ANALYSIS

イスラエルへの報復望むイラン 限られた選択肢を検証

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空爆で損壊したシリア・ダマスカスの建物/ Omar Sanadiki/AP

空爆で損壊したシリア・ダマスカスの建物/ Omar Sanadiki/AP

(CNN) シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館が今月1日、空爆を受け、2人の軍上級司令官を含むイラン人7人が殺害された。イスラエルによる空爆というのがもっぱらの見方だ。

専門家によると、イランを狙った攻撃としては、20年に米国のドナルド・トランプ前大統領がバグダッドでイランの革命防衛隊の司令官カセム・ソレイマニ氏の暗殺を命じて以来の規模だという。イランはイスラエルや米国と一戦を交える気はないものの、いよいよ対応を迫られるかもしれない。

イスラエルはかねて国家安全保障を脅かす脅威の抑制および壊滅を目的とした「戦間期戦闘行動」の一環で、シリアの親イラン勢力やイラン同盟勢力を攻撃し続けている。昨年10月にはイランの後ろ盾を受けたイスラム組織ハマスがイスラエルを攻撃し、1200人を殺害して250人を連れ去ったことでパレスチナ自治区ガザ地区での潰滅的な戦争が始まったが、それ以来イスラエルのイランに対する攻撃も頻度が増している。

だが専門家もいうように、1日の攻撃は標的が大使館だったこと、また殺害されたのがイランの精鋭部隊「イスラム革命防衛隊(IRGC)」の上級司令官だったという点で、大幅に規模が拡大した。イランは今回の攻撃を、国際法が定める主権領域を狙った攻撃ととらえている。

イスラエルは自分たちの攻撃だと表明はしていないが、標的となった建物はIRGCの海外任務を担当する「コッズ部隊の軍事施設」だったと主張している。イスラエル国防軍の報道官を務めるダニエル・ハガリ少将は、「領事館でも大使館でもない」とCNNの取材で語った。

イランが直接攻撃という形でイスラエルに報復する可能性は低い。仮にそうなればイラン領土への報復攻撃を招くことになり、米国を地域戦争に巻き込みかねないからだ。

以下、イランに与えられた選択肢を見ていこう。

親米勢力を狙った攻撃

イランのホセイン・アミールアブドラヒアン外相は、空爆は米国の責任だと主張した。

イラン外務省は2日早朝、同国で米国の利害を代理する在テヘラン・スイス大使を呼び出し、「シオニスト政権を支援する米国政権に重要なメッセージを伝達した」とアブドラヒアン外相はX(旧ツイッター)に投稿した。「米国は責めを負わねばならない」

「米国がイラク武装勢力による行為についてイランの責任を追及するように、イランもイスラエルの行為の責任を米国に追及しているようだ」。ワシントンDCを拠点とするシンクタンク「クインシー・インスティテュート・フォー・リスポンシブル・ステートクラフト」のトリタ・パルシ執行副代表はCNNのポーラ・ニュートン記者に語った。

イランはすでにシリアやイラクの親イラン勢力を介して、米国と小規模な代理紛争を展開している。だが今年1月にヨルダンで3人の米国軍関係者が殺害されて以来、そうした諍(いさか)いも大人しくなっていた。当時米国は報復措置として、イラクおよびシリア各地の少なくとも7カ所を数十回にわたって空爆した。

大使館の空爆以降、イラン側の発言は米国との「休戦」が終わる可能性を示唆しているとパルシ氏は言う。「すなわちイスラエルの対イラン攻撃で、中東に駐留する米軍兵士の背中が標的になったと言える」

中東地域の米国軍はイラン同盟勢力に極めて近い地点で作戦行動を繰り広げているが、イスラエルの攻撃に対する報復として米国が攻撃されれば、イスラエルは罪に問われず、イランと米国の直接対決にもつれこむ可能性もある。専門家も言うように、イラン、米国双方ともその気はまったくない。

イランが親米勢力を直接攻撃したのは20年、ソレイマニ司令官が殺害された数日後に報復としてイラクの米軍基地に大量の弾道ミサイルを投下したのが最後だ。米国家安全保障会議の報道官は2日、CNNのインタビューに応じ、バイデン政権は1日の攻撃に関与しておらず、事前に知らされてもいなかったとし、「この点はイランにも直接通達した」と述べた。

代理勢力を動員してイスラエルを攻撃

イランにとって、イスラエルとの戦いでもっとも有能な代理勢力がレバノンの武装組織ヒズボラだ。ヒズボラはイスラエルと近接した地域に15万発前後のロケットと精密誘導兵器を保有していると言われており、攻撃能力がイスラエル領域の内部にまでおよぶことはすでに証明済みだ。

だがイスラエルは数カ月前からヒズボラとの戦いに備え、北部40以上の自治体から住民を退去させた。双方はかねて小競り合いを続けていたが、その範囲は国境から数キロ付近に限定されていた。ただし先月、イスラエルはレバノン国内100キロメートルに空爆を行った。

イランがこの地域の同盟武装組織を動員する可能性はある。だがすでに深入りしていることから、今後イスラエルに与えられるダメージは限られる。イエメンのフーシ派はすでに紅海でイスラエルの通商と国際貿易を混乱に陥れ、失敗に終わったものの、イスラエルに向けて何度かミサイル発射も試みている。フーシ派より地理的にイスラエル近くに位置するイラク武装勢力も、イスラエル攻撃を度々試みているが、ほぼ徒労に終わっている。

ロンドンを拠点とするシンクタンク「王立国際問題研究所(チャタムハウス)」で中東・北アフリカ部門を担当するサナム・バキル氏によれば、イランは外交努力でイスラエルの孤立化を図りつつ、代理勢力を利用するだろう。だがそれで状況が大幅にエスカレートすることはなさそうだ。

同氏は中東地域の親イラン武装勢力のネットワークに言及し、「『抵抗の枢軸』が活性化する可能性はある」と語った。大規模な攻撃より、むしろ「段階的な応戦」での報復になるだろうと同氏はCNNに語った。

海外の親イスラエル勢力への攻撃

これまでイランが攻撃されると、イスラエルは往々にして他国のイスラエル勢力にイランの報復がおよぶのを予測し、各国イスラエル大使館の警備を強化してきた。

イスラエルは過去にも、イランがイスラエルの外交使節団を標的にしようとしていると非難したことがある。イラン人科学者および職員の殺害や、イランの核施設への攻撃をイスラエルの仕業だと考えたイランの報復だとイスラエルは主張しているが、イラン側はこれを否定している。

1992年に在アルゼンチン・イスラエル大使館が爆破され、29人が死亡すると、イスラエルはヒズボラとイランの責任を追及した。2012年にはインドやジョージア、タイのイスラエル外交官が狙われ、イスラエルをはじめとする国々はイランを非難したが、イランは関与を否定した。

イランのジャラル・ラシディ・コチ国会議員は、イランは在アゼルバイジャン・イスラエル大使館を襲撃して報復するべきだとX(旧ツィッター)に投稿した。

バキル氏はイランがイスラエル外交使節団を攻撃する可能性は低いとした上で、イラン政府は今回の空爆で手にした「優位性を手放したくはないだろう」と続けた。

「10月7日の襲撃事件以来、イランが抑止力を失ったとの批判が相次いでいる」と同氏は述べ、イラン政府は大規模な戦争を引き起こすことなく、そうした抑止力を維持していることをアピールしてくるだろうと付け加えた。

損壊した建物の残骸の上で作業する緊急要員/ Omar Sanadiki/AP
損壊した建物の残骸の上で作業する緊急要員/ Omar Sanadiki/AP

直接的な軍事行動はなし

10月7日の襲撃事件以来、イスラエルはイラン関係者への攻撃を次第に強めているとみられる。これまでのところ、イラン政府の反応はおおむね激しい物言いに限定されており、脅し文句が行動に移されることはほぼ皆無だ。

専門家の間では、1日の攻撃で状況の規模拡大を招きかねないことから、今回ばかりはイランも行動力を示すよう迫られるだろうと見られているが、イラン政府が罠(わな)に陥りつつあるのではとの警戒の声も上がっている。ガザ地区でのイスラエル軍の行為で、イスラエルが国際社会でますます孤立化する中、広い範囲でイランを巻き込んだ対イスラエル戦争が勃発すれば、西欧諸国がイスラエル側について参戦することにもなりかねない。

米国務省の顧問を務めたこともある中東研究者のバリ・ナスル氏は、「今はイランに優位な状況だ」とXに投稿した。「イスラエルはイランを挑発して反応を誘い出している。おそらくイランはじっとこらえ、イスラエルに関する話題がガザからシリアやイランに移らせまいとしている」

チャタムハウスのバキル氏もいうように、イランが直接軍事行動で対応することはないだろう。むしろ「ガザ地区での戦争に対する国際社会の批判の勢いに乗じて」、戦争が広範におよぶ恐れを世界的に煽(あお)り、イスラエルのさらなる孤立化を図るだろう。

中東諸国もイスラエルも米国も、大規模な戦争の回避を望んでいる。このことをよく知っているイラン政府は、そうした力関係を利用して少しばかり時間を稼ぎ、優位性を得ようとしてくるだろうとバキル氏はCNNに語った。

「イランは複数の対応を同時に行使するだろう」と同氏は語った。例としてはサイバー攻撃や、代理勢力を介しての小規模な軍事衝突、外交攻撃などだ。

国営イラン通信IRNAによると、イランは国連安全保障理事会の臨時会議を開いて「国際規制の違反を全面的に糾弾するよう」要請したという。

だがスイスのグローバル・ガバナンス・センターで上級研究員を務めるファルザン・サベット氏のXへの投稿にもあるように、直接的な軍事行動の欠如は「イランにとって大きなリスクだ。ガザ地区での大規模な作戦がいったん終了すれば、(おそらくは次期米政権からの直接支援や、直接関与のもと)抵抗の枢軸の前線を少しずつ解体する時間と余裕をイスラエルに与えることになるからだ」。そうした変化が起きれば、中東地域でのイランの勢力を大きく左右することになりかねない。

本稿はCNNのアッバス・アルラワティ、ナディーン・エブラヒム両記者による分析記事です。

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