中国の「国安法」、香港に起き得る不可逆的な変化とは

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中国の「国家安全維持法」施行で、香港という都市の姿が永遠に変容するかもしれない/Roy Liu/Bloomberg/Getty Images

中国の「国家安全維持法」施行で、香港という都市の姿が永遠に変容するかもしれない/Roy Liu/Bloomberg/Getty Images

香港(CNN) 中国政府が「香港国家安全維持法(国安法)」を成立させる意向を表明してから40日が過ぎ、同法は現在、実際に効力を有するに至っている。香港の政治的自由にとてつもない影響を及ぼす可能性をはらみながら。

国安法の草案はほとんどすべてが秘密裏にまとめられた。北京での非公開の協議には、香港の行政トップを務める林鄭月娥(キャリー・ラム)氏さえ加わることはなかった。先月30日、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)による法案の可決が報じられてから数時間が経ってもなお、ごく少数の人たちを除くすべての香港人はその内容を全く把握していなかった。

同日夜、現地の立法府を介さずに公布された国安法は、「国家分裂や政権転覆、テロ活動、また外国勢力と結託して国の安全を脅かす行為」を犯罪と規定している。

当局は罰則について、当初中国国内よりも軽いものになると示唆していたが、ふたを開けてみれば上記の4つの罪には最高で終身刑が科せられることになっていた。

陪審裁判を受ける権利は、状況により停止される可能性がある。審理が非公開で行われる恐れもある。また香港に住む外国人に違法行為の疑いがかかれば、有罪か無罪かにかかわらず強制退去させることもできる。香港の既存の法律との間で矛盾がある場合は、国安法が常に優先する。

同法の施行により、中国政府の香港に対する直接的な統制力も強化される。安全保障に関する新たな委員会を立ち上げてそこに中国政府が任命した顧問を加えるほか、中国政府直属の治安機関も設置。広範な権限を与え、著しく重大な違法行為をはたらいたとみられる香港人の訴追に当たらせる。

香港と中国政府の当局者は、同法が必要かつ時宜にかなうものだとしたうえで、影響を受けるのはごく少数の香港人のみになると断言していた。あくまでも、香港に「安定と繁栄」を取り戻すための法律だというわけだ。

香港のキャリー・ラム行政長官は今月1日、「国安法が重要な一歩となり、過去2~3カ月の間に起きた混乱と暴力に終止符が打たれる」「法律を導入する目的は香港の安全を守ること。法律自体は正当かつ合憲であり、理にかなったものだ」と強調した。

香港返還を記念する式典で壇上に立ち、出席者に語りかける林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官/ANTHONY WALLACE/AFP/AFP via Getty Images
香港返還を記念する式典で壇上に立ち、出席者に語りかける林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官/ANTHONY WALLACE/AFP/AFP via Getty Images

萎縮効果

施行される以前から、国安法の持つ萎縮効果は表面化し始めていた。多くの政党が解散し、商店主らは反政府デモを支持するポスターなどを撤去。人々はソーシャルメディアのアカウントや過去の投稿を削除した。

今後はこうした動きに拍車がかかる公算が大きい。法律が定める違法行為は広範で多岐にわたり、具体的に何をすれば法に触れるとみなされるのかは、実際に訴追されるまでわからない。

例えば、国家分裂の扇動や支援、教唆(きょうさ)といった違法行為は、香港の独立に関連する意見表明のほとんどが該当し得る。最近の抗議集会で、参加者らは定期的に独立を求める歌を歌ったり、分離主義を標榜(ひょうぼう)する旗を振ったりできていた。しかし現在こうした行為は罪となり、最も軽いものでも禁錮5年の刑が科されることになる。

CNNが警察から入手した情報によると、6月30日に行われた警察幹部の会合では、香港の独立を支持する旗を振ったり、歌を歌ったりする者は誰であろうと逮捕するようにとの通告があった。持ち物検査で独立の旗が見つかった場合も、やはり逮捕することになっているという。

政権転覆とテロ活動についても、相当幅広く定義されている。後者には「危険な活動によって人々の健康、安全、安心を著しく脅かす」行為が含まれる。その目的は「人々をおびえさせて政治的課題を達成する」ことだとしている。

これを広範に適用すれば、昨年香港で見られたような政府に対する抗議デモもテロ活動とみなされかねない。こうしたデモはしばしば暴力的なものにエスカレートし、参加者と警官隊の衝突や公共施設の破壊などが起こるからだ。中国国営メディアは、香港での抗議デモをまさしくテロ活動として報じている。

とりわけ国安法は、交通手段の妨害や交通機関に関連する施設並びに電子制御システムに重大な影響を及ぼす妨害・破壊を犯罪と規定する。地下鉄駅の破壊や道路の封鎖、バスの運行妨害といった行為はこれに含まれるとの解釈も可能になる。

重大なテロ活動に対する刑罰は最高で終身刑。最も軽いもので禁錮10年となっている。そこまで重大ではないテロ活動にも最低で禁錮5年の刑が科される。

外国人への脅威

国安法の施行で最も打撃を被るのは香港人だが、そこに含まれる数多くの条項は外国企業、特にメディアと非政府組織(NGO)の香港での活動に影響を及ぼす恐れがある。

国安法では誰であれ「外国の国家、機関、組織もしくは個人から直接的あるいは間接的に指示や統制を受けたり、資金やその他の援助を得る者」について、特定の活動を遂行することで国家安全保障に敵対しているとみなされた場合、有罪となる可能性がある。

具体的には香港や中国の当局者に対する制裁をはたらきかけたり、香港の選挙に影響力を行使したり、香港における法律や政策の制定と施行に重大な妨害を加えたりといった行為を含む。米国政府は最近、まさにこの国安法をめぐって中国の当局者に対する制裁を科していた。違法なやり方で香港の住民を刺激し、中国政府への憎悪を引き起こすことも犯罪とされる。

中国の人々は「国家の秘密」を外国のメディアや政府、組織に漏らすと訴追されるが、国安法でもこうした行為は犯罪になる。これにより、今後外国のジャーナリストやNGOは香港市内での活動がはるかに困難になる恐れがある。

現時点で、香港はジャーナリストに対して寛容な査証(ビザ)政策をとっており、中国本土のような厳しい規制は行われていない。NGOについても同様で、現在複数の人権団体、労働者団体、報道の自由に関連する団体は中国本土での活動が難しいことを理由に、香港に拠点を置いている。

香港の非永住者が国安法違反の容疑者となった場合は、有罪かどうかにかかわらず同市から強制退去させられる可能性がある。

式典で掲揚される中国と香港の旗/ANTHONY WALLACE/AFP/AFP via Getty Images
式典で掲揚される中国と香港の旗/ANTHONY WALLACE/AFP/AFP via Getty Images

司法上の変化

国安法の可決に当たって最も物議を醸した問題の一つが、新たな裁判官のグループを立ち上げて国家安全保障に関する裁判を担当させるというものだった。このグループのメンバーは行政長官が直接任命する。

法律の専門家らは、この措置によって香港の司法の独立が損なわれかねないと警鐘を鳴らしていた。行政側が、特定の問題に関して潜在的に考え方を同じくする裁判官を選ぶことができるようになるためだ。

国安法には「いかなるやり方であれ、これまで国家安全保障を危険にさらす言動があった人物は、同じく国家安全保障を危険にさらす犯罪を担当する裁判官として指名されるべきではない」とある。

また陪審裁判は必要とみなされれば停止されることもあるとしている。その場合、裁判は裁判官のグループが審理する。

これ以外にも、特定の犯罪に関しては中国当局が直接担当する形での訴追が可能になる。中国政府の出先機関「国家安全維持公署」がこれを主導し、中国国内の法律や法的基準が適用される。

国安法の条文によれば、「公署が当該の犯罪の捜査を担当し、中国の最高人民検察院が検察機関を指定して検察権を行使する。そのうえで最高人民法院が裁判所を指定して裁判権を行使する」という。

この権限を行使するにあたり、公署のメンバーは「香港特別行政区の管轄を受けない」。また香港警察は公署の業務を支援し、いかなる者の妨害も阻止する義務を負うとしている。

こうした犯罪に関する手続きが中国本土に持ち込まれるのか、あるいは香港の中で中国の検察によって進められるのかは明らかになっていない。被疑者が中国本土に送致されるのではないかという懸念を引き金に、昨年は香港政府に抗議する大規模なデモが起きた。

中国は裁判での有罪判決率が高いことで知られる。とりわけ国家安全保障にかかわる裁判ではその傾向が強く、政治目的の訴追だとする批判の声が絶えない。こうした裁判の被告には、弁護士と面会する権利も認められていない。

この先に何が?

ここ数週間にわたり、香港の当局者と北京の中央政府は一般市民を安心させるべく、国安法についてあくまでも選択的に適用されるものであり、ごく少数の人々にしか影響を及ぼさないと訴えてきた。

6月30日の同法可決を受け、香港政府の報道官は「極めて少数の違反者を対象にした法律」だと改めて強調。「生命や財産はもちろんのこと、圧倒的多数の市民が行使する各種の正当な基本的権利及び自由は今後も守られる」と述べた。

さらに「香港市民がこれらの正当な権利の行使について懸念を抱く必要は全くない」と付け加えた。

この言葉が事実なのかどうかは、現時点でわからない。数カ月たっても知ることができないかもしれない。国安法の下で最初の訴追者が出て初めて、明らかになるのだろう。しかし萎縮効果はすでに今週から表れており、この先同法の持つ影響力が個別の犯罪の次元を超えて広く波及することをうかがわせる。

香港は長年「抗議行動の街」として知られている。そこでは政府に異議を唱える活動が盛んに行われ、報道の自由が保障され、公の場で活気ある議論が交わされる。国安法はそのすべてを標的にしているように見える。そしてこの街の姿を永遠に作り変えてしまうのかもしれない。

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