モディ首相の「聖なるインド」構想、宗教的少数者が疎外される恐れ

寺院「ラム・ジャンマブーミ・マンディール」の落成式に集まった人々/Rajesh Kumar Singh/AP

2024.02.11 Sun posted at 17:30 JST

(CNN) 今年異例の3期目がかかるインドのナレンドラ・モディ首相は政教分離の原則を度外視する中、論争の的となったヒンドゥー教寺院の落成式を行った。モディ氏が式典を執り行ったことについて、専門家からは、インド建国の理念である世俗主義からの大幅な方向転換を象徴するものだとの見方が出ている。

モディ氏は先月、ヒンドゥー教の聖都アヨディヤで、ヒンドゥー教の寺院「ラム・ジャンマブーミ・マンディール」の落成式を執り行った。2014年にモディ氏が率いるヒンドゥー教至上主義を掲げる政党「インド人民党(BJP)」を政権へ押し上げる要因となった、長年の公約を果たした形だ。

モディ氏はヒンドゥー教のラーマ神を祭る新たな寺院で、「(今日は)新しい時代の始まりだ」と発言した。「何世紀も待ちわびた末に、ラーマ神が降臨した」

モディ氏の「聖なるインド」構想は、近代インド建国の人々が思い描いた思想とは程遠い。権力を握って10年あまり、ヒンドゥー教ナショナリズムの方針を追求するモディ氏は宗教的文言で武装し、数あるインドの宗教的マイノリティー(少数者)のうち数百万人を孤立させてきた。

「これは100年にわたって行われてきた政治プロジェクトの頂点であると同時に、インドの新たな出発期でもある。もはや世俗的な共和国ではない」と語るのは、ニューデリーの政策研究センターで上級研究員を務める政治学者ジル・ベルニエ氏だ。

「インドは事実上ヒンドゥー教国家となり、ヒンドゥー教を象徴する国内建造物の建設は国家の手に委ねられた。そこでは国家元首は首相であると同時に、最高司祭者として国を統治する」(ベルニエ氏)

「神々の王」

ラム・ジャンマブーミ・マンディール寺院の敷地には、かつて16世紀に建立され、1992年にヒンドゥー教強硬派によって破壊されたモスク(イスラム教礼拝所)「バーブリー・マスジッド」があった。そのため宗教暴動が相次ぎ、多くの血を流した47年の独立運動以来の死者を出した。

寺院の落成式には選りすぐりの来賓数千人が出席した。その中には伝説的なクリケット選手のサチン・テンドルカール氏や大富豪で実業家のムケシュ・アンバニ氏の姿もあり、式典の模様は全国に生放送された。

開設を祝うアヨディヤ市内の看板には、ヒンドゥー教ラーマ神の隣にモディ氏の顔が描かれている。BJP幹部までもがモディ氏を「神々の王」とうたっている。

モディ氏は式典に先駆け、ヒンドゥー教のしきたりにならって11日間の断食を行い、インド各地の寺院を訪問した。

また自らを「インドのあらゆる人々を代表する」ために神から遣わされたラーマ神の「道具」だと公言した。


インド人民党の本部で演説するモディ首相=2023年12月、インド・ニューデリー/Prakash Singh/Bloomberg/Getty Images

落成式では、長年待たれていたラーマ神像の開帳式「プラナ・プラティシュタ」を執り行った。通常なら聖職者に託される役割だ。こうした措置を大半の国民は好意的に受け止め、支持者はモディ氏の行動を称賛した。

だが一部のヒンドゥー教徒の目には、モディ氏は政治的資本のために信仰を裏切ったと映っている。

「明らかにこれは選挙のための余興だ。私の信仰する宗教の名のもとで、あってならない事態だ」。米国を拠点とする団体「ヒンドゥーズ・フォー・ヒューマンライツ」に所属するインド系米国人の活動家スニタ・ビシュワナート氏は式典前日に声明を発表した。

「モディ氏は司祭ではない。政治的な利益のために式典を取り仕切るのは、技術的にも倫理的にも間違っている。我々の宗教を武器にするこのような行為は、インドにわずかながらに残っている世俗民主主義の価値観を脅かす」(ビシュワナート氏)

とはいえ、モディ氏は国家と宗教の境界をあいまいにしたことで、前任者が成し得なかった偉業を果たしたと専門家は言う。

元CNNニューデリー支局長で、現在は米外交専門誌「フォーリン・ポリシー」の編集長を務めるラビ・アグラワル氏は、「信心深く、約束を守る人物というイメージをインドに定着させるのが主なねらいだ」と述べた。

「今回の動きは人々からも非常に受けがいい、批判もあるが。国民の80%がヒンドゥー教徒の国では、依然人気が高い」(アグラワル氏)

ヒンドゥー教右派の動きが活発に

14年、モディ氏はインド経済の立て直しと新たな成長期の呼び込みを公約に掲げて首相に就任した。同時に、インドをヒンドゥー教国家にするべきだとする「ヒンドゥー至上主義」を全面に押し出してもいた。

19年の再出馬では、ヒンドゥー至上主義的な政策はさらに大胆になったと専門家は言う。

当選から数カ月後、モディ氏はインドで唯一イスラム教徒が主流を占めるジャム・カシミール州の自治権を剥奪(はくだつ)し、二つの直轄領に分割して連邦政府の支配下に置いた。同じ年、モディ政権は論争の的となった市民権法を可決。イスラム教徒に対する差別だという意見も多い法律だ。

さらにモディ氏は、長年所有権が争われてきた聖地にヒンドゥー教の寺院を建立するという与党の意志を改めて強調した。

多くのヒンドゥー教徒は、1528年にムガール帝国の創始者バーブル皇帝がヒンドゥー教寺院を破壊し、その跡地にマーブリー・マスジッドを建立したと信じ、長年にわたってモスクの解体と寺院の再建を訴えてきた。

論争がピークに達したのは1992年。BJPと右派グループに勢いを借りたヒンドゥー教強硬派がモスクを攻撃したのをきっかけに、市民暴動が各地で勃発。全国の死者は2000人を超えた。


「バーブリー・マスジッド」の壁を破壊するヒンドゥー教原理主義者=1992年、インド・アヨディヤ/Douglas E. Curran/AFP/Getty Images

2019年、インド最高裁判所はヒンドゥー教寺院の建立を認めた。モディ氏と支持者にとっては大勝利だった。これにより数十年にわたる論争に終止符が打たれたが、痛手をこうむった数百万人のイスラム教徒は、モディ氏率いるBJP政権下で宗教的分断が顕在化するのを恐れている。

インド政府は少数派に対する差別ではないと否定しているものの、専門家は先の式典で右派のヒンドゥー教徒がますます勢いづき、免罪符を得て宗教的マイノリティーを攻撃していると指摘する。

西部マハラシュトラ州の地元警察によると、宗教間の緊張状態の高まりからヒンドゥー教徒とイスラム教徒のいさかいが3件報告されている。

これとは別に、中部マディヤプラデシュ州では右派ヒンドゥー教グループがキリスト教の教会の屋根に山吹色の旗を掲揚する姿が目撃された。山吹色はヒンドゥー至上主義と関連の深い色だ。

「インドはますます多数決主義化し、ナショナリズムの色合いがますます濃くなり、親ヒンドゥー教の傾向が強くなっている」とアグラワル氏は言う。「政府がインドの歴史や、インドが直面してきたとする不当な扱いを強調してきたことにも原因はある」

植民地主義からの脱却と不正義の是正

約10年前に権力の座に就いて以来、モディ氏はインド植民地時代の負の遺産を壊す破壊者を自認し、しばしば感情に訴える文言で演説した。

「奴隷の物の見方から(インドを)解放する」必要性を強調し、政府が言うところの「英国支配の名残」から国を脱却する対策を講じてきた。

同様に、1526~1858年にインドの大半を支配したかつての支配者、イスラム教ムガール帝国についても言及している。ヒンドゥー教強硬派の多くは、この時期をイスラム教支配による迫害の時代としている。こうした考えは一部のBJP党員の間でも共通している。

何十年間もヒンドゥー教徒は、ムガール帝国がヒンドゥー教の寺院を破壊して、その跡地にモスクや記念碑を立てたと主張してきた。こうした主張の多くは現在インド各地の裁判所で争われている。インド国内のリベラル派は、こうした動きでさらに暴動や不和が広がるのではと懸念している。


寺院「ラム・ジャンマブーミ・マンディール」で並ぶ信者ら=1月24日/Ritesh Shukla/Getty Images

バラナシ市の裁判所が先ごろ、論争の的となっていたムガール帝国アウラングゼーブ皇帝が建設したとされる「ギャンバピ・モスク」の内部でヒンドゥー教徒が祈りを捧げることを認める判決を下した。ここには以前破壊されたヒンドゥー教の寺院があったと言われており、大きな宗教対立の火種となっていた。

モディ氏は3世紀以上も前に死んだ支配者について、「アウラングゼーブは大勢の首をはねたが、我々の信仰を揺るがすことはできなかった」と22年の演説で発言している。

インドでは今年4月と5月に総選挙が行われる見通しだ。選挙シーズンが近づく中、政府は「こうした不正義の世直し役を自認している」とフォーレリン・ポリシー誌のアグラワル氏は言う。

政治学者のジル氏は、ラム寺院で見られたヒンドゥー教ナショナリズムは、BJPとインド実業界および知識人の連携の強さを物語っていると語る。

ジル氏によれば、寺院の落成式は「インドの宗教マイノリティーにとっては暗黒の一日」だった。「正式に2級市民となってしまった」

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