インドネシア・スラウェシ島で見つかった石器、古代人類の謎を解く新たな手掛かりか
(CNN) インドネシアのスラウェシ島で原始の鋭利な刃物が発見されたことで、「ワラセア」として知られる地域に住んでいた謎の古代人類に関する進化のパズルに新たなピースが加わった。
ワラセアはアジアとオーストラリアの間にある島々からなり、その中で最大の島がスラウェシ島だ。研究者は以前、「フローレス原人」と呼ばれる珍しい小柄な人類種が70万年前から約5万年前まで、近くのフローレス島に生息していたという証拠を発見している。フローレス原人はファンタジー作家J・R・R・トールキンの小説に登場する小柄なキャラクターになぞらえて「ホビット」とも呼ばれる。
新たに発見された剥片(はくへん)石器は104万年前から148万年前のものとされ、スラウェシ島における人類の居住を示す最古の証拠であり、フローレス島と同時期あるいはそれ以前に初期の人類の祖先であるホミニンが島に居住していた可能性を示唆している。今回の発見はネイチャー誌で発表された。
研究者は、ワラセアの島のホミニンに関して、ホミニンがいつ、どのようにして島に到着したのかといった疑問の答えを探している。島にたどり着くには海を渡る必要があったと考えられている。
フローレス島では以前に剥片石器が見つかっており、約102万年前のものとされていた。今回の発見は、フローレス島とスラウェシ島の住民の間につながりがあった可能性、そして、おそらくスラウェシ島がフローレス島のホビット族にとっての足掛かりとなった可能性を示唆している。今回の研究の著者が指摘した。
グリフィス大学オーストラリア人類進化研究センターの考古学教授で、共同筆頭著者のアダム・ブルム博士は「フローレス島のフローレス原人の系統はおそらく、初期アジアのホモ・エレクトスの矮小(わいしょう)化した変種であり、もともと北のスラウェシ島から来たのではないかと長い間疑っていた。そのため、スラウェシ島でこの非常に古い石器時代の技術が発見されたことは、その可能性をさらに裏付けるものだ」と述べた。
インドネシア国立研究イノベーション庁の考古学者で共同筆頭著者のブディアント・ハキム氏が実施した発掘調査は、カリオ遺跡として知られる地域の砂岩の露頭から突き出た石の遺物が発見された後、2019年にスラウェシ島で始まった。
この遺跡は川沿いに位置し、100万年前に人類が道具を作り、狩猟を行っていた場所だったとみられており、この一帯では動物の化石も発見されている。発見されたもののなかには、現在は絶滅した大きな上牙を持つイノシシの一種「セレボコエルス」のあごの骨もあった。
22年の発掘調査終了時には七つの石器が見つかった。砂岩と化石の年代測定の結果、これらの石器の年代は少なくとも104万年前、最大で148万年前と推定された。スラウェシ島で以前に見つかったホミニン関連の遺物は19万4000年前のものとされていた。
ブルム氏によれば、道具として使われた小さく鋭い切片は、近くの川底にあった大きな石から作られたとみられ、切断や削り取りに使われていたと考えられる。これらの道具は、スラウェシ島をはじめとするインドネシアの島々やアフリカの初期の人類の遺跡で発見された初期人類の石器時代の技術に類似しているという。
「これらは、石を削って有用な鋭利な道具を作る、いわゆる『最小限の労力』のアプローチを反映している。単純な道具だが、作るにはある程度の技術と経験が必要だ。石を無作為にたたき合わせるのではなく、正確かつ制御された方法で石をはぎ取ることで作られる」(ブルム氏)

発掘調査では7種類の石器が見つかった/M W Moore
だが、そもそもこれらの道具を作ったのは誰だったのか。
「これはパズルの重要なピースだが、カリオ遺跡からはまだ人類の化石は発見されていない。だから、100万年前にスラウェシ島に道具を作る人々がいたことは分かっているが、その正体は依然として謎のままだ」(ブルム氏)
スラウェシ島の化石記録は乏しく、この地域の熱帯気候では古代DNAの劣化がはやい。ブルム氏らはスラウェシ島で7000年以上前に死亡した10代の狩猟採集民の女性の骨からDNAを採取し、これまで知られていなかった人類集団の証拠を明らかにしたが、このような発見は非常にまれだ。
この謎を解明する上でもう一つの障害となっているのは、数百もの島々からなるこの地域での体系的かつ継続的なフィールド調査が不足していることだ。中には考古学者がこれまで適切に調査したことのない島もあるという。
古代の海を渡る
研究者は、この未確認のホミニンの正体について仮説を立てている。このホミニンは、古代の人類が海を渡って島々に到達した最古の証拠となる可能性がある。
ブルム氏は、カリオ遺跡の石器が、ホモ・エレクトス、あるいは、フローレス島のフローレス原人に似た初期のアジア原人の孤立した集団によって作られたという仮説を示した。
フローレス島の化石や石器、そして現在スラウェシ島で発見されている石器に加えて、以前にもワラセアの北に位置するフィリピンのルソン島で約70万9000年前の石器が見つかっており、古代人類が複数の島に居住していたことが示唆されている。
そもそも、我々の祖先がどのようにしてこれらの島々に到達したのかは、いまだ解明されていない。
「我々のような飛べない陸生の哺乳類にとって、隣接するアジア大陸からスラウェシ島へ行くのは容易ではなかっただろうが、初期のホミニンが何らかの方法でそれを行っていたことは明らかだ」(ブルム氏)
初期のホミニンには計画的な外洋航海に使える船を発明するほどの認知能力がなかったことはほぼ確実だという。そのため全くの偶然によって海を渡っていた可能性が極めて高い。同様のやり方でげっ歯類やサルも海を渡ると考えられている。「ラフティング」と呼ばれるこの行動は、マット状に生えた自然の植物の上に乗っているうちに運悪く漂流してしまうことを指す。