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鬼才スタンリー・キューブリック監督、飽くなき細部へのこだわり

© Warner Bros. Entertainment Inc.

映画「アイズ・ワイド・シャット」の中に、トム・クルーズ演じるビルがドミノという名の娼婦と共に赤い玄関を通ってニューヨークのアパートの中に入るシーンがある。

その玄関がスクリーンに映るのはほんの数秒で、特に重要なシーンには見えない。しかし、今やこのシーンは、スタンリー・キューブリック監督の細部へのこだわりの象徴となっている。

作家ジョン・ロンソン氏は2004年に発表したエッセーの中で、キューブリック監督の自宅を訪問した時のエピソードを記している。ロンソン氏は、キューブリック宅で玄関の写真数百枚が入った箱を発見した。箱の中には「恐らくロンドン市内のほぼ全ての玄関」の写真が、きちんと市ごとに分類されて入っており、箱の上には手書きで「売春婦の玄関?」と書かれていたという。

「アイズ・ワイド・シャット」はニューヨークが舞台だが、すべてロンドンで撮影された。ロンドン市内にある映画スタジオ「パインウッド・スタジオ」やロンドンのイーストエンド(東地区)のロケ地に、ニューヨークのウェストビレッジの街路が慎重に再現された。キューブリック氏はおいに自分のイメージ通りの玄関を探しに行かせたが、結局、玄関と、ニューヨークで撮影してもらった数千枚の写真を基に再現した街区全体のセットを作ることにした。

ロンドンのデザイン・ミュージアムの館長を務めるディヤン・スジック氏は、「(キューブリック氏の)細部へのこだわりや配慮があったからこそ、数々の名作が生まれた」と語る。

「非情の罠」の撮影中のキューブリック監督=1955年/© Metro-Goldwyn-Mayer
「非情の罠」の撮影中のキューブリック監督=1955年/© Metro-Goldwyn-Mayer

現在、デザイン・ミュージアムでは、「シャイニング」「バリー・リンドン」「フルメタル・ジャケット」「突撃」「スパルタカス」「ロリータ」「アイズ・ワイド・シャット」「2001年宇宙の旅」など、キューブリック氏が監督した映画をテーマにした展示会が開催されており、実際に撮影で使用された小道具など、700点が展示されている。

「時計仕掛けのオレンジ」/ © Warner Bros. Entertainment Inc.
「時計仕掛けのオレンジ」/ © Warner Bros. Entertainment Inc.

キューブリック氏は1928年にニューヨーク州のブロンクスで生まれたが、62年に映画「ロリータ」の撮影のためにイングランドに移住した後は、二度とニューヨークに戻ることはなかった。1978年にロンドン郊外のハートフォードシャー州にある寝室18室の大邸宅チルドウィックベリー・マナーを購入し、1999年に死去するまでこの邸宅を自宅兼仕事場として使用した。

キューブリック氏は人目に触れるのを嫌い、めったに遠出はしなかった。そのため、映画作りはいつも自宅近くで行った。ロッキー山脈が舞台の映画「シャイニング」に登場するホテルは、キューブリック氏の自宅からわずか20キロの距離にあるロンドン近くのエルストリースタジオに再現された。また、「フルメタル・ジャケット」のベトナムのシーンもスペインから200本のヤシの木を空輸し、ロンドン東部で撮影された。

「フルメタル・ジャケット」の撮影現場に立つキューブリック監督とマシュー・モディーン/ © Warner Bros. Entertainment Inc.
「フルメタル・ジャケット」の撮影現場に立つキューブリック監督とマシュー・モディーン/ © Warner Bros. Entertainment Inc.

名作ぞろいのキューブリック作品の中から特に優れた1作を選ぶのは至難の業だが、過去50年間で「2001年宇宙の旅」ほど長く称賛され続けている映画は少ない。今は、オリジナル作品のデジタル復元版があるので、キューブリック氏のビジョンやデザインをじっくり鑑賞できる。

「2001年宇宙の旅」/© Warner Bros. Entertainment Inc.
「2001年宇宙の旅」/© Warner Bros. Entertainment Inc.

展示会「スタンリー・キューブリック:ザ・エキシビション」はロンドンのデザイン・ミュージアムで9月15日まで開催されている。

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