OPINION

アフガニスタンにまつわるバイデン氏の呪術的思考

今月14日、米国の戦没者慰霊施設であるアーリントン墓地を訪れたバイデン大統領/Andrew Harnik/AP

今月14日、米国の戦没者慰霊施設であるアーリントン墓地を訪れたバイデン大統領/Andrew Harnik/AP

(CNN) 米国のバイデン大統領が決定、発表したところによれば、米軍のアフガニスタンからの完全撤退は2001年9月11日の米同時多発テロから20年の節目となる今年の9月11日までに実施されるが、このままいくと予想通りの惨事を引き起こす。

米軍の不在は平和とイコールではない。にもかかわらず左派(バイデン政権)も右派(トランプ前大統領)も、多くの人は心の中で米兵の撤退こそ「戦争を終結する」方途とみなしている。歴史をたどっていけば、こうした考えが誤りであるのが分かる。

米国はこれまでにも、この種の失敗から悲惨な結果を招いてきた。アフガニスタンでは1990年代がそうだった。10年にわたる占領の後、ソ連は89年の初めにアフガニスタンから引き上げた。当時、米中央情報局(CIA)の幹部として現地の抵抗勢力に武器を供給し、ソ連と対峙(たいじ)させていた責任者は、本部に送った電報でシンプルにこう告げたものだ。「我々が勝った」

ソ連の撤退後、米国はアフガニスタンの大使館を閉鎖。同国を捨て去った。

続いて起きた内戦の間、米国はアフガニスタンに関してほぼ「目をつぶっていた」。その結果出現した反政府勢力タリバーンが、後に国際テロ組織アルカイダを支援するようになった。アルカイダは言うまでもなく「9・11」の同時多発テロを計画したが、その拠点はアフガニスタンにあり、旅客機をハイジャックした実行犯もそこで訓練を受けていた。

9・11後、米国はアフガニスタンへの侵攻に踏み切らざるを得なくなり、タリバーン政権を打倒。アルカイダを国内から駆逐した。

イラクの教訓

同様の原動力は10年後に展開され、当時副大統領だったバイデン氏とその国家安全保障担当顧問を務めていたトニー・ブリンケン氏は、イラクからの米軍の完全撤退を取り決めた。2011年12月のことだ。ロイター通信の次の見出しに、その時の思い上がった認識がよく表れている。「最後の米軍部隊がイラクを離れる。戦争は終わる」

もちろん米軍が撤退した後も戦争は終わらず、事態はむしろ悪化した。

3年後には過激派組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」がイラクの大部分を占領。国内第2の都市モスルもその支配下に入った。さらに隣国シリアも広範囲にわたり奪取された。

安息の地を得たISISはその後、テロリストを訓練し、大規模な攻撃を西側の都市に仕掛けた。パリで15年11月に発生し、130人が殺害された同時テロはISISから犯行声明が出ている。米国の都市でもISISの影響によるものとみられる攻撃が複数起きた。フロリダ州オーランドで49人が殺害された16年の攻撃はその一つで、犯人はISISに感化されたテロリストだった。

その後、米国は数千人の兵士を再びイラクへ送り込み、ISISの体制を崩壊させなければならなかった。このプロセスには3年半の年月を要した。

歴史は往々にして繰り返す

現政権がアフガニスタンでは異なる結果が出ると見込む背景には、ある種の呪術的思考が働いているに違いない。なるほど、現在のアルカイダは9・11当時に比べれば見る影もない。それはこの20年間、米国とその同盟国がアフガニスタンをアルカイダ及び同種の組織にとっての安息の地にさせまいとしてきたからだ。この政策は機能した。

ここへきて、そうした妥当な政策が放棄されようとしている。米国がアフガニスタンから去れば、7000人の兵士を駐留させている北大西洋条約機構(NATO)の同盟国も撤退する。これらの国々は米国の安全保障の傘に頼っているからだ。バイデン大統領は14日午後の国民への演説で、この点を確認した。

米国とNATOの部隊が引き上げれば、タリバーンが国内の大部分の地域を支配できるようになる公算が大きい。

あまりにも希望的な観測として、タリバーンは9・11前のようにアルカイダや他の過激派組織を呼び込むことはしないだろうとの見方もあるが、国連が昨年公表した報告によれば、タリバーンは最近の米国との和平交渉の間もアルカイダと「定期的に意見交換」を行っていた。タリバーンがアルカイダとの「歴史的な関係を尊重する」のは間違いのないところだという。

国連はまた、両者の関係が「依然として強固」であり、「忠誠の誓いによって持続的に強化されている」と指摘する。誓いはアルカイダの指導者がタリバーンの指導者に対して行うとしている。

さらに重要度は低いもののISISもアフガニスタンに拠点を維持している以上、問題視すべき存在である。

もちろん、米国の対アフガニスタン政策の失敗はバイデン政権で始まったわけではない。トランプ氏もしばしば米軍の同国からの完全撤退を要求していた。それによって選挙で選ばれたアフガン政府が弱体化し、タリバーンをつけ上がらせる結果になるのは目に見えていたにもかかわらず。

悲しき分割画面

現時点で、米国がアフガニスタンを放棄するのにはっきりした理由はない。現地には3500人ばかりの米軍兵士が駐留しているが、この1年以上の間に戦闘で死亡した兵士は1人もいない(対照的に、直近の会計年度では計56人の米陸軍兵士が事故により死亡している)。

他にも思い起こすべきことがある。朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた1953年当時、韓国は世界で最も貧しい国の一つだった。

それから70年後、米国の安全保障の傘に守られた韓国は、今や世界で最も裕福な国の一つになった。同国には現在、2万8000人を超える米軍兵士が駐留している。それまでの経済成長期のほとんどにおいて韓国は独裁国家であり、今日のような民主国家ではなかった。

言うまでもなくアフガニスタンは韓国ではないが、どちらの国にも変化が起きたのは事実だ。たとえゆっくりで、むらのある変化だったとしても。バイデン政権の高官ですら、13日のアフガニスタンに関する背景説明では記者団にこう認めていた。「多くのことが20年間で変わった。2001年には学校に通う子どもの数は90万人に満たず、ほとんど全員が男子だった。今日の人数は920万人を超えており、そのうちの4割を女子が占めている。国民の平均余命は44歳から60歳に伸びた」

ここで疑問がわく。いったいどれほど広報の才能にあふれた人材が政権内にいればこんなことを思いつくのか? どう考えれば、9・11の20周年の追悼に合わせて、当のテロ攻撃が計画された国を放り出すのが妥当だ、などと言えるのだろうか?

9月11日には、悲しい分割画面とでもいうべき事態が起こるだろう。画面の一方にはタリバーンが米国という超大国を「打倒」したことを祝う様子が流れ、もう一方には9・11の犠牲者を追悼するマンハッタン中心部の光景が映し出されるのだろう。

ピーター・バーゲン氏はCNNの国家安全保障担当アナリスト。米シンクタンク「ニューアメリカ」の幹部で、アリゾナ州立大学の実務教授も務める。1993年以降、アフガニスタンからの報道に携わっている。記事の内容はバーゲン氏個人の見解です。

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