消えゆく氷河に駆け込み観光 危険増大、死者も後を絶たず
だが細心の注意を払っても、事故や死者は増えるだろうとドーソン氏は予想する。「何もかも予想がつきにくくなっているから」
2018年の夏は1日で2人がアラスカの氷河をハイキング中に死亡した。32歳の女性はバイロン氷河から落下した氷の塊に直撃されて死亡。バルディーズ市近郊では、ワーシントン氷河を家族と一緒にハイキングしていた5歳の男の子が、落下した氷に当たって命を落とした。
2022年7月には、6万4000トンの水と岩と氷がイタリア北部のマルモラーダ氷河から分離した。続く氷の雪崩で、登山道をハイキングしていた11人が死亡した。
スイス・チューリヒ工科大学のマタイアス・フス氏によると、春から夏にかけての異常な暑さは、高山の氷河の大規模な融解につながった。そのために大きな隠れクレバスができて水がたまり、氷にかかる圧力が増し、やがて崩壊を引き起こした。
氷河でこうした出来事が起きたことは今まで一度もなかったとフス氏は言う。山の状況は急激に変化しているといい、「ずっと安定していると思われていた氷河が突如として危険になる」と同氏は話す。
セッラ峠から見たマルモラーダ氷河の眺め=2022年10月29日/Emmanuele Ciancaglini/Ciancaphoto Studio/Getty Images
氷河を案内するガイドは、急速に変化する情景の変化に対して常に対応を強いられる。
フス氏によると、数十年前は氷河の夏スキーが盛んだった。しかし今、氷河のスキー場はほぼ全て、夏は休業している。
アラスカ観光ガイドのシェルドン氏はかつて、夏の間はずっとアイスクライミングができる場所を見つけることができていた。しかし今では氷河が解けて氷の壁が2~3週間しかもたず、クライマーが別の場所へ移動を強いられることもある。
「あまりの消滅の速さについていけない」と同氏は言う。しかし氷河が縮小する一方で、観光客は増えている。シェルドン氏のツアーに対する需要は毎年20~30%増大しているという。
スウェーデン・リンネ大学のステファン・ゲスリング教授は「危険は間違いなく増大している」と指摘。危険には対処できると多くの人は考えているが、「正直に言うと、それはかなり甘い考えかもしれない」と話した。
実は観光客自身も氷河を大きな危険にさらしている。
目的地への到達に使用する航空機は、膨大な量の温室効果ガスを排出する。炭素汚染1トンあたり、北極の氷およそ2.8平方メートルを融解させるという研究もある。つまり、ニューヨークとアラスカのアンカレジの1往復で、北極の氷が6.5平方メートル失われる計算だ。
「こうした観光地が消えゆく理由が自分たちそのものにあるとは、普通は考えもしない」とゲスリング氏は言う。
シェルドン氏はよく、「気候変動を本当に信じていますか?」と質問されることがある。
そうした客に、2020年にバルディーズ氷河で起きたような1年に1.6キロも後退する氷河を見せると、変動を実感してもらえるという。
氷河が変化するにつれ、氷河観光も変化する。「氷山ツアーにはあと6~10年しか残っていないと思う」とシェルドン氏は話している。