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深い洞察備えた英国の舞台演出家、ピーター・ブルック氏死去 97歳

20世紀の演劇に偉大な足跡を残した舞台演出家、ピーター・ブルック氏が死去した

20世紀の演劇に偉大な足跡を残した舞台演出家、ピーター・ブルック氏が死去した/Jacques Brinon/AP

その画期的な舞台作品で20世紀の演劇を変えたとされる舞台演出家、ピーター・ブルック氏が死去した。97歳だった。同氏の著作を出版するニック・ハーン・ブックスが明らかにした。

同社は3日にツイッターに投稿した声明で「過去20年間、ピーターの出版社であったのを誇りに思う。その間、彼の英知と洞察を世界と共有できた」と述べた。「彼は途方もない芸術的遺産を後世に残した」

ブルック氏の子どもでともに演出家として活動するサイモン氏とイリーナ氏は、同氏の死去をソーシャルメディアで確認した。サイモン氏は自らを「これほど素晴らしく、愛情にあふれた父親を持てた世界一の幸せ者」と形容した。サイモン、イリーナ両氏は、ブルック氏がどこでどのように亡くなったのかを明確にしなかった。

1925年、ロンドンで生まれたブルック氏は40年代初めに演出家としてデビュー。その後シェークスピアの戯曲「ジョン王」を英イングランドのバーミンガムで上演した。ジャンポール・サルトルやジャン・コクトーの前衛作品を舞台化した後、シェークスピアの戯曲を立て続けに演出。批評家から高い評価を得た。これらの舞台には当時を代表する名優を起用しており、例えば55年版の「ハムレット」にはポール・スコフィールドが、欧州でツアー公演を行った「タイタス・アンドロニカス」にはローレンス・オリビエとビビアン・リーがそれぞれ出演した。

英国のロイヤル・シェークスピア・カンパニー(RSC)との長年にわたる提携の中で、ブルック氏は従来の表現法を打ち破ったとの評価を確立した。同氏の手掛けた最も有名な舞台の一つでトニー賞も受賞した70年上演の「夏の夜の夢」には、フランシス・デラトゥーア、ベン・キングズレーが出演。後のキャストにはパトリック・スチュアートも加わった。同作は当時の標準的な解釈を拒絶し、最小限の演出と大胆な性的暗示、複数の文化にまたがる現代的な衣装を取り入れた。

そうする中でブルック氏は、「シェークスピアを現代の観客に向けてよみがえらせることの意味を完全にリセットした」。RSCは、3日にウェブサイトへ投稿した追悼文でそのように述べた。

同作はしばしば分かりやすく「ピーター・ブルックの夢」と呼ばれ、依然として「重大な影響力を今日の舞台芸術家たちに及ぼし続けている」と、RSCは付け加えている。

シェークスピアの作品と並んで、RSCでのブルック氏は米国によるベトナム戦争への関与を痛烈に批判した「US」を演出。またドイツの劇作家、ペーター・ヴァイスの作品「マラー/サド」の公演でトニー賞を受賞した。後者については自ら監督した67年の映画版もよく知られている。生涯にわたって手掛けた十数本の映画の中には、ウィリアム・ゴールディング原作の「蠅(はえ)の王」や、シェークスピア作品を脚色した「リア王」などがある。

2008年、ノルウェー・オスロの国立劇場で国際イプセン賞を受賞するピーター・ブルック氏(中央)/Kyrre Lien/NTB Scanpix/AP
2008年、ノルウェー・オスロの国立劇場で国際イプセン賞を受賞するピーター・ブルック氏(中央)/Kyrre Lien/NTB Scanpix/AP

70年、ブルック氏は活動の拠点をフランスに移し、パリのブッフ・デュ・ノール劇場の芸術監督となった。そこではシェークスピア作品のフランス語版の公演のみならずロシアの劇作家、アントン・チェーホフやセネガルの詩人、ビラゴ・ディオップの作品などを手掛けた。

ブッフ・デュ・ノール劇場では国際演劇研究センター(ICTR)も主宰。所属する俳優、演出家らは世界中を回って演劇を上演し、文化を越えた物語の要素を探求した。同カンパニーの著名な作品に、上演時間9時間に及ぶ古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」がある。ブルック氏は後に、この作品を同名の5時間の映画に脚色してもいる。

晩年もブルック氏は、世界中の物語を自身の舞台で上演し続けた。スーフィー(イスラム教の神秘主義者)の賢者、ティエルノ・ボカールの伝記を語り、南アフリカの黒人がアパルトヘイトの時代に味わった苦しみを詳述した。後者は同国の作家、キャン・テンバの小説「The Suit(スーツ)」を脚色したものだ。

ブルック氏への称賛は、パフォーマンスを劇場という境界の外へと持ち出した点にも向けられる。同氏の一座は作品を至る所で上演した。使われなくなったビルのほか、開発途上国をツアーで訪れた際には部族の村々でも公演を行った。

こうしたアプローチから分かるのは、ブルック氏が劇場を「人類共通の経験の中心に」置いているということだ。英歴史家のサー・サイモン・シャーマ氏は3日、ツイッターへの投稿でそう記した。その結果、「劇場はもはや舞台のある特定のタイプの建物ではなく、そこに偶然生じるものとなった。本人が言ったように、ただなにもない空間があれば、そこが劇場になり得る」のだという。

このほかにも、ソーシャルメディアには追悼の言葉があふれた。芸術界全体はもとより、それ以外からも多くのコメントが寄せられた。演出家でありロイヤル・ナショナル・シアターの共同最高経営責任者を務めるルーファス・ノリス氏は声明の中でブルック氏について、「前世紀における並外れた演劇の実践者。恐れを知らぬ比類なき姿勢で、演劇の形態を広く、深く探求した」と称賛した。

一方、ロイヤル・オペラのオペラ監督、オリバー・ミアーズ氏はブルック氏を「深い洞察を備えたオペラ及び演劇の実践者というだけでなく、革新的な作家であり映画監督」と評した。俳優のアントニオ・バンデラス氏は、ブルック氏の功績として「忘れ得ぬ手法で我々の周囲の世界を物語っている」点に言及した。

ブルック氏は女優のナターシャ・パリ―氏と51年に結婚。結婚生活は同氏が亡くなった2015年まで続いた。

ブルック氏が受けた賞や勲章の数は、演劇界でトップクラスに入る。前述のトニー賞のほか、エミー賞、国際エミー賞、イタリア賞、高松宮殿下記念世界文化賞をそれぞれ受賞。13年にフランスのレジオンドヌール勲章を受勲したほか、英国では大英帝国勲章、コンパニオン・オブ・オナー勲章をそれぞれ受勲している。

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