香港(CNN) 中国政府は何十年もの間、天安門広場の民主化要求デモを武力で弾圧した流血の記憶を全てかき消そうとしてきた。特に6月4日が近づくと、摘発の姿勢は強まった。
だが今年は、検閲を試みたことが反発を招いて逆に注目を集めるとともに、これまで無関心だった中国の若者が天安門事件について問いかけるきっかけになっている。
発端は3日、通販サイトの商品紹介ライブ番組で大人気の李佳キ氏(キは王へんに奇)が、英ウォールズ製のアイスクリームを紹介したところ、番組が突然中断したことだった。
問題のアイスクリームはクッキーやチョコレートをあしらって、戦車のように見せていた。天安門事件が起きた6月4日を翌日に控え、中国当局が特に神経をとがらせるタイミングだった。
中国指導部は1989年のこの日、天安門広場に戦車や部隊を送り込み、民主化や自由化を求めて抗議デモを続けていた学生たちを排除した。
無防備な抗議運動の参加者が何百人も殺害されたこの弾圧が学校で教えられることはなく、メディアやネット上では厳重な検閲が行われた。6月4日が近づくと検閲は一層強まり、ろうそくで描いた絵文字や「5月35日」など、天安門事件を少しでもほのめかすような内容は、即座にインターネットから抹消される。
結果として、天安門事件後に生まれた中国の若者の多くは、この悲劇のことをほとんど知らずに育った。
そのため李氏のファンの若者の多くは、スナック菓子や飲料などを販売していた3日の番組が突如として中断されたことをいぶかしんだ。
1992年生まれの李氏自身、この戦車が何を象徴するかを認識していなかった可能性もある。2018年に口紅1万5000本をたった5分で販売したことから「口紅王子」として有名になった李氏。当局に目を付けられないよう、これまで慎重な姿勢を守り続けていた。うっかり政治的過ちを犯せば、スポンサーを失ったり、それ以上に悪い事態を招きかねないことは、同業者の多くが経験している。
ライブ配信が中断された直後、李氏は5000万人のフォロワーに向け、「技術的障害」が起きたと微博(ウェイボー)で説明し、「しばらくお待ちください」とコメント。その2時間後の投稿で、この日のライブ配信は「内部機器の故障」のため再開できなくなったと告げ、「今日は早く就寝してください。(今夜)放送できなかった商品は今後のライブ配信で紹介します」と予告した。
しかしライブ配信の約束は果たされなかった。5日に予定されていた番組にも李氏は姿を見せず、ファンの間でさらに戸惑いや不安が広がった。
6日、李氏がライブ配信を行っていた通販サイト、タオバオ(淘宝)の検索結果に李氏の名が表示されなくなった。同サイトで李氏は6000万人のフォロワーを獲得していた。
CNNは李氏の事務所や、ウォールズを傘下に持つ英ユニリーバ、タオバオ親会社のアリババにコメントを求めている。
ウェイボーでは、李氏の番組中断と戦車の形のアイスクリームを関連付けた投稿やコメントが拡散し始めた。中国のネット検閲をすり抜けて天安門事件を「あの出来事」と形容することで、戦車の象徴がどれほど慎重な扱いを要する問題だったかを知ったというファンもいた。この問題は検閲の目をかいくぐって隠し言葉で論議され、そうした投稿の多くは掲載後間もなく消滅した。
ネット上に残された投稿は、弾圧のことを知ったとしても「我々の(共産)党を信頼し、国家を信頼する」といった内容だった。李氏が「資本主義者」や「外国勢力」にはめられたらしい、という投稿もあった。
中国の検閲に詳しい米ニュースサイト、チャイナ・デジタル・タイムズの専門家エリック・リウ氏によると、中国政府は難しい立場に立たされている。もし李氏の名を完全に検閲すれば、この問題に対する注目はさらに高まる。そのためウェイボーは大量の人力を集め、李氏に言及した投稿を全て手作業で検閲しなければならなかった。
リウ氏はこの現象について、情報の隠蔽(いんぺい)を狙った結果、意に反して逆に注目を集めてしまう「ストライサンド効果」だと指摘。「検閲とは、真実を大衆から隠すことに尽きる。だがもし人々がそのことについて知らなければ、今回のような『間違い』は必ず起きる」と話している。