中国政府のスローガン、ロンドンのストリートアート街に突如出現 抗議も落書きで対抗

壁にスプレーをする人。ジョージ・オーウェルの「動物農場」の引用文が書かれた/James Wendlinger/Getty Images

2023.08.09 Wed posted at 14:26 JST

ロンドン(CNN) 英ロンドン東部のストリートアート街として有名なブリックレーンが、中国政府の統制に対する抗議の場と化している。発端は、もともとあった落書きアートを塗りつぶす形で、中国共産党の理念を宣伝するスローガンが書き込まれたことだった。

スローガンは週末にかけて若い中国人アーティストのグループが赤いスプレー塗料で描いたもので、中国共産党の「社会主義核心的価値観」を表す「民主」「文明」「自由」「平等」などの漢字24文字で構成されていた。

中国の習近平(シーチンピン)国家主席が推進するこのスローガンは、中国全土でポスターや看板に表示され、国営テレビにも頻繁に登場する。

しかしこのスローガンが突如としてブリックレーンに現れたことや、死亡したストリートアーティストを追悼する作品も含めてもともとあったアートが塗りつぶされたことで、ショックを受けた地元アーティストが怒りを募らせ、習政権を批判して英国で暮らす中国人からも反発の声が上がった。SNSでも大きな注目を集め、論議の的になった。

中国のSNSには、若い中国人アーティストが表現の自由を行使したとして支持を表明し、中国の文化と価値観の「輸出」を賞賛するコメントが書き込まれた。一方で、同地のストリートアートを破壊して中国共産党のプロパガンダを宣伝したとして批判する声もあった。

ロンドンのイーストエンド地区にあるブリックレーンは、カレー店が立ち並ぶ華やかなアート街として知られており、即座に反発が巻き起こった。

6日までに、中国共産党のスローガンの上には習主席や中国共産党を批判する内容の落書きが塗り重ねられた。

「平等」の文字の上には、ジョージ・オーウェルの小説「動物農場」の一節を引用して「だが一部は他よりももっと平等である」と書き込まれた。「民主」「自由」の文字の前には「no」の文字が添えられた。

中国共産党の社会主義の核心的価値観が書かれた壁

香港や新疆ウイグル自治区、チベットに対する中国政府の弾圧や、1989年の天安門事件を非難する内容の落書きもあった。

ところが7日早朝、そうした全ての落書きが白いペンキで塗りつぶされて消滅した。

ロンドンのこの地域を管轄するタワーハムレッツ区は、迷惑な落書きや違法な落書きを禁止する方針に沿って、問題の落書きを消去したことを明らかにした。中国に関係する落書きのみを消して、同じ壁の別の部分や反対側の壁の落書きはそのまま残した理由は説明していない。

CNNが7日に現場を取材した際、白い壁に残っていたのは、過去数日の出来事を記した付箋(ふせん)のみだった。

しかし壁の沈黙は長くは続かなかった。

正午ごろ、香港出身の若い男性がスプレー塗料の入ったカバンを持って訪れ、白い壁に新しい落書きを描いた。男性が中国語で引用したのはミラン・クンデラの言葉だった。「権力に対する人間の闘いは、忘却に対する記憶の闘いである」

24歳のこの男性は匿名で取材に応じ、2019年に香港で民主化要求デモに参加した後、亡命を求めて英国に来たと説明。「中国で今起きていることは悲惨だ。だが政府は全ての記憶をかき消そうとしている」と訴えた。

7日午後には、壁は再び中国に関する新しい落書きやスローガンやポスターでいっぱいになり、観光客や地元住民が写真を撮っていた。

中国から英国に来て亡命を申請しているという活動家の男性は、過去2日間、ブリックレーンの出来事を見守り、人々と話をして過ごしたという。英国に滞在する中国人が一丸となって、中国共産党に対する反対意見を表明する様子を見て励まされたと話している。

中国の活動家は壁が中国共産党に批判的な人々を団結させたと語った

ブリックレーンの壁に中国共産党のスローガンを描いた人物の意図については、詳しいことは分かっていない。制作者はスローガンの隣に張った印刷文の声明の中で、自分たちを「自由な心をもつ中国人アーティストのグループ」と形容。「断固たる表現の自由を表したこの文字は、23年の中国でいまだ横行している思想、報道の自由、言論の自由に対する抑圧を無言のうちに思い起こさせる」と記していた。

だがこのグループの一人で「Yi Que」を名乗る人物は、インスタグラムに「西側の偽りの自由を脱植民地化するために、社会主義建設の手法を用いるとどうなるか見てみよう」と投稿し、声明とは別の動機をうかがわせた。

この投稿に対しては批判的なコメントが相次ぎ、「言論の自由の妨害は、言論の自由の一部ではない。専門用語を駆使しても、他人の作品の残酷な破壊は正当化できない」などと書き込まれている。

Yi Que氏は7日夕のインスタグラムの投稿で、自分に「政治的スタンスはない」と主張。「私は自分の国を愛しているが、それでも客観的に内省する権利はある」「状況が私の想像を越え、自分自身と自分の家族を守らなければならないところまでエスカレートした」と述べ、激しいネットいじめや殺人予告の標的にされていると訴えた。CNNは取材を申し込んだが返事はなかった。

壁は8日朝までに、再び白く塗りつぶされた。

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