犬肉食の合理性を考える

中国では犬肉を食べる祭りを動物愛護団体が非難した

中国では犬肉を食べる祭りを動物愛護団体が非難した

ウィリアム・セールタン氏は2002年のコラムでこう指摘した。「友達になった相手は友達で、食品として育てたものは食品だと考える相対主義は、完全主義的ベジタリアンや、さらには肉食主義よりも危険だ。動物の知能が人間に近いと信じて肉を食べない。そうでないと信じれば肉を食べる。これらは固定した基準によった行為だ。だが、もし人と共に暮らしてきた『コンパニオン・アニマル』だけ食べるのを拒み、例えば自分たちはベーコンをかじりながら韓国人にダルメシアン犬をシチューにしてはいけないと言い放つとすれば、殺すことの倫理観が習慣や気まぐれ次第と言っているのと同じだ」

これは論理的にはつじつまが合う。それでも犬を食べるという考えはやはり受け入れがたい。

犬の違法取引の問題は明らかに解決しなければならない。だが、何をいつ、なぜ食べるかについての私たちの思考も解決が必要だ。もし米国人が東南アジアの犬の取引に嫌悪感を感じるのなら、米国の農場で、例えば妊娠した豚をおりに閉じ込めて動けなくしているような現状に対し、同じような嫌悪感を持つ人もいるはずだ。

もし犬を食べてはいけないと思うなら、自分たちが食べる動物のことも考え、なぜその動物については同じ気持ちにならないのかを考えなければならない。

本記事はコラムニストのジョン・D・サッター氏によるものです。記事における意見や見解はすべてサッター氏個人のものです。

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