(CNN) インドでは8月に同国で2隻目となる国産原子力潜水艦「アリガート」が就役した。インド政府は2隻目の原潜就役について、核抑止力の強化と説明しており、中国とパキスタンに警戒の目を向けている。
しかし、インドは、少なくとも中国と比較すると、追いかける立場だ。両国の国境で緊張が高まるなか、中国軍は艦艇の数を増やすと同時に、地上や空中での能力も強化している。
インドのシン国防相は8月29日、インド東部海軍司令部がある海軍基地で行われた就役式に出席し、アリガートが同地域で「戦略的バランスの確立に寄与する」と語った。
このバランスは現在、中国側に傾いている。中国軍の艦艇数は世界最大規模で、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)を6隻保有している。この6隻はインドが保有するSSBN2隻(今回就役したアリガートと、同国初の原潜だったアリハント)を火力で上回る。
中国のSSBNは12発の弾道ミサイルを搭載可能。射程は少なくとも8000キロにおよび、複数の核弾頭を搭載できるという。米国やその同盟国にミサイル防衛の開発と配備を呼び掛けている非営利団体「ミサイル防衛擁護同盟(MDAA)」が明らかにした。
オープンソースの情報分析を行う「ジェーンズ」によれば、アリガートとアリハントは全長約111メートル、排水量6000トン。搭載したK15「サガリカ」弾道ミサイルを4本の垂直発射管から発射できる。だが、核を搭載したサガリカの射程は約750キロと考えられており、インド洋から攻撃できる目標は限られる。
米インド太平洋軍統合情報センターの元作戦責任者、カール・シュスター氏は「アリハント級は、潜水艦にとって危険なほど浅いベンガル湾北部の海域から、中印東部国境沿いにある中国の標的にかろうじて到達できるにすぎない」と指摘する。
第2撃能力の開発進めるインド
インド政府はアリハント級原潜の能力について固く口を閉ざしており、アリガートについては、独自に培った技術的進歩により、アリハントよりも大幅に進歩したと述べるにとどめている。
インドは8月の就役以降、アリガートの写真すら公開していない。
海軍の専門家によれば、インドは明らかに、原潜による核抑止能力の開発を進めている。中国ほど大規模ではないものの、中国政府がインドに対して敵対的な行動を起こすのを阻止するのには十分な第2撃能力を発揮しそうだ。
インドは、より射程の長いミサイルを搭載した、より大型の新型潜水艦の開発を進めている。これらのミサイルの射程は最大6000キロで、専門家によれば、中国のあらゆる場所を攻撃できるようになる。
米国科学者連盟(FAS)の核情報プロジェクトのマット・コルダ副所長は、インドの海上での核抑止力は比較的初期の段階にあるものの、インドがSSBNを中核とする洗練された海軍の核戦力を配備するという野心を持っているのは明らかだと指摘した。
コルダ氏によれば、SSBNは核兵器による確実な第2撃能力を確立するためのインドの広範な取り組みの重要な部分であり、さらに3隻目、4隻目と就役すれば、パキスタンと中国の両方の標的を危機に陥れることができるようになる。
歴史から将来を予測するとすれば、インドの次のSSBNの就役は何年も先となる可能性がある。アリガートの進水は約7年前だったが、この進水から就役までの時間軸を次のSSBNに当てはめた場合、3番艦の就役は2031年以降となりそうだ。
それでも、2隻目のSSBNの存在はインドの海軍や軍の精神に何らかの影響を与えるはずだ――。シンクタンク「新アメリカ安全保障センター(CNAS)」で非常勤の上級研究員を務め、米海軍で潜水艦の司令官を務めた経歴を持つトム・シュガート氏は、そう指摘する。
シュガート氏は「それは大国であることの証しだ」と述べ、国連安保理常任理事国の米国、ロシア、中国、英国、フランスの5カ国はいずれもSSBNを保有していると指摘した。
SSBNの保有数は英国とフランスが最小で4隻。シュガート氏によれば、常時1隻を海上で運用し続けるために必要な最低限の数が4隻だという。
SSBNは複雑な機械だ。故障して修理が必要な場合や定期的な保守点検が必要な場合、作業に1カ月以上かかることもある。
たとえば、米海軍の太平洋艦隊によれば、オハイオ級原潜の場合、平均77日間を海で過ごし、その後、整備のために35日間、港に滞在する。
「複数の原潜を保有することでインドがそのうちの1隻を生存可能な状態で海上に維持できる可能性が高くなる」とシュガート氏。しかし、1隻を常に海上で運用し続けるには現在の2隻よりもさらに多くのSSBNが必要となるという。
警戒する中国
アリガートは就役前、中国で注目を集めており、中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は匿名の中国の専門家の話として、「力の誇示にアリガートを使用する」べきではないと伝えた。
環球時報は「核兵器は、平和と安定を守るために使われるべきであり、力の誇示や核による脅迫に使われるべきではない」と報じた。
別の専門家からは、インド政府は、世界最大規模の海軍艦艇を擁する中国政府からの高まる圧力に対応しているだけだとの見方も出ている。
分析会社「グローバルデータ」のアナリストは、中国による大規模な海軍の増強とSSBNによる核抑止のための定期的なパトロールは、インドを含む地域の国々には脅威と認識されていると指摘する。
中国人民解放軍海軍の094型晋級弾道ミサイル原潜。海軍パレードに参加する様子=2019年/Mark Schiefelbein/AFP/Getty Images
同アナリストは、アリハント級原潜の配備はインドに対し、中国とのある程度の同等性をもたらすとし、インドが今後10年で、316億ドル(約4兆4000億円)の投資を行うと言い添えた。
別の地域ライバル
原潜の開発でインドが目を向けているのは中国だけではない――。そう指摘するのはインドのシンクタンク「ORF」の上級研究員アビジット・シン氏だ。
シン氏は印紙ヒンドゥスタン・タイムズへの寄稿で、「インドの第2撃能力拡大の本当の原動力は実際のところ、インド洋における、パキスタン海軍と中国海軍の大幅な成長だ」と指摘した。シン氏によれば、パキスタン政府は、海軍の近代化に向けて、中国が設計した039B型潜水艦8隻の取得を進めている。
中国はパキスタンにとって最大の支援国のひとつであり、パキスタンに対する大規模な投資も行っている。
核拡散の懸念
FASのコルダ氏は、心配なのは原潜そのものではなく、原潜が搭載する多弾頭ミサイルだと語った。
コルダ氏によれば、「複数個別誘導再突入体(MIRV)」として知られる技術は地上配備型のミサイルにも適用され、地域の不安定化を引き起こす。
「インド、パキスタン、中国はいずれも、複数の弾頭を搭載できるミサイルの開発を進めている」(コルダ氏)
インドは今年4月、独自開発した大陸間弾道ミサイル(ICBM)「アグニ5」を使いMIRVの試射に成功したと発表した。MIRV技術を保有しているのは米国と英国、ロシア、中国。
パキスタンもMIRV技術を保持していると主張しているが、専門家によれば、こうした主張は実証されていない。
敵対国は実際の紛争で準備不足に陥らないよう、そうした主張が真実だと想定する必要がある。
コルダ氏は「これらのシステムは理想的な先制攻撃用の兵器だが、相手の最初の攻撃で狙われる可能性が高い兵器でもある」と指摘。「その結果、各国がミサイル防衛とそれに対抗できる通常攻撃の選択肢を構築しようとするなか、地域全体に配備されることで、集団的な軍拡競争がさらに加速する可能性が高い」
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本稿はCNNのブラッド・レンドン記者による分析記事です。