家族の半分がイスラエルの無差別攻撃で死んだ――ガザの惨劇、CNN調査報道で実態解明

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イスラエル軍の空爆で重傷を負ったローバ・アブ・ジッバ/CNN

イスラエル軍の空爆で重傷を負ったローバ・アブ・ジッバ/CNN

(CNN) 彼女はイスラエル軍の空爆で死にかけていた。


彼女の家族に何が起きたのかは謎だった。


だがその後、彼女の身分証が見つかり、その全容が見え始めた。

ローバ・アブ・ジッバの顔は、右半分の大きな部分がなくなっていた。右目があるべき場所には、深い、血まみれの傷があった。

パレスチナ自治区ガザ中部デイルアルバラにあるアクサ殉教者病院。ストレッチャーに横たわる18歳の女性は、意識が混濁し、苦痛に襲われながら、自分の身に何が起きたのかを語ろうとした。一家は2カ月前から、ガザ地区を南北に貫く主要道路、サラハディン通りに面した工業倉庫に身を寄せていた。その倉庫がイスラエル軍の激しい砲撃に遭った。

ローバはかすかな声で、自分たちが銃撃され、爆破され、ブルドーザーになぎ払われた経緯を振り返った。一緒にいた兄弟姉妹は目の前で死んだ。母親と兄弟姉妹のうち3人は脱出できたが、どこへ行ったのかは分からなかった。

偶然の出会いと、がれきの下から見つかったローバの身分証明書をきっかけに、CNNは何週間にも及ぶ調査を経て、ローバの家族5人の命を奪ったあの1月初旬の惨劇の全容を解明した。一家の境遇は、民間人が安全だと告げられた場所で、イスラエル軍が圧倒的な、そして時として無差別的な武力行使を行っている現実を見せつけ、そうでなければ隠されたままになっていたはずの残虐行為を明るみに出した。

あの攻撃から約2週間後、サラハディン通りのがれきをかき分けていた住民のグループは、恐ろしい光景を目の当たりにした。子ども3人を含む少なくとも8人が、倒壊した倉庫の中で身を寄せ合って死んでいた。遺体を収容した人たちは顔を覆い、群がるハエと腐敗臭から自分たちを守った。

身元は分からなかった。ただ、身元不明犠牲者が、また増えた。イスラム組織ハマスの10月7日のテロ攻撃に対する報復としてイスラエル軍がガザ空爆と地上攻撃を開始して以来、殺害されたパレスチナ人は約3万人に上る。

CNNはこの攻撃の目撃者から話を聞き、ガザ地区で散り散りになったローバの母親や家族を探しあてた。それぞれの証言は病院の記録や衛星画像、現場を撮影した大量の動画や写真と照らし合わせ、鑑識や弾道の専門家に建物の被害の様子や内部で発見された人々のけがの状態を分析してもらった。

それをつなぎ合わせた証拠は、アブ・ジッバ一家が予告なくイスラエル軍に攻撃された現実を露呈させた。巨大な爆弾で殺害された人々がいたことも分かった。

イスラエル軍(IDF)はCNNの取材に対し、倉庫から敵に銃撃されて応戦したと説明している。目撃者の1人は「抵抗の銃撃(ハマスなどの武装集団の銃撃の意味)」の音を聞いたと話し、現地のジャーナリストはその日、同地で起きた「衝突」について伝えていた。複数の目撃者は、自分たちが身を寄せていた倉庫に戦闘員はいなかったと証言し、同地でのハマスの活動については認識していないと語った。

ローバの家族(兄弟姉妹8人と母のスマヤ)は戦争が始まって間もなくガザ北部シュジャイヤの自宅を離れ、最初の数週間はガザ市内の学校で避難生活を送った。

Source: The Institute for the Study of War with AEI’s Critical Threats Project
Source: The Institute for the Study of War with AEI’s Critical Threats Project

しかし間もなく、地上作戦の前にガザの南北を隔てるワディ・ガザ(ガザ渓谷)の南へ避難するよう、イスラエルから指示された。

一家はイスラエル軍が安全な回廊に指定したサラハディン通りを徒歩で移動し、ガザの南側にあるザワイダ村の入り口にある倉庫にたどり着いた。

Source: The Institute for the Study of War with AEI’s Critical Threats Project
Source: The Institute for the Study of War with AEI’s Critical Threats Project

「知らない男性がいて、私たちを迎えてくれ、一家で滞在することを許してくれた。倉庫内では人々が生活していた」。母のスマヤは2月初旬、デルアルバラでCNNの取材にそう語った。「退避などを求めるビラは誰も投下しなかった」

アブ・ジッバ一家が避難していたサラハディン通り周辺の一帯は、イスラエルが1月4日に出した退避命令の対象に含まれていなかった。

Source: The Institute for the Study of War with AEI’s Critical Threats Project
Source: The Institute for the Study of War with AEI’s Critical Threats Project

スマヤによると、一家は自分たちが民間人であることを知らせるため、降伏の白旗を立てた。建物には「避難家族」と書かれていた。

CNNは、アブ・ジッバ一家が滞在していた倉庫と、サラハディン通りの向かい側で民間人を受け入れていた別の倉庫の持ち主を突き止めた。2人とも、攻撃されるまでの約2カ月間、ガザ北部から来た人たちが倉庫で暮らしていたと証言した。

イスラエルのドローンや航空機は常時上空を飛行して、同地を監視していたとスマヤは言う。「彼らには私たちが見えた。開けた場所、開けた土地で、私たちは火をたいて調理したりパンを焼いたりしていた。彼らはそれが民間人だと知っていた」

ハメド・アルヒナウィの一家は通りをはさんでアブ・ジッバ一家の反対側に避難していた。勤務先の陶磁器・タイル会社が倉庫滞在を許可してくれた。ここでは95人ほどが暮らしていたという。


ローバのいとこのアラア・アブ・ジッバなど、倉庫の隣の空き地にテントを設営して避難している人たちもいた。その様子は12月6日から31日の間に撮影された衛星画像に写っている。

アブ・ジッバ一家が避難場所にしていたサラハディン通りのエリア。2023年6月に撮影/Baitak Company
アブ・ジッバ一家が避難場所にしていたサラハディン通りのエリア。2023年6月に撮影/Baitak Company

1月3日、倉庫にいた人たちは、戦争が近づく音が聞こえたと振り返る。イスラエルはその数日前、近くのマガジ難民キャンプを攻撃して少なくとも70人を殺害していた。

アルヒナウィによると、4日未明に「抵抗の銃撃」が聞こえた後、イスラエル軍による「信じがたい爆撃」が4時間続いた。「クアッドコプター、戦闘機、砲撃――建物が砲撃され始め、我々がいた倉庫を直撃した」

午前4時24分、アルヒナウィは友人のザーイドと交わしたメッセージで攻撃のことを知らせた。

アルヒナウィ:今夜を切り抜けられることを祈る。信じられない爆撃だ。

ザーイド:ザワイダの入り口が爆撃されている

ザーイド:大丈夫だと言ってくれ。

アルヒナウィ:激しい衝突の音がする。

ザーイド:神よ助けたまえ ただ夜明けを待つ。

メッセージはそこで途切れた。アルヒナウィは家族と一緒に建物の裏の壁の隙間から何とか抜け出し、激しい戦闘を逃れて西へ向かった。すさまじい煙のために、見下ろしても自分の手の指が見えなかった。

通りをはさんで向かい側の倉庫にいたローバは、自分と家族が脱出する道はなかったと振り返る。「彼らが爆弾を発射した時、私たちはその部屋にいた。私たちは動かなかった」。そこは一家が眠っていた部屋だった。

ローバのいとこのアラアは、イスラエル軍が倉庫を包囲して銃撃するのを見たと証言する。「彼らは子どもたちを午前4時から午後1時まで閉じ込めた。倉庫の真ん中に閉じ込められて、サラハディン通りへ行くことも、裏から(脱出すること)さえできなかった」

  
      
CNN特派員のフルリポートを見る(人によっては不快になる映像が含まれていますのでご注意ください)

爆発に四方を囲まれた状況で、ローバの兄のハミディ(22)は、一家で逃げるべきだと決意した。2年前に父親を亡くして以来、長男のハミディは一家を率いる役割を担っていた。

母のスマヤは言う。「息子は親類たちと一緒に持ち物をドアから運び出すところだった。銃弾を浴びせられ、息子は殺された。息子は撃たれた……心臓を。血を流し、走り、地面に倒れて死んだ」。ほかにも倉庫にいた数人が死傷したとスマヤは言い添えた。

ローバは救急車を呼ぼうとしたが、誰も来ることはできなかった。数分後、爆発で建物が吹き飛び、ローバもスマヤも意識を失った。

1月14日のサラハディン通りの様子/CNN
1月14日のサラハディン通りの様子/CNN

CNNは、イスラエル軍に倉庫の位置情報とCNNが撮影した遺体の静止画像を見せ、この出来事について尋ねた。

IDFは、兵士がこの場所から「銃撃された」と述べ、「銃撃元を突き止めた後、IDFの部隊に対する差し迫った脅威を排除するため、地上と上空の部隊が連携して、銃撃元に対する精密攻撃を実施した」と説明。「現場の遺体がこの攻撃に関係しているかどうかは確認できない」とした。

この建物から銃撃されたというIDFの主張について、CNNの取材では裏付けが取れなかった。ただし生存者は、倉庫で活動している戦闘員はいなかったと話している。

国際人道法は、武力紛争における民間人の保護を規定し、攻撃する部隊に対して可能であれば事前に民間人に通告するよう求めている。国連憲章の均衡性の原則に基づき、武力の行使は武力攻撃を撃退するために必要な限度内に限られる。

CNNが集めた証言や破壊された建物の画像は、IDFが民間人への危害を避けるために何らかの努力を行ったのかをめぐり、さらには均衡性の原則をめぐり、重大な疑問を生じさせる。



CNNの依頼で画像を分析した兵器の専門家3人は、この倉庫には2000ポンド(約900キロ)もの弾薬が投下されたようだと指摘した。

兵器に詳しいヒューマン・ライツ・ウォッチのマーク・ヒズネイによると、衛星画像がとらえた地面のクレーターは、上空から投下された大型爆弾が爆発した衝撃でできたと思われ、「重さ2000ポンドの爆弾」の痕跡と一致しているという。アムネスティの兵器研究員で元爆弾処理官のブライアン・キャスナーも、このクレーターは2000ポンド爆弾によってできた可能性が大きいとの見方を示した。

CNNと人工知能(AI)企業のシンセテイックが昨年12月に行った分析によれば、イスラエルはガザの戦争が始まってからの1カ月で数百発の2000ポンド爆弾を使用していた。この大型爆弾は直径12メートル以上のクレーターを残し、最大365メートル離れた距離で人を殺傷する能力がある。

破壊された倉庫の写真を見たアーマメント・リサーチ・サービス(ARES)の調査コーディネーター、パトリック・センフトも同様の見解で、「空から投下された重さ数百キロの爆弾のような、相当の威力をもつ爆弾の痕跡と一致している」と指摘した。

工業倉庫にできたクレーター。ローバや家族が避難していた部屋からわずか十数メートル前後の位置にある/CNN
工業倉庫にできたクレーター。ローバや家族が避難していた部屋からわずか十数メートル前後の位置にある/CNN
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目の前で兄弟姉妹が死んだ

ローバの母スマヤは、爆発後に意識が戻った時、自分は血まみれで全身傷だらけだったと振り返る。親子で身を寄せ合っていた自分たちの上には、爆発の衝撃で吹き飛んだ倉庫の金属製の屋根が落下していた。

「ほとんどが死んでしまった」とスマヤはつぶやいた。「ローバは生死の境をさまよっていた」

生き残った娘のディアナは、兄弟姉妹の息を吹き返させようとした。「イスラエルが私たちの上に爆弾を落とした。私は自分の兄弟姉妹が死ぬのを見た」「ハミディは私の腕の中で死んだ。『起きて、起きて!』と言ったけれど、起きてくれなかった」

専門家によると、一家がCNNに語ったけがの様子は、爆風過圧と呼ばれる大型爆弾の爆風で内蔵が損傷するけがの症状と一致している。爆風の損傷では、肺の中の小さな袋が破裂して、被害者が実質的に自分の血液で溺死することが最も多い。

ローバの母スマヤとローバのきょうだい3人(ディアナ、アデル、ハッサナイン)が一緒にいる様子/CNN
ローバの母スマヤとローバのきょうだい3人(ディアナ、アデル、ハッサナイン)が一緒にいる様子/CNN

ローバは意識を取り戻した時、身動きできなかったと振り返った。「目を覚ますと母が私に『あなたを連れてここから逃げる。イスラエルは少しだけ撤収した』と言い、私は『自分は行けない。兄や弟と行って』と告げた」

母のスマヤとディアナ、アデル、ハッサナインの子ども3人は倉庫から脱出した。

「髪をさらして血を流したまま走った」とディアナは言う。「助けて、私の家族はまだ生きている!」

間もなくディアナは意識を失い、次に目を覚ますと病院にいて、医師が自分の傷の手当てをしていた。

ローバはそれから数日間、倒壊した倉庫の中に閉じ込められていた。死んだ兄弟姉妹のハムディ(22)、アルザイン(10)、フェリアル(15)、サブレエン(21)に囲まれて。

最年少の弟のアリ(13)は、ローバの傍らで死んでいた。

CNNはアクサ殉教者病院から、アブ・ジッバ一家や親類9人の遺体の記録を入手した。遺体が収容されたのは、CNNが倉庫を撮影した1月14日だった。

ローバの弟アルザイン(10)、アリ(13)は死亡した/Courtesy Abu Jibba Family
ローバの弟アルザイン(10)、アリ(13)は死亡した/Courtesy Abu Jibba Family

CNNの取材に対してイスラエル軍は、サラハディン通りのこの区画は避難用に1月3日に封鎖したと主張。「問題の区画に対する具体的な避難通告」を含め、1月1日から避難を指示していたと説明した。

しかしこの主張は、CNNの取材に応じた生存者の証言とは矛盾する。避難通告の証明を求めたものの、イスラエル軍はその主張を裏付ける証拠を示さなかった。

IDFの広報は1月4日午前11時28分、サラハディン通りはザワイダ付近の区画も含めて封鎖されたとX(旧ツイッター)に投稿していた。CNNが確認した限りでは、IDFの封鎖通告はそれが最初だった。「サラハディン通りの人道回廊は本日をもって閉鎖する」とIDF広報はアラビア語で記していた。

この投稿に軍事作戦への言及はなかった。この時までには既に、大勢の人が死亡していた。

ローバによると、最初の集中砲撃の後、イスラエル兵が徒歩でやって来て、負傷した一家を見つけると尋問を始めた。

「ハマスとイスラム聖戦について尋ねられた」「私たちは誰も知らないと話した。自分たちはここの住民ではなく、シュジャイヤから避難してきたと告げたけれど、何の助けにもならなかった」

「彼らは私たちを部屋に残してブルドーザーを動かし始め、続いて爆弾が私たちの上に落ちてきた」

IDFは「その場所に避難していた民間人を銃撃したり、ブルドーザーなどの車両を使って民間人を踏みにじったりしたといった主張は事実無根」とする声明をCNNに寄せた。

ローバが倉庫から脱出できたのは3日後だった。8人いた兄弟姉妹は、3人しか生き延びられなかった。


重傷を負って意識が遠のきかけた状態のローバは、親類に付き添われ、助けを求めて倉庫を出た。途中、イスラエル兵に路上で呼び止められ、イスラエルで働いたことのある親類がヘブライ語で相手をしたという。ハマスとイスラム聖戦について尋問され、そうした組織のことは何も知らないと告げると解放された。

ローバによると、兵士から医療面の助けは一切なく、ただ水のボトルを1本だけ渡された。アクサ殉教者病院への長い道のりを歩きながら、ローバと親類はレモン1個を見つけて分け合った。それまで何日もの間、食べ物は口にしていなかった。

ようやくたどり着いた病院は患者であふれ返っていた。

同じ1月7日、同病院にいた国連人道問題調整事務所(OCHA)のガザチームリーダー、ジェマ・コンネルは「明らかな大量殺戮(さつりく)」と完全な欠乏状態を目の当たりにしたと回想する。ローバについては「攻撃で顔をやられ」、激しい戦闘の中で治療を受けるまでに何日も待った女性に出会ったと証言した。

ガザに安全な場所はどこにもない

倉庫の攻撃から2週間後の1月18日、イスラエル軍は「ブレイジのハマス製造工場」とするサラハディン通りの一画の地図を公表した。写っているのは兵器製造施設の解体跡地だと説明している。


この地図によれば、アブ・ジッバ一家が身を寄せていた倉庫から250メートル北東にある建物は、ハマスが兵器製造のために使用していたとされる。イスラエル国防軍は2022年12月と23年1月のプレスリリースで、この場所に対する攻撃を誇示していた。

避難した住民が使っていたサラハディン通り沿いの建物は、イスラエル国防軍の地図ではハマスと関係があるとは記されていなかった。この建物を標的とした理由をCNNが尋ねた際も、兵器製造と関係があるという説明はなかった。

2023年1月のハマス施設とされる場所へのイスラエルによる攻撃/Israel Defense Forces
2023年1月のハマス施設とされる場所へのイスラエルによる攻撃/Israel Defense Forces

国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)もCNNの取材に対し、同じ通りに面したUNRWAの倉庫が1月4日に戦車2台の砲撃を受けたことを明らかにした。この攻撃については翌日撮影された衛星画像が裏付けている。

イスラエル軍がようやく撤収すると、住民が少しずつ戻り、何か残されたものがないかと探し始めた。1月14日、CNNと契約しているパレスチナのフォトジャーナリストが同行するグループが、倒壊した倉庫に遭遇した。

片隅に1人の女性がうずくまり、家族を抱きしめていた。女性の皮膚は腐敗がひどかった。赤いセーターを着た幼い男の子の遺体は一部ががれきに覆われていた。近くには体を丸めた格好の大人数人の遺体があり、脚にひどいけがを負った別の子どもの遺体もあった。

遺体は全てが身をよじった状態だった。目に見える外傷はなかった。内蔵出血を引き起こす爆風による犠牲者である可能性が最も高く、ほとんど眠っているようにしか見えなかった。

「髪に覆いを」と誰かが言い、隅にいた女性の顔を布で覆った。何も残らなかった場所で、女性のせめてもの尊厳を守ろうとする行為だった。

男たちが慎重にがれきを取り除くと、さらに多くの遺体が見つかった。ガザ市民の身分証も何枚か発見され、その中の1枚に「ローバ・アブ・ジッバ」と書かれていた。

この発見を手がかりとして、CNNはローバの証言とこの現場を結び付け、ローバの兄弟姉妹にたどり着いた。片隅で死亡していた女性はローバの姉のサブレエンだった。

ローバの身分証が1月14日に工業倉庫のがれきの中から見つかった/CNN
ローバの身分証が1月14日に工業倉庫のがれきの中から見つかった/CNN

CNNは鑑識の専門家3人に倉庫で見つかった遺体の映像を検証してもらった。遺体には、巨大な爆弾の爆風で目に見える外傷がないまま内蔵が激しく損傷する爆風損傷と一致する特徴があるとの見解だった。

画像を見た法医学病理学者のベラ・クバトは、一部の犠牲者は攻撃があった1月4日に死亡した可能性があると述べ、サブレエンの遺体は両手の骨の上の組織がほとんど残っていないと指摘した。

ローバは攻撃の数日後、当時130万人あまりが避難していた南部のラファへ搬送された。ガザで最後に残された避難場所のラファには今、地上攻撃が差し迫っている。

ローバは心と体に大きな傷を負い、自分の母親と3人の兄弟姉妹がどうなったのかを知らずにいた。再会を果たすまでには何日もかかった。

ローバがまだ生きていて、重篤な状態にあると知った母のスマヤは、ただ娘の回復を祈り続けた。「一度は全員の死を覚悟した。ローバは死んだと思っていた」。死んだ5人の子どもたちを思い、スマヤの目に涙があふれた。

「私たちは何もない南へ来て爆撃された。私の子どもたちは南で殺された。ガザに安全な場所はどこにもない。何もかもうそだ」

(文中敬称略)

本記事に関するCNNの報道方法

ガザ地区中部のサラハディン通りにおける1月4日の攻撃の生存者を探すため、CNNは家を追われた人々が避難する工業倉庫の所有者や、人々が治療を受けた病院に接触した。彼らの証言を裏付けるため、ガザやエルサレム、ロンドンにいる記者が現地報告とオープンソースの技術を合わせて利用した。このチームは当該の工業倉庫に落とされた弾薬の種類を決めるのに資するよう、またその時期の確証を得られるように、2カ月間に及ぶ衛星写真のほか、ソーシャルメディア上の動画や写真を調査した。こうした画像は射撃学の専門家や法医学に携わる病理医によっても検証された。

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