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存在感放つ五輪選手のタトゥー、日本での歴史は複雑

首の後ろに彫られた過去の五輪3大会のタトゥー

首の後ろに彫られた過去の五輪3大会のタトゥー/Natacha Pisarenko/AP

かつて、タトゥーがタブーだった時代があった。米国においてさえ、それは犯罪者や社会に適合できない人間が入れるものとみられていた。

しかし1970年以降、タトゥーの人気は西洋社会を中心に高まり続け、その傾向は今夏の東京オリンピック(五輪)にも表れている。

定番の五輪のマークから鮮やかな青色のサメのイラストまで、今年のアスリートたちの身体を彩る図案は多岐にわたる。ただ、日本の一般社会で目にするものからは全くかけ離れている。そこではタトゥーは依然としてタブー視されているのが実情だ。

色鮮やかなサメのタトゥーを入れて五輪のトレーニングセッションに参加する競泳選手/Martin Meissner/AP
色鮮やかなサメのタトゥーを入れて五輪のトレーニングセッションに参加する競泳選手/Martin Meissner/AP

日本でのタトゥー(入れ墨)の歴史は長い。印バナーラス・ヒンドゥー大学の研究によると、最初に記録に登場する装飾目的の入れ墨は西暦247年にさかのぼる。

人気が拡大したのは江戸時代(1600年代~1868年)だ。米サンフランシスコ大学アジア太平洋研究センターによれば当時の入れ墨は木版画から派生した芸術形態と考えられており、最初期の彫り師たちはたいてい木彫家だった。江戸幕府は社会の下層階級の統制に力を入れ、どんな着物の使用を認めるかなどについても階級ごとに厳格なルールがあった。色とりどりの入れ墨は、下層の人々にとってそうした規制に反抗する一つの手段だったと、同センターは分析する。

女子バレーボールのドミニカ共和国代表、ブレンダ・カスティージョ選手。首や腕、手に多くのタトゥーを入れている/Manu Fernandez/AP
女子バレーボールのドミニカ共和国代表、ブレンダ・カスティージョ選手。首や腕、手に多くのタトゥーを入れている/Manu Fernandez/AP

明治時代の1872年、状況は変わった。入れ墨が西洋列強からの軽蔑を招くのを懸念した新政府は、入れ墨を入れる行為もそれを見せることも禁じた。伝統的な日本式のタトゥーは「和彫り」や「刺青(いれずみ)」とも呼ばれて現在よく知られるようになり、世界中で高い人気を誇るが、元は抑圧の対象だった。

ウィンドサーフィンのレースを戦うポーランド代表、ゾフィア・クレパツカ選手/Gregorio Borgia/AP
ウィンドサーフィンのレースを戦うポーランド代表、ゾフィア・クレパツカ選手/Gregorio Borgia/AP

それから1世紀近くたった1960年代、入れ墨は「ヤクザ」と呼ばれる暴力的な犯罪組織と結びつくようになった。ヤクザの構成員と入れ墨とのつながりは非常に強く、銭湯や温泉では入れ墨のある客の入場を禁じてヤクザを入れないようにする場合が多い。日本の多くの場所では、今もそうした措置が取られている。

近年では日本でもタトゥーの人気が高まっているとはいえ、状況は簡単ではない。

スケートボードの男子ストリートに臨む米国代表、ナイジャ・ヒューストン選手/Jae C. Hong/AP
スケートボードの男子ストリートに臨む米国代表、ナイジャ・ヒューストン選手/Jae C. Hong/AP

2017年、大阪地裁はタトゥーの施術に医師免許が必要とする規定を支持した。この規定は01年から施行され、国内で一部の彫り師を取り締まるのに使われていた。

規定自体は西洋でなじみがないが、特異なものというわけではなく、韓国にも同様の法律がある。しかし20年、日本の最高裁は大阪地裁の決定を覆し、医師免許なしにタトゥーの施術を行っても犯罪にはならないとの判断を下した。

女子サッカーのチリ代表、イエニ・アクニャ選手のタトゥー。カナダ戦の前のトレーニング中に撮影/Silvia Izquierdo/AP
女子サッカーのチリ代表、イエニ・アクニャ選手のタトゥー。カナダ戦の前のトレーニング中に撮影/Silvia Izquierdo/AP

ただ文化の面で、タトゥーはまだ必ずしも日本で好意的にみられているとは言えない。米国など西洋諸国でその存在感を増し、日本でも特定のサブカルチャーにおいて人気が高まってはいるものの、タトゥーには依然として非常に悪いイメージが付きまとう。アジア太平洋研究センターによれば、タトゥーを入れた人々はそれを隠すよう求められるケースもある。

競泳男子400メートルフリーリレーの米国チームの選手ら。26日のレースで金メダルを獲得し、歓喜に沸く/Matthias Schrader/AP
競泳男子400メートルフリーリレーの米国チームの選手ら。26日のレースで金メダルを獲得し、歓喜に沸く/Matthias Schrader/AP

悪いイメージがあろうとなかろうと、今年の五輪ではタトゥーが至る所にみられる。とりわけ五輪のマークは人気があるようだ。カナダの競泳選手だったビクター・デービスは、この伝統のきっかけを作った人物と広く信じられている。1984年、ロサンゼルス五輪に出場したデービスは、200メートル平泳ぎで世界新記録をたたき出した。胸には小さなメープルリーフのタトゥーがあった。4年後、米国の競泳選手のクリス・ジェイコブスはソウル五輪で3つのメダルを獲得した後、五輪のマークのタトゥーを入れた。デービスのタトゥーに触発されたと、米ラジオ局のWBURは伝えている。

伝統は後輩の選手たちによって受け継がれた。

女子板飛び込みのカナダ代表、ジェニファー・アベル選手の足には定番の五輪マークのタトゥーが/Odd Andersen/AFP/Getty Images
女子板飛び込みのカナダ代表、ジェニファー・アベル選手の足には定番の五輪マークのタトゥーが/Odd Andersen/AFP/Getty Images

過去の大会よりタトゥーを目にする機会が増えているのかどうか公式に確認する方法はないが、数多くの研究から少なくとも米国においてタトゥー人気は拡大の一途をたどっている。市場調査会社IBISワールドによれば、関連産業は今後も成長を続けると見込まれる。少なくとも部分的にはタトゥーに対する繰延需要がその要因で、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)を受けてタトゥースタジオが一時閉店したことが影響しているという。

それゆえに、五輪選手のタトゥーは今後も浸透し続ける公算が極めて大きいと思われる。

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