頭蓋骨骨折乗り越え「世界最速の人間計算機」に、20歳が掲げる「クールな数学」 印

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弱冠20歳にして初出場で暗算の世界大会を制したインドの「最速計算機」、バヌ氏/Asim Patel

弱冠20歳にして初出場で暗算の世界大会を制したインドの「最速計算機」、バヌ氏/Asim Patel

(CNN) 5歳の時に交通事故に遭い、頭蓋骨(ずがいこつ)骨折の重傷を負ったニーラカンタ・バヌ・プラカシュ氏は、20歳になった現在、世界トップクラスの数学的頭脳の持ち主として知られている。母国インドでは「世界最速の人間計算機」の異名をとる。

たとえば8億6946万3853に73を掛けるといくつかという問題に対して、バヌ氏が正答(634億7086万1269)を導き出すのに要する時間はわずか26秒。普通の人が計算機を取ってくる間にもう解き終えているくらいのスピードだ。

インド人による世界記録を集めたギネス・ワールド・レコーズのインド版「リムカ公式記録」は、バヌ氏が頭で数字を処理する能力について、常人の約10倍の速度だとしている。

バヌ氏本人は、極めて複雑な数字であっても個々の計算を「構造的に実践」していけば正解にたどり着けると指摘する。

「たとえば8763の8倍の値を求めようとしたとする」「その場合はまず8000の8倍が64000、700の8倍が5600、60の8倍が480、3の8倍が24とそれぞれ掛け算していき、最後にすべてを足し算する。ただその間すべての数を頭で覚えていなくてはならない」(バヌ氏)

バヌ氏によればこのやり方は一般的な計算法と極めて近いが、自身は脳の最適化を行うことで、それをよりよいものにしているという。脳を訓練しているうちに、そうした特定のプロセスを実行できるようになると、同氏は語る。

数学の大会で獲得した数々のトロフィーと写真に収まる10歳のころのバヌ氏/Neelakantha Bhanu Prakash
数学の大会で獲得した数々のトロフィーと写真に収まる10歳のころのバヌ氏/Neelakantha Bhanu Prakash

先月15日、ロンドンで開かれた「マインド・スポーツ・オリンピアード(MSO)」の暗算の世界選手権で、バヌ氏はアジア人として初めて金メダルを獲得した。23年の大会の歴史の中で、欧州以外から出た最初の優勝者ともなった。

初出場の今大会で、バヌ氏は13カ国から参加した29人の対戦相手を打ち破った。その計算速度はすさまじく、審判団が追加の問題に解答させることで正確さを見極めようとしたほどだった。

バヌ氏を「天才」と呼ぶ向きもあるが、本人は自身の数学的才能についてあくまでも努力と経験を通じて獲得した能力であり、降ってわいたように身についたものではないと強調する。

命にかかわる大けが

5歳だった2005年、いとこの運転するスクーターに同乗していたバヌ氏は、スクーターがトラックと衝突した拍子に転げ落ち、頭を道路にたたきつけられた。

結果は頭蓋骨骨折。85針縫う大けがを負い、複数の手術を受けた。医師は医療上の必要から昏睡(こんすい)措置を施し、バヌ氏はおよそ7日間、目を覚まさなかった。

意識が戻ると、医師はバヌ氏の両親に、頭部の損傷のため認知機能に障害が残る恐れがあると告げた。

翌年を寝たきりで過ごしたバヌ氏は「あの事故をきっかけに、楽しいと思うものの定義が変わった。今の自分があるのはそのためだ」と、当時を振り返る。

回復の過程で、バヌ氏はチェスを覚えたりパズルを解いたりしながら脳の機能を保とうとした。やがて、数学の問題にも取り組むようになった。

「丸一年、学校に通うこともできなかった。回復するためには数字やパズルに頼るしかなかった」(バヌ氏)

頭部のけがで「ひどい見た目の傷痕」が残ったが、得意なものができたと感じていたバヌ氏には前向きな自信が芽生えていた。

07年には、南部アンドラプラデシュ州で開かれた年齢別の計算競技会で3位に入った。わが子の成績に、父親は涙を浮かべていたという。

それ以降、バヌ氏は全国規模のものを含む複数の競技会で優勝。13歳からは国際大会のインド代表にも選ばれ、これまで計算速度など4つの部門での世界記録を更新している。

頭部には今も傷痕が残るが、バヌ氏はそのことに左右されない生き方をしようと決意した/Asim Patel
頭部には今も傷痕が残るが、バヌ氏はそのことに左右されない生き方をしようと決意した/Asim Patel

数学をクールに

バヌ氏は、現在情熱をもって取り組む目標として「数学恐怖症をなくすこと」を挙げる。数学に対し恐怖に似た感情を抱く人は多いが、計算する機会を避けるようになってしまうと、人生の選択にマイナスの影響を及ぼす事態も起こりうる。

02年の研究によれば、数学への苦手意識が高い人の場合はこれを避ける傾向が強く表れる。それは本人の数学的能力の低下につながり、ひいては重要なキャリアへの道筋を閉ざしてしまう恐れもあるという。

18年、バヌ氏は「エクスプローリング・インフィニティーズ」と名付けた教育団体を立ち上げた。目的は数学を格好いいものにすることだ。そこでは数学のやりがいや面白さ、人を夢中にさせる要素を引き出すため、参加者らの認知能力の発達過程を算数ゲームによって記録していく。

団体への登録者数は50万人。インド国内で草の根レベルの活動を行っており、新型コロナウイルス感染拡大前にはバングラデシュとインドネシアでも数学のための短期集中講座を開講した。デジタル版の教育プログラムには、英国や米国からも学生が参加している。

若くて有望な次世代の数学者の育成にも取り組む/Neelakantha Bhanu Prakash
若くて有望な次世代の数学者の育成にも取り組む/Neelakantha Bhanu Prakash

MSOの最高経営責任者(CEO)を務めるイータン・イルフェルド氏は、バヌ氏の取り組みを称賛。誰でも数学の力を伸ばすことが可能であり、世界をより良い場所にできるのだという思いがそこに込められていると指摘した。

バヌ氏は「どんな国でも国際的に発展、繁栄しようとすれば、初歩的な計算能力は読み書きの能力と同じくらい重要になる」としたうえで、「インドでは公立校で学ぶ生徒の4人中3人が、数学の基礎的理解に問題を抱えている」と懸念を示した。

上記の団体などの活動に注力するため、今後数学の競技大会には参加しないかもしれないというバヌ氏。「数学界の顔になりたいわけではない。そういう人たちはもう大勢いて、並外れた能力を持っている。私は、数学恐怖症と闘う活動の顔でありたい。それだけだ」と語った。

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