韓国・済州島の女性潜水士、水中活動向けに体質進化か 科学者が新たな証拠つかむ

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海から上がり、岩場を歩く韓国・済州島の海女たち/Xinhua/Shutterstock

海から上がり、岩場を歩く韓国・済州島の海女たち/Xinhua/Shutterstock

(CNN) 朝鮮半島の南端から80キロ沖合に浮かぶ済州島(チェジュド)には、女性潜水士たちのユニークにして名高い共同体が存在する。彼女らは「ヘニョ(海女)」と呼ばれている。

海女たちは年間を通じて海に潜り、ウニやアワビといった海産物を海底から採取する。海面から最大18メートルの深さまで何度も潜る活動に、毎日4~5時間従事している。妊娠中も海に入り、高齢になってもこの仕事を続ける彼女らは、呼吸を確保するための器具の助けを一切借りない。装備はウェットスーツのみだ。

遺伝学者で米ユタ大学の助教(生物医学情報学)を務めるメリッサ・アン・イラルド氏によれば、海女たちは数千年にわたってこの驚くべき生業(なりわい)を母から娘へ伝えてきた。ごく若いうちから母親に潜り方を教わった彼女たちは、「日々の時間のうち、尋常ではない割合を水中で過ごす」という。

イラルド氏は韓国、デンマーク、米国の同僚らと共に、海女たちがどうやってこの驚異的な身体能力を維持しているのか理解したいと考えた。具体的な研究者らの疑問は、海女たちに備わった独特のDNAが長時間の素潜りを可能にしているのか、それとも生涯にわたる訓練の結果身についた技能なのか、もしくはその両方なのかという点だった。

イラルド氏らの研究論文は、2日付の科学誌セル・リポーツに掲載された。その内容によると海女たちは、素潜りで生じる身体的なストレスに対処できるよう独自の遺伝的相違を進化させてきたことが分かった。この発見を受けて、将来血圧に関する疾患の治療が改善する可能性もあると研究者らは指摘する。

海女たちは一日のかなりの時間を海中で過ごす。繰り返し海に潜り、ウニやアワビといった海産物を採取する/SeongJoon Cho/Bloomberg/Getty Images
海女たちは一日のかなりの時間を海中で過ごす。繰り返し海に潜り、ウニやアワビといった海産物を採取する/SeongJoon Cho/Bloomberg/Getty Images

済州島の文化の中で、いつから女性のみが潜水に従事するようになったのかは分かっていない。理由についても諸説あり、イラルド氏によれば男性潜水士への課税や男性の人数自体の不足などが考えられるという。

しかしこの慣行は消滅しつつある。現在の若い女性はもう海女の伝統を受け継いではおらず、現役で活躍する海女たちの平均年齢は70歳前後だ。彼女らが最後の世代になるかもしれないと、研究者らは論文で指摘している。

DNAへ飛び込む

研究のため、イラルド氏と同僚らは海女30人、海に潜らない女性30人を済州島から、そして韓国本土から31人の女性を集めた。参加者の平均年齢は65歳。研究では参加者の心拍数、血圧、脾臓(ひぞう)の大きさを比較。血液サンプルから遺伝情報を解析した。

海に潜った経験のない参加者に対しては、かなりの長時間水中にいる身体的ストレスを安全に再現するため、息を止めた状態で冷水に顔をつけてもらうことにした。イラルド氏によれば、冷水を感じながら息を止めていると体は死を意識し心拍数が低下。血圧は上昇し、脾臓は収縮するという。

研究チームが結果を分析したところ、済州島からの参加者は、海女も海に潜らない女性も含めて低血圧に関連する遺伝子変異体(バリアント)を持つ可能性が韓国本土の女性よりも4倍以上高いことが分かった。水に潜ると血圧は上昇するが、済州島住民の上昇幅は比較的小さいという。

研究者らはこの特性について、胎児の安全を守るための進化だった可能性があるとみている。済州島の海女たちは妊娠中も海に潜る。妊娠中に血圧が上がると胎児に危険が及びかねない。

済州島の住民については、過去の研究で寒さと痛みへの強さに関連づけられた遺伝子変異体を持っている可能性がより高いことも分かった。ただ参加者がどれだけの低温に耐えられるかは測定しなかったため、当該の変異体が一年中海に潜れる海女の能力にとって重要なのかどうかの確証は得られていない。

イラルド氏によると、海女たちは雪の降る冬の間も海に潜る。しかも1980年代までは綿製の服を着るだけで、寒さから身を守るものは何もなかった。今後研究を深めることで、これだけ寒さに強い理由を突き止めたいと、同氏は語っている。

研究では、水に潜っている際の海女の心拍数が海女ではない女性たちより50%以上低いことも分かった。これは素潜りの最中、酸素を節約するのを助ける要因になるとみられる。海女たち以外で心拍数の低さは確認できなかったことから、訓練によって身についた特性であることが分かるとイラルド氏は述べた。

同氏が過去にインドネシアの漂海民を調査したところ、彼らは無酸素で長時間水に潜れる遺伝的適応を果たした結果、脾臓が異常に大きくなっていた。

済州島の住民の脾臓も韓国本土からの参加者より大きかったが、年齢や体格といった他の要因を考慮に入れるとその影響は有意なものではなかったという。

済州島の海女の平均年齢は70歳前後。訓練を積んで海女になりたいと考える若い女性は少ない/Xinhua/Shutterstock
済州島の海女の平均年齢は70歳前後。訓練を積んで海女になりたいと考える若い女性は少ない/Xinhua/Shutterstock

今回の研究が特定した遺伝子変異体で、血圧の低さに関係するものについては一段の調査を行うべきだと、アリゾナ州立大学スクール・オブ・ヒューマン・エボリューション・アンド・ソーシャル・チェンジのベン・トランブル准教授は指摘する。

「この遺伝子を持つ人々には、そうではない人々と比較して10%以上の血圧の低減が見られた。かなり顕著な効果だ」と、トランブル氏。「遺伝子はたんぱく質をコードするものなので、たんぱく質のどの変化が血圧に影響を及ぼすのかが分かれば、新薬を作り出すことが可能になるかもしれない」との見方を示した。トランブル氏は当該の研究に関与していない。

イラルド氏は今後も済州島の女性潜水士の研究を続け、医学的意味に関する知見を深めたいとしている。

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