30年間給料が上がらない日本の労働者、企業への賃上げ圧力高まる

東京・銀座の街路を往来する人々=2022年11月27日撮影/Yuichi Yamazaki/AFP/Getty Images

2023.02.05 Sun posted at 13:51 JST

香港/東京(CNN) 時吉秀弥氏(54)が英語教師としてのキャリアを東京でスタートしたのは、およそ30年前のことだ。

それ以降、同氏の給料はほとんど横ばいだった。そこで3年前、昇給への望みに見切りをつけ、本の執筆を始めることにした。

本を書いて売ることで新たな収入源を得ているのを幸運に思うと、時吉氏はCNNに語る。それがなければ賃金はいつまでも上がらなかっただろうとし、おかげで何とかやっていくことができたと振り返る。

時吉氏を含む世代の日本の労働者は、その職業人生を通じほとんど賃上げの経験がない。現在、数十年に及ぶデフレの後の物価上昇を受け、世界3位の経済大国は生活水準の低下という重大な問題の考察を余儀なくされている。企業もまた、賃上げへの強い政治的圧力に直面する。

岸田文雄首相が企業に強く求めるのは、従業員を支援して生活費の高騰についていけるようにすることだ。先月、岸田氏は企業にインフレの水準を超える賃上げを要請。一部企業は、既にこうした呼びかけに耳を傾けている。

日本の消費者物価指数(生鮮食品を除く、コアCPI)の推移

世界の他地域と同様、日本でもインフレは主要な頭痛の種となっている。昨年12月の消費者物価指数(生鮮食品を除く、コアCPI)は前年同月比で4%上昇した。欧米に比べると依然として低いものの、日本国内では41年ぶりの高水準となる。国民が比較的慣れているのは、物価下落の方だ。

「名目賃金が30年以上増えていない国では、(インフレの)結果として実質賃金が相当急速に下がっていく」。ムーディーズ・アナリティクスの東京在勤シニアエコノミスト、ステファン・アングリック氏はCNNの取材に答え、そう指摘した。

先月発表された昨年11月の賃金は、インフレの影響を考慮した実質で、過去10年近くでの最大の下落幅を記録した。

長期にわたる問題

経済協力開発機構(OECD)によると、2021年の日本の平均年収は3万9711ドル。これに対し1991年は3万7866ドルだった。

今年1月、東京のスーパーで野菜を買う人々

つまり労働者の賃金上昇率は5%に満たないことになる。一方でフランスやドイツといった他の主要7カ国(G7)は同時期で34%の賃金上昇を記録している。

米ドル換算で見たG7各国の平均年収の推移(OECD調べ)

専門家らによれば、賃金の停滞には一連の理由がある。日本は長く、今とは真逆の問題に苦しんできたというのがその一つ。つまり物価の下落だ。90年代半ばに始まったデフレは、輸入コストを押し下げる円高と国内の資産バブルの崩壊が原因だった。

「過去20年間、基本的に消費者物価インフレには変化がなかった」。OECDで日本担当エコノミストを務めるミュゲ・アダレット・マクガワン氏は、そう指摘する。

その上で、現在まで消費者は財布に打撃を受けることがなく、賃上げを求める必要も感じていなかったと付け加えた。

しかしインフレの高まりを受け、人々は給料が上がらないことに対する強い不満を口にし始める公算が大きいと、東京大学の山口慎太郎教授(経済学)は予測する。

変わりゆく労働市場

専門家らは日本の賃金が抱える問題について、他にも伸び悩む指標があるとみている。即ち生産性だ。

労働者が1時間当たりどれだけの成果を国内総生産(GDP)にもたらすかで計算される労働生産性は、日本の場合OECDの平均を下回る。山口氏によれば、おそらくはこれが賃金の上がらない最大の理由だという。

マクガワン氏は「一般的に、賃金と労働生産性は共に上昇していく。生産性が上がれば企業の業績は伸びる。そうなったときに企業はより高い賃金を提示できる」と説明した。

同氏によれば、日本の人口の高齢化もまた問題となる。労働人口の高齢化は、生産性及び賃金の低下とイコールになる傾向があるからだ。加えて人々の働き方にも変化が生じている。

マクガワン氏によると2021年、日本の労働人口全体の4割近くがパートタイムや非正規雇用だった。この比率は約2割だった1990年から上昇している。

「こうした非正規雇用の割合が増えれば、当然平均賃金も低いままになる。彼らの給与は正規雇用より少ないからだ」(マクガワン氏)

「終身」雇用

日本独特の労働文化が賃金の低迷につながっているというのがエコノミストらの見方だ。

多くの人々は伝統的な「終身雇用」制度の下で働いている。そこでは企業が並々ならぬ努力によって従業員を定年まで雇用し続けると、ムーディーズのアングリック氏は指摘する。

その場合企業は、業績好調時の賃上げに極めて慎重になることが多い。厳しい時期に従業員を守る資金を確保するためだ。

英語教師として働いた30年間、ほとんど給料が上がらなかったという時吉秀弥氏

「企業は従業員を解雇したくないのでバッファー(余裕分)を必要とする。危機が直撃しても雇い続けられるように」(アングリック氏)

成果よりも役職や勤続年数に基づいて賃金が決まる日本の年功序列型の給与システムは、職を変える意欲を低下させる。他の国の場合、転職は賃金の押し上げに寄与すると、マクガワン氏は分析する。

日本を専門とする有力なストラテジスト、投資家として知られるイェスパー・コール氏は以前、CNNの取材に対し「日本の労働市場における最大の問題は、年功序列型の給与体系にこだわりすぎることだ。真に成果に基づく給与体系が導入されれば、転職やキャリアアップが格段に増えるだろう」との見解を示していた。

企業への圧力

先月、岸田首相は経済が危機に瀕(ひん)していると警告。このまま賃上げが物価上昇に追いつかない状況が続けば、日本は(景気後退と物価高が同時に進む)スタグフレーションに陥る恐れがあると述べた。

年3%以上の賃上げは、既に岸田政権の掲げる中心的な目標だった。今や同首相はさらに一歩踏み込み、より形式化されたシステムの創設を計画している。

詳細を問われた政府の報道官はCNNに対し、新しい包括的な経済対策の一環として、賃上げに向けた支援を拡大する意向を示した。それは労働生産性の向上と一体化したものになるという。

当局は企業向けのガイドラインを6月までに公開する方針だ。厚生労働省の関係者が明らかにした。

一方、国内最大の労働団体である日本労働組合総連合会(連合)は、各企業の経営陣と行う今年の協議で5%の賃上げを求めている。年次の労使交渉は今月始まる。

声明の中で連合は、交渉に力を入れていくと強調。労働者の賃金は世界の基準を下回っており、物価上昇の中で支援が必要な状況だからだとした。

既に行動を起こしている企業もある。カジュアル衣料大手「ユニクロ」を運営するファーストリテイリングは先月、国内の賃金を最大40%引き上げると発表した。近年の国内での報酬が低い水準にとどまっていたことを認めた上での措置だ。

同社の広報担当者はCNNとのインタビューで、国内のインフレもひとつの要因だとしつつ、主な狙いは従業員の報酬を世界基準にそろえ、競争力を高めることだと説明した。

先月公開されたロイター通信の調査によると、日本の大企業の半分以上が年内の賃上げを計画しているという。

大手飲料メーカーのサントリーは、そのうちの1社になるかもしれない。

商品の並んだ東京のスーパーマーケットに入る消費者=2022年12月23日撮影

サントリーホールディングス(HD)の新浪剛史社長は、約7000人の日本の従業員に向けて6%の賃上げを検討している。広報担当者が明らかにした。実現するかどうかは、組合との交渉次第だという。

このニュースを契機として、他の企業も後に続く可能性がある。

東京大学の山口教授は、日本の大手企業の一部が賃上げに踏み切れば他社も多数がこれに続くだろうと予測。競争力を維持するためにも、多くの企業は他社の動向を注視しているとの見解を示した。

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