OPINION

人権擁護の戦い、人生をかけてもなお完遂せず

ニュルンベルク裁判で証人席に着くナチスの指導者、ヘルマン・ゲーリング/Keystone/Getty Images

ニュルンベルク裁判で証人席に着くナチスの指導者、ヘルマン・ゲーリング/Keystone/Getty Images

(CNN) 時の流れとはおかしなものだ。そう遠い昔とは思えないが、インドの少女だった筆者はアパルトヘイト(人種隔離)政策が行われていた南アフリカで成人した。80歳になった現在、アパルトヘイトは歴史上の出来事だが課題は残る。この国は今なお平等な社会ではない。経済的にも政治的にも。

真の平等を実現するためさらにどれだけ長い道のりを進まなくてはならないのか、考えるだけで気が遠くなるかもしれない。しかも問題は南アフリカにとどまらず、世界のどこであれ人々の人権や正義が否定される国や地域すべてが対象となっている。それでも忘れてはならないのは、我々が常に目を光らせ、説明責任を要求し、今後もあらゆる場所での人権侵害を終わらせるべく邁進(まいしん)していかなければ、そうした侵害行為はおそらく至る所で繰り返されてしまうだろうということだ。

ナビ・ピレイ氏/c/o Navi Pillay
ナビ・ピレイ氏/c/o Navi Pillay

憎悪が火をつける残虐行為に立ち向かうためのかぎは、75年前のニュルンベルク裁判から得られたいくつかの教訓の中にある。

法科の学生だった1963年、筆者はニュルンベルク裁判の判例に興味をそそられ、図書館で文献を読みあさった。そこから得た1つの枠組みを通じ、アパルトヘイト時代の犯罪を理解することができた。またいかにして法律というものが、国家の後押しする暴力や不平等に対抗し得るのかも分かった。

67年に弁護士になった時、筆者を「有色人種」として雇用する法律事務所は一つもなかった。筆者は反アパルトヘイトの活動家を弁護し、政治犯への拷問を暴露し、裁判の勝利によって自らも政治犯だった夫に対する拷問を阻止した。政治犯が弁護士に面会できる権利も勝ち取ったが、そうした政治犯の中にはネルソン・マンデラもいた。その後は筆者自身判事となり、95年には非白人の女性として初めて最高裁の判事に就任した。

これまで成し遂げてきたことを誇りに思う一方、アパルトヘイトの遺物を真に断ち切る戦いはまだ終わっていないのが実情だ。それは今も深く根を下ろしている。国民和平合意の調印から30年が過ぎた。この合意が93年11月の暫定憲法の批准に道を開き、続く94年4月の選挙でマンデラが、アパルトヘイト後の南アで最初の大統領となった。それでも白人以外の国民は依然として非常に貧しいままだ。白人の平均賃金は、黒人や人種が入り混じった人々のおよそ3倍に上る。

ちょうどアパルトヘイトに終止符を打とうとする上記の合意と同じように、ナチスの当局者たちに対する19の有罪判決がニュルンベルク国際軍事裁判で言い渡された。判事は米国、英国、フランス、ソ連から選ばれていたが、単純にこれらの判決だけでナチスの時代が終わりを告げたわけではなかった。

ニュルンベルク裁判での判決の後に開かれた米国による裁判では1416人が有罪判決を受けたものの、比較的長い刑期の多くは大幅に短縮された。さらに51年には、物議をかもした恩赦によってまだ服役中だった人の多くが釈放されている。そこから新たに2世代を経たのち、ドイツはニュルンベルクの遺産とまともに向き合うようになった。今や同国とは、刑罰の免除への反対を掲げてともに戦う仲だ。75年前には想像もできなかった。

裁判に加えて、ニュルンベルクは我々に簡潔な7つの原則を残した。数年後に国連が採用したその原則はとりわけ平和に対する罪、戦争犯罪、人道に対する罪を設定し、国際法の下で罰することができるとした。それぞれの罪を共謀するのも同様だ。

その理念を要約すれば、何人も国際法の下で犯罪を犯せば責任を問われる可能性がある、国内法で合法となる罪も国際法では違法になり得る、そしておそらくもっとも重要なことだが、国家元首や政府当局者も責任を問われる場合があり、仮に犯罪を命じられていたのだとしても免責を主張することはできない、といった内容になる。最後に、何人も国際犯罪で起訴された場合は、公平な裁判を受ける権利を有することを強調する。

間もなく国際刑事裁判所(ICC)の創設から20年を迎える。筆者は光栄にもその初代判事のひとりに選ばれたが、ニュルンベルクと上記の諸原則がなければICCは存在していないだろう。ICCの支持者の中には、ドイツと南アの両国を加えてもよさそうだ。

ICCの創設自体は特筆すべき業績であり、ここまで際立った成功を収めた事例もあるが、我々の仕事はまだ始まったばかりだ。世界を見渡せば、我々の抱く目標と人権侵害の被害者が各地で経験していることとの間には隔たりがあるのが分かる。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、世界で8240万人が強制的に住むところを追われ、95人中1人は紛争や暴力を理由に故郷から離れることを余儀なくされている。そこには3300万人の子どもも含まれる。

国家が後押しすることの多いこれらの暴力は、とてつもなく不安定な状況をもたらす。アフガニスタン、エチオピア、リビア、ナイジェリア、サヘル地域、ソマリア、シリア、ベネズエラ、イエメンなどで起きているのがそれだ。ニュルンベルクを完全な成功とみなすためには、処罰の回避が世界の多くの地域で横行する現状に歯止めをかけ、ニュルンベルク諸原則をすべての被害者にとっての生きた現実とする必要がある。

ニュルンベルク諸原則を実行に移すまでの道のりが象徴するのは、人類が強い希望を抱いて正義に向かって前進する姿だ。我々は道義的責任から、今後もより公正かつ平和的な未来を目指す取り組みをともに続けていく必要がある。それが次の世代のための義務だ。言語道断な犯罪やひどい人権侵害をはたらきながら処罰されない。そんな文化からは脱却し、説明義務と責任を果たす文化へと移行しなくてはならない。これこそニュルンベルク諸原則の要諦であり、筆者が後世に残したいと切に願う遺産の中核をなす理念でもある。

ナビ・ピレイ氏は国連人権高等弁務官(2008~14年)、国際刑事裁判所(ICC)判事(03~08年)、ルワンダ国際刑事裁判所の判事・裁判長を歴任。17年からは国際ニュルンベルク諸原則アカデミーの諮問委員会委員長を務める。記事の内容はピレイ氏個人の見解です。

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