貴ガスを吸入して「1週間以内」のエベレスト登頂に挑戦、専門家からは懸念の声
(CNN) 始まりはパブでビールを飲んでいたときだった。元軍人の友人4人が、退役軍人の慈善団体への寄付を集めるために冒険旅行に出かけるのはどうかと話していると、ひとりがエベレスト登頂を提案してきた。
英国議員のアル・カーンズさんはCNNに「みんな忙しいので、『エベレスト登頂に4~6週間、もしくは8週間も使うなんてむり。ありえない』と答えた」と語った。
ところが、友人のひとりがこう切り返してきた。高度順応の過程を変化させ、1週間以内に標高8849メートルを登頂できるという新しい方法を聞いたと。それは登山前にキセノンと呼ばれる貴ガスを吸入するというものだ。
こうして今月、パイロット、政治家、実業家、そして起業家の4人が7日間のエベレスト登頂に挑戦することとなった。英国からカトマンズへ渡航し、ヘリコプターでベースキャンプに向かう。数日後には登頂を目指し、その後帰国するという史上初の試みだ。
4人は、ツアー会社フルテンバッハ・アドベンチャーズが主催するツアーに参加。登頂10日前にキセノンを吸入することで、この挑戦を実現したい考えだ。
エベレスト登山の前には、低酸素状態に体を慣れさせる必要がある。従来ならベースキャンプまでトレッキングしてから数回往復し、数週間かけて高度順応することで体が十分な赤血球を作れるよう準備する。
同社のルーカス・フルテンバッハ最高経営責任者(CEO)は、貴ガスの専門家である医師と長時間話し合ったという。キセノンを含む貴ガスは麻酔薬として使用されることもある。
フルテンバッハ氏は、キセノンが持つ、体内のエリスロポエチン(EPO)の産生を増加させる能力を信じている。EPOは人間の腎臓で自然に生成され赤血球の産生を促すホルモンだ。キセノンを吸入した結果として得られる赤血球の増加は、実際の高度で順応しているときに得られる効果と同じだと同氏は説明する。
同氏はCNNに対し、アルゼンチンのアコンカグア(標高6961メートル)登頂時に初めて自身でガスの効果をテストしたと述べた。1年後にはより大きなチームを組み、エベレストでも試したという。CNNの取材時点で、同氏はキセノンを5回使用していた。
医学的懸念
エベレストでの死亡には、いくつかの要因が考えられる。登山者は標高8000メートルを超え「デスゾーン」に到達すると、酸素濃度の低下に直面する。
英グラスゴー大学心血管・代謝健康学部の医学名誉教授、アンドリュー・ピーコック氏は「酸素が枯渇すると、体全体、特に脳と肺に影響がでる」と話す。
また、極度の疲労と脱水のほか、雪崩、低体温症、転落の危険もある。
フルテンバッハ氏の計画は、国際山岳連盟(UIAA)を含む一部の関係者を動揺させている。UIAAは「キセノンを吸入することで山岳でのパフォーマンスが向上するという証拠はなく、不適切な使用は危険を伴う可能性がある」とする声明を発表。

男性らはキセノンガスを吸入することで高地順応に役立てたい考えだ/Courtesy Furtenbach Adventures
UIAAは、麻酔薬であるキセノンは医薬品とみなされるべきであり、監視下にない環境で使用すると「脳機能障害、呼吸困難、さらには死に至る恐れがある」と警告している。
また、ある研究では、登山に推奨される用量でキセノンを使用した人に顕著な鎮静効果が見られたという。同連盟は高山という潜在的に危険な状況では、わずかな鎮静効果さえ有害だと訴えた。
ピーコック氏は、キセノンがエリスロポエチンを刺激する効果がこれほど短期間で現われるとする考えに疑問を呈し、「赤血球を増やす効果が発現するには数週間かかる」と警鐘を鳴らした。
キセノンは麻酔ガスであるため、人を眠らせる。そのため、ピーコック氏は極度の高所で麻酔ガスを吸入したときの残存効果に懸念を示している。
一方でカーンズさんはCNNにこう語る。「アルペン登山で酸素が初めて登場したとき、酸素吸入はタブー視され、使用すべきではないとされた。だが今では誰もが使用している。ヘリでベースキャンプまで行くこともタブー視されていたが、やはり今はかなり多くの人がそうしている」