OPINION

安倍元首相暗殺、まさに青天の霹靂

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安倍晋三元首相の暗殺は、平和主義を掲げ銃の暴力がまれな日本という国に衝撃を与えた/The Asahi Shimbun/Getty Images

安倍晋三元首相の暗殺は、平和主義を掲げ銃の暴力がまれな日本という国に衝撃を与えた/The Asahi Shimbun/Getty Images

(CNN) 安倍晋三元首相(67)が8日、選挙演説中に暗殺されたというニュースはまさに青天の霹靂(へきれき)だった。世界の人々にとって衝撃的だったとすれば、日本にとっては破壊的だったと言ってよい。同国では銃による暴力というものが基本的に存在しない。安倍氏殺害の恐ろしさはいつ起きたとしても変わらなかっただろうが、世界が危機のただ中にあり不安定化している、とりわけ民主主義が攻撃にさらされているとの感覚は現状で一段と増している。

フリーダ・ギティス氏
フリーダ・ギティス氏

事件からまだ間がなく、暗殺者の動機は分からない。しかし今世紀に入ってからの日本で最も有名な政治家であり、歴代最長の首相も務めた人物が暴力によって死亡した同じ時期、米国では政治的暴力を含む暴力事件が急増。さらに民主主義国として未成熟のウクライナは、その存亡をかけて侵攻する軍隊と戦っている。攻め込んでいるのは、反民主主義の傾向を一段と強める好戦的なロシアだ。また事件のわずか数時間前には、英国の首相が辞任した。ウクライナ支援で重要な役割を果たしたこの人物にはまだ後継者がいない。さらにほんの1週間前には、独裁主義的テクノロジーの輸出国たる中国が香港返還25周年を祝った。同地域の民主主義を破壊したうえで迎えた節目であり、批判的な立場の人々からは当初の約束に反しているとの声が上がっている。

こうした流れの中、日本という民主主義国の傑出した政治家が殺害された。

41歳無職の山上徹也容疑者が、奈良市の鉄道駅の前で小規模の群衆に向かって選挙演説をしていた安倍氏に近づき、手製の銃を発射した。容疑者の動機が何であれ、多くの日本人は安倍氏の殺害を民主主義への攻撃と受け止めている。

安倍氏の実弟、岸信夫防衛相は銃撃を民主主義に対する冒涜(ぼうとく)と非難。国内のソーシャルメディアでは「#私たちが求めているのは民主主義であって暴力ではない」というスローガンが事件のほぼ直後にトレンド入りした。

これが米国で起き得るような無差別殺人ではないかと考える者は1人もいなかった。理由は被害者及び参院選の投票日2日前というタイミング、さらに日本では銃撃による死者がほぼ皆無という事実だ。

この点で米国とのあまりの違いに唖然(あぜん)とさせられる。シドニー大学公共衛生大学院の集計データによると、2018年に日本で報告された銃器による死者は総計9人。米国では同年3万9740人が銃で亡くなっている。

ジャパンタイムズ紙は8日付の主要な社説で、皮肉にも当初掲載予定だった原稿は米国の銃暴力を非難する内容だったと明かした。実際に掲載した社説では安倍氏の暗殺を取り上げ、民主主義国において「元首相の殺害は我々全員への攻撃」になるとの主張を展開した。

同じく皮肉なことに、社説は以下のようにも指摘する。日本で銃による暴力がないのは同国の厳格な銃規制法によるところが大きいが、その法律を書いたのは第2次世界大戦後にやってきた米国の占領軍だったと。

政治家の殺害は常に衝撃的だが、安倍氏の死の反響が広がる理由は同氏が日本及び世界の政治に極めて大きな影響力を及ぼしたためだ。安倍氏は物議をかもす立場をとることも厭(いと)わず、強力な支持と辛辣(しんらつ)な批判の両方を国内外で受けてきた。

中国との関係は極めて緊迫したものだった一方、米国とは密接な関係を築いた。

2016年にはトランプ氏が米大統領に選ばれたわずか数日後にニューヨークへ飛び、外国の指導者として初めてトランプタワーでの直接の面会を果たした。

米国との関係を継続的に強化する一方で、共通の潜在的脅威である中国と北朝鮮からも目を離すことはなかった。8日の声明で米国のブリンケン米国務長官は安倍氏を称賛。「類まれなパートナー」として米日関係を「新たな高みへ」引き上げたと述べた。フランスのマクロン大統領は安倍氏について「偉大な首相であり、世界に均衡をもたらそうと尽力した」と評価した。

中国はこれとは逆に、安倍氏に対して大いに不満の念を抱いていた。4月、安倍氏はロサンゼルスタイムズ紙への寄稿でロシアによるウクライナ侵攻後の情勢に言及。今こそ米国は態度を明確にし、中国によるいかなる侵攻の試みからも台湾を守る意思を示すべきだと主張した。

中国はこれに怒りを込めて対応。ロサンゼルスの中国総領事は同紙への文書を通じ「当該の論説記事の著者による発言は無責任」であり、「大国同士の衝突を引き起こす」恐れがあると警告した。驚くことではないだろうが、中国のソーシャルメディアでは多くのユーザーが、ナショナリズムの強さから安倍氏の死を喜ぶ反応を示した。それでも中国外務省の趙立堅報道官は弔意を表明し、「我々は予期せぬ出来事に衝撃を受けている。安倍晋三元首相は中日関係の改善と発展に貢献してきた」と述べた。

内政では、安倍氏の掲げた有名な経済政策「アベノミクス」が奏功し、日本経済は景気の低迷期を脱した。ただ同氏の看板政策の中心だった防衛は、一部の層からは人気を博したものの、別の層はこれを断固として拒絶した。安倍氏は日本が極度に制限された「自衛隊」ではなく通常の軍隊を持つことを望んでいた。自衛隊は米国が草案を作成した第2次大戦後の日本国憲法の概念によって規定されている。しかし先の大戦の傷痕がいまだ拭い切れていない中で、安倍氏の計画は激しい抵抗に遭い頓挫。同氏によりナショナリズム感情は強まっていたものの、憲法の改正が実現するには至らなかった。

現在の日本は多くの民主主義国と同様、混乱に直面する。我々が安倍氏の殺害から何を学ぶにせよ、それは隔絶した状況下で起きているのではない。我々が今生きているのは政治の両極化の時代であり、社会不安、暴力拡大の時代だ。平和主義を掲げ、ほとんど銃と縁のない日本でさえ、このような経験をした。安倍氏の殺害は日本にとっての喪失にほかならないが、この不穏な世界を生きるそれ以外の国々もまた、同じ思いを抱いている。

フリーダ・ギティス氏は世界情勢を扱うコラムニストでCNNのほか、米紙ワシントン・ポストやワールド・ポリティクス・レビューにも寄稿している。記事の内容は同氏個人の見解です。

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