケットの発射を行った。テポドン2号の発射実験は失敗に終わったようだった。

2006年7月15日:安保理決議を採択

国連安全保障会議は、北朝鮮に対してミサイル開発プログラムの停止を求める決議を全会一致で採択した。北朝鮮大使は即座に決議を拒絶した。

2006年10月9日:最初の核実験

北朝鮮は吉州郡豊渓里(プンゲリ)の地下施設で核兵器の実験に成功したと明らかにした。韓国は、試験が行われた地域で人工的な地震を観測したと報告し、その後、空中サンプルの分析で放射性物質の残骸が明らかになり、北朝鮮の主張が裏付けられた。

2007年2月13日:交渉の席に戻る

北朝鮮は4億ドル相当の支援計画と引き合えに主要な原発の稼働停止に合意した。

2007年6月25日~9月2日:北朝鮮が核兵器放棄に取り組むと「再確認」

米国のヒル特使は、北朝鮮と2月に合意に達し、北朝鮮が核兵器の放棄に取り組むことを再確認したと述べた。北朝鮮はまた国際原子力機関(IAEA)の査察官を国内に呼び戻すことも許可した。ヒル特使は後に、北朝鮮が2007年末までに、核開発プログラムを無能力化し、全てを申告することに合意したと明らかにした。

2007年9月30日:6者協議再開

北朝鮮は北京での6者協議で、核兵器施設の無能力化に着手することに合意した文書に署名した。北朝鮮はまた、無能力化の取り組みには米国の専門家チームも含めることに合意した。

2007年10月2日~10月4日:南北首脳会談

韓国の盧武鉉(ノムヒョン)大統領は、南北朝鮮を分ける非武装地帯を徒歩で越えた最初の韓国大統領となった。盧武鉉大統領は3日間の日程で北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記と会談を行った。金正日総書記は非武装化に取り組むことで合意したほか、休戦協定を恒久的な平和条約に置き換えることでも合意した。

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