台湾TSMC、悩みの種は「人材不足」 世界的な半導体需要の高まりで
台湾・台中(CNN) ほんの数年前まで、世界最大級の半導体メーカーである台湾積体電路製造(TSMC)の新入社員研修の手法はシンプルだった。それは、業務を教えることを任務とする上級エンジニアと新入社員がペアを組む「バディー制度」であった。
だが3年前、世界的な半導体不足と地政学的な緊張の高まりを受けて、同社は急成長を遂げ、すべてが変わった。何万人もの新入社員が早急に業務につけるよう、集中研修プログラムの作成が必要になった。
TSMCは2021年、台湾中部の台中市にある広大なサイエンスパーク内に新人研修センターを設立した。この施設は今、同社のグローバル展開のカギを握っている。
ムーアの法則(半導体のトランジスタ集積率は2年ごとに2倍になるという考え方)が支配する世界では、TSMCや同社顧客のアップル、エヌビディア、AMDなどにとってスピードは極めて重要だ。また、同社の米アリゾナ州での半導体製造が米製造業の活性化につながることを期待するバイデン米大統領にとっても重要なことである。
現在、台湾を拠点とするすべての新人エンジニアと一部の海外採用者は、8週間この研修センターで学ぶことが義務付けられている。CNNは最近、同施設を訪れた。
「今は新人に、より体系的に教育を行えるようになった。より早く学んでもらい、基礎をしっかりと築いてもらうことができる」と研修センターでインストラクターを務めるマーカス・チェン氏は述べている。「これは、何をするにも非常に効率的に行うべきだというTSMCのコアバリューの一つだ」
研修センターは、半導体製造を行う「ファブ」と呼ばれる製造工場のオペレーションをモデルにしている。
ある部屋では、回転するロボットアームが化学機械研磨として知られるプロセスで、半導体ウェハーをパッドに押し付けて洗浄と研磨を行う。別の部屋では、機械がウェハーのパックを天井まで持ち上げ、施設内を移動させる。
膨らむ課題
研修センターで訓練を受けたエンジニアは、台湾各地のTSMC工場に配置されるだけではない。一部のエンジニアは、同社のグローバル展開に向けた「種まき」に活用されるという。
同社の人事担当シニアバイスプレジデント、ローラ・ホー氏はCNNに対し、「すべての新工場には、最初に一定数の社員を台湾から派遣する」と語った。「何年もの年月が経ったら、駐在員を徐々に減らし、現地採用を増やしていきたいと考えている」
訓練センターは2021年に開設された/John Mees/CNN
世界で最も重要な企業とも呼ばれるTSMCは、スマートフォンから人工知能(AI)アプリケーションに至るまで、あらゆるものを動かすために使われる世界の超最先端半導体チップの推定90%を生産している。
高まる需要に応えることに加え、顧客との物理的な距離を縮める必要に迫られている同社は、米国、日本、ドイツに新工場を建設中だ。既存の工場は台湾のほか、中国東部と米ワシントン州にある。
今年2月、TSMCが熊本県に建設した日本初の工場が完成した。向こう数年以内にはアリゾナ州フェニックスに、より小型で高度なチップを製造する400億ドル(約6兆円)規模の工場を2棟開設する予定。また、38億ドルを投じて欧州初の工場をドイツのドレスデンにも建設する計画だ。
とりわけAIチップの需要が急増していることにより、半導体業界では人材が不足している。TSMCは昨年、アリゾナ州で建設中の工場の一つは、専門人材の不足によって生産開始が遅れると発表した。
コンサルティング会社イントラリンクでエレクトロニクス・組み込みソフトウェア部門の責任者を務めるスチュワート・ランドール氏は「優秀な人材を見つけることは常に課題であったが、ここ数年で世界が突然目を覚まし、半導体の重要性が認識されてからは、さらにその問題が大きくなっている」と述べた。
「工場の数と生産能力の拡大は、地政学だけでなく市場の需要とも関連している」と同氏は言い添えた。「つまりIC(集積回路または半導体)設計、IC製造、材料科学のスキルを持つ人材がさらに多く必要ということだ。各国はこの人材を求めて競い合っている」
TSMCのホー氏は、人材不足は同社が直面している主な課題の一つだと述べている。
「世界中で人材が不足している。グローバル展開を行うのであれば、多くの人材を確保する必要がある」と同氏は指摘した。
現在、同社の全世界の従業員は約7万7000人だが、数年以内にその数は10万人に達する見通しだ。
カルチャーショック
TSMCが抱える問題は有能な人材が不足しているということだけではない。アジアと西側諸国の間にある労働文化の違いへの適応という課題にも直面している。
台湾のエンジニアの給与は非常に高いものの、長時間労働や週末のシフト勤務など仕事は過酷だ。また、よくあることだが、台湾で地震が発生した場合、エンジニアは時間帯に関係なく、ただちに持ち場に戻ることが求められる。
訓練センターは半導体の製造工場に似せて作られている/John Mees/CNN
中華経済研究院台湾ASEAN研究センター所長のクリスティー・スー氏は、台湾の従業員は残業やオンコール勤務に慣れているかもしれないが、他国の従業員はそうではない可能性があると指摘した。
「チップの製造、さらにはテストやパッケージングなどは、非常に労働集約的な産業であるため、残業せざるを得ない」と同氏は述べた。「また、旧正月であろうとクリスマスであろうと、常に呼び出されることを覚悟せねばならない」
「このような労働文化は、台湾や日本をはじめとする東アジアの国では何世代にもわたって続いてきた。米国やドイツでこうした労働文化について話すと、大きな問題になってしまうだろう」(スー氏)
ホー氏は、TSMCがグローバル展開をするにつれて、同社は世界各地のチームを異なる方法でどのように効率的に管理するかについて学んでいる最中だと説明した。
「現地の慣習に適応し、社会的に受け入れられるようになる必要がある。ここはできても、現地ではできないこともある」とホー氏は語った。「台湾での管理方法を完全に他国で実施することはできない。米国では現地の文化に適応せねばならない」
「台湾の人々は指示に従おうとするが、米国では彼らが使い慣れている言葉で、その理由を説明する必要がある」と同氏は付け加えた。
議員を含む一部の台湾人の中には、海を越えて生産を多角化しようとするTSMCの動きを快く思わない人もいる。彼らは同社のグローバル展開が、世界の半導体大国としての台湾の重要性を低下させるのではないかと懸念しているという。
ホー氏はそうした懸念を否定している。
「台湾の強みがなくなるとは思わない。当社は依然として台湾に非常に集中しており、最先端技術は間違いなく台湾で生まれるからだ。強みを奪うのではなく、台湾が活躍できる場が広がり、グローバルに事業展開する方法を我々は学ぶことができる」(ホー氏)