OPINION

カタールW杯、その実態に非難の声を上げよう

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開幕が迫るW杯だが、開催国のカタールに対しては人権侵害などを糾弾する声が出ている/David Ramos/Getty Images

開幕が迫るW杯だが、開催国のカタールに対しては人権侵害などを糾弾する声が出ている/David Ramos/Getty Images

(CNN) この11月は、世界中で数十億人がサッカーワールドカップ(W杯)の試合にチャンネルを合わせることになる。W杯は人類史上最も偉大なスポーツイベントの一つだ。その開催によって戦争は停止し、スポーツ界の聖人と罪人とが認定されてきた。世界中が一体となり、驚愕(きょうがく)のゴールや土壇場でのタックル、入念に演出された膝(ひざ)滑りのゴールパフォーマンスに酔いしれてきた。

ただ1つの問題は、今年の開催国がカタールだということだ。

カタールでは、ジャーナリストらが外国からの労働者の状況を調査したという理由で投獄されている。性的少数者は犯罪者として扱われる。女性が結婚や旅行、外国留学するには、ほとんどの場合男性の許可が必要だ。

加えてカタールの労働慣行は現代の奴隷制にたとえられてきた。報道によれば、W杯開催国に選ばれた2010年以降、カタールでは南アジア出身の出稼ぎ労働者が6500人死亡している。専門家はこれらの死者について、多くが大会のための建設工事に関連して亡くなった公算が大きいとしている。

6500人というのは最も少なく見積もった数字であり、実際の総数はほぼ間違いなくこれを上回る。なぜならこの中には、フィリピンやアフリカ諸国などカタールに労働者を送っている多くの国が含まれていないからだ。

(カタールは自国にやってくる出稼ぎ労働者の死亡率について、その規模と人口構成を考えれば予想の範囲内だと主張している)

近年、カタール当局は「複数の有望な労働改革プログラム」を導入したと、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは指摘する。それでも相当の欠陥が残っており、「広範な賃金の未払い」が発生しているほか、「数千人の出稼ぎ労働者の死因」も調べられていないという。

物議を醸した招致

カタールが純粋に利点のみでW杯招致を勝ち取ったなどと言い張るのはやめよう。結局のところカタールは、コネティカット州の面積より小さい半島だ。気温が極めて高く、夏の間にサッカーをするのは健康上のリスクとなりかねない。大規模なスポーツの国際大会を招致するのには最も不合理な土地柄だ。

それなら一体どういう経緯でカタールは選ばれたのか? 終わりのない一連の調査報道が主張するように、招致を勝ち取った手続きは不正だらけだった(カタールはこの疑惑を強く否定している)。

例えばフランスがカタールへの支持票を投じてから間もなく、カタールのスポーツ持株会社「カタール・スポーツ・インベストメント」がパリ・サンジェルマンFCを買収した。同時期、別のカタール企業は仏エネルギー・廃棄物処理大手ヴェオリアの株の一部を取得した。

言うまでもなく、カタールの政府系投資ファンドと関連するある企業は、欧州サッカー連盟(UEFA)の前会長ミシェル・プラティニ氏の息子を雇用した。縁故主義か? ひどいものだ。

我々の言葉を額面通りに受け取ることはない。ただ米司法省の元当局者でエリック・ホルダー元司法長官とチューリヒを訪れ、招致プロセスを目撃したマット・ミラー氏はこう語っている。「これまでのキャリアで目にした中で、最もひどい不正が行われていた。ちなみに私はニュージャージー州の政界で2~3年働いた」

冗談はさておき、こういったことの全てから以下の疑問が浮かび上がる。そもそもなぜカタールは、W杯招致を望むのか?

答えは、08年に開催された北京五輪の会期中の状況に期待しているからだ。そこでは自国の人権侵害をなかったことにし、世界的な舞台で輝く機会を得られる。W杯を招致することで、カタールは隣国のアラブ首長国連邦(UAE)と同様、国際的なイメージを打ち出したいと考えている。企業にとって開かれた国だと伝え、観光客や世界政治に関係する人々を歓迎したいとの思惑がある。

イメージを厳重に管理

こうしたイメージを確実に引き起こすため、カタールはあろうことか各国のテレビクルーに対し、当局の事前承認なしに撮影を許可しないと発表した。ロンドンに拠点を置く人権団体、フェアスクエアのジェームズ・リンチ氏が英紙ガーディアンに語ったように、こうした「異常なほど広範囲に及ぶ規制」は、メディアの仕事を極めて困難にする。何であれ試合そのものと関係のない事柄を取材するのは非常に難しくなるだろう。

(カタール大会の最高委員会はツイッターで発表した声明で、撮影許可について、国際的な慣行に従ったものだとの見方を示している)

人々がカタールのことを考えるとき、同国の指導者らが思い浮かべてほしくないのは、出稼ぎ労働者が猛暑の中で死んでいく場面だ。あるいは首都ドーハについて、近隣のドバイに比べ重要度で劣ると片付けられたくもない。彼らが人々の記憶に残したいと望むのは、華麗なドリブルでゴールに迫るリオネル・メッシを見たときの桁外れの興奮であり、ブラジルのゴールキーパー、アリソン・ベッカーによる物理法則を無視した指先セーブがもたらす凄まじい高揚感に他ならない。

そしてまさにそういったものを、カタールは今回のW杯の後で手にするだろう。我々が皆で力を合わせ、別の物語を伝えていかない限りは。そうした内容が語られることで、世界の関心がカタールでの非道な状況に向く。事態を注視する他の独裁政権に対する警告にもなる。我々は明確なシグナルを送り、専制君主らがソフトパワーを蓄えることなどできないのだと伝える必要がある。スポーツの持つ不滅の輝きを無理に引き寄せたところで、そんなことは不可能なのだと示さなくてはならない。

それはつまり、今大会が終わるまでに、試合を視聴するであろう一人一人、換言すれば50億人全員が、テレビには映らないカタール国内で何が起きているのかを確実に理解することを意味する。

代表チームにも責任がある

すでにこうした方向へ向けての積極的な動きもみられる。デンマーク代表によるモノクロの「抗議のユニホーム」は、力強い意見表明であり、カタール政府を激怒させた。W杯欧州予選の初戦で、ドイツ代表とノルウェー代表は「HUMAN RIGHTS(人権)」の文字が書かれたシャツを着用した。

一方、常に気難しいオランダ代表のルイス・ファンハール監督は、国際サッカー連盟(FIFA)が説明したカタール開催の理論的根拠を「でたらめ」と一蹴した。お見事。

こうした動きは、ほんの出発点でなくてはならない。

代表チーム、もっと言えば当該の政府も、カタールに説明責任を求めることができるし、そうする必要がある。最も重要な措置は、ヒューマン・ライツ・ウオッチによるそのものずばりの「#PayUpFIFA」キャンペーンを支持することだ。これはカタールとFIFAに対し少なくとも4億4000万ドルの支払いを求める取り組みで、支払先は大会準備中に負傷もしくは死亡した出稼ぎ労働者の家族となる。4億4000万ドルは、W杯で贈られる賞金と同額。心あるクラブならどこも強力に支持するはずだ。

この点で、米国サッカー連盟はひっそりと#PayUpFIFAキャンペーンへの支持を表明しているものの、問題自体への発言はほとんどない。世界で最も裕福な国として、主要な軍事基地をカタールに置く米国には、こうした価値観を擁護することが特段に義務付けられている。現政権の公約が湾岸諸国の専制君主に責任を課すと謳(うた)っているならなおさらだ。

英イングランドのフットボール協会(FA)も、同様に反応が鈍い。欧州各国の協会がカタールに対し「単にTシャツを着る」以上の形で非難の声を上げると約束したにもかかわらず、FAは虹の柄のアームバンドを着けることで手を打った。これではまさに文字通りの意味で、Tシャツ以下の対応にしかならない。

全ての代表チームは取り組みを強化しなくてはならないし、選手にも果たすべき重要な役割がある。我々には想像することしかできないが、出場選手にはすでに相当のプレッシャーがかかっている。彼らはこの瞬間を子どもの時から夢に見て、血のにじむような厳しい戦いに臨み、多くのものを犠牲にして夢の実現を目指してきた。

ボールを蹴り始めた時点で、彼らはいずれ人権について声を上げなくてはならないと考えていたわけではない。それでも一方で、スポーツ選手による活動には長年の伝統がある。トミー・スミスとジョン・カーロスはメキシコ市で拳を突き上げた。マンチェスター・ユナイテッドのマーカス・ラッシュフォートは英国で、子どもたちが飢える状況と戦っている。

全ての選手が声を上げなくてはならないというのではない。ただ声を上げる選手は支持されるべきだし、その内容は広く伝えられるべきだ。サッカルーズの愛称で知られるオーストラリア代表のように。彼らはカタールで苦しめられている労働者に向けた状況の改善と、あらゆる同性関係の非犯罪化を呼び掛けた。

スポーツの未来

結局のところ、これはW杯の話にとどまらない。民主主義と人権を信じる人々が独裁政権に対して、愛するスポーツの乗っ取りを許すのかどうかという問題だ。サウジアラビアはすでに、LIVゴルフやプロレスのWWEを通じ、スポーツによる自国のイメージの浄化を図っている。ロシアとバーレーンは、フォーミュラワン(F1)でそれを試みた。しかしもし我々が、世界的な舞台でカタールに抵抗するなら、次世代の専制君主らにより大きな懸念を抱かせることができるかもしれない。彼らは08年の北京の瞬間を渇望するよりも、22年のカタール式の屈辱に不安を覚えるようになるだろう。

ファンにもできることがある。自分たちのソーシャルメディアを使ってカタールの人権侵害に注意を呼び掛けるほか、サッカー協会に圧力をかけて#PayUpFIFAキャンペーンへの支持を公表させる。

我々の活動で、FIFAの分析を変えることも可能だ。カタールのような国にW杯の開催権を与える傾向は薄れるかもしれない。それによって数年にわたるボイコットや抗議運動、ネガティブ報道にさらされると理解すれば、彼らも考えを改めるだろう。

これは重要な意味を持つ。なぜなら全てのサッカーファンが知っているように、W杯は単なる大会以上のものだからだ。それは世界中が影に覆われる天文現象さながら、地球全体を一度に、1カ月にわたって直撃する。

その唯一無二の舞台に立てば、各国は激しい試合を戦った後も握手を交わすことができる。そこに体現されるのは、我々の最高の姿に他ならない。すなわち、素晴らしい多様性と、共通の人間性だ。

権威主義的な国々がこうした大会を我が物にしたがるのは驚くに値しない。まさにその点にこそ、我々がそれを許してはならない理由がある。

ロジャー・ベネット氏は米スポーツメディア「Men in Blazers」の創設者で、書籍「Gods of Soccer」の共著者。トミー・ビーター氏はオバマ元大統領の報道官としての経歴を持ち、現在は外交政策に関するポッドキャスト番組の司会を務める。両氏は2022年W杯カタール大会を検証するポッドキャスト番組を共に手掛けた。記事の内容は同氏個人の見解です。

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