戦争の実情知らぬロシア国民、ジョージ・オーウェル風のメディア報道に囲まれ

ドネツクとルハンスクの「人民共和国」の承認に関する国家安全保障会議でのプーチン氏発言を見守る女性=2月21日、サンクトペテルブルク/Anatoly Maltsev/EPA-EFE/Shutterstock

2022.04.04 Mon posted at 20:30 JST

(CNN) 悲痛な映像は、西側諸国の視聴者がウクライナの戦争で目にしているものとそっくりだ。1人の老婦人が分厚いコートで寒さをしのぎ、村を襲ったロケットで焼き尽くされた木造の家の前で泣きながら立ち尽くしている。「彼らに全てを破壊されました!」と老婦人は叫ぶ。「跡形もありません」

だが、これはロシア国営テレビ局「ロシア24」の映像だ。村を襲ったのはロシア兵ではなく、ウクライナ兵だと報じられている。ロシア人特派員はウクライナ兵を「ナショナリスト」と呼ぶ。民間人を「人間の盾」に使う「ネオナチ」「ファシスト」「薬物中毒者」だと言うリポーターもいる。

戦争のニュースはほぼ全て、ウクライナ東部の分離派地域ドンバス地方、ドネツクとルハンスクの自称「人民共和国」から発信されている。主にロシア語が話されているこの地域を、ロシアは2月21日に独立小国家として承認した。

これがロシアのウクライナ侵攻の引き金となり、ロシア政府に侵攻の口実を与えるものとなった。ロシア側は差し迫るウクライナの攻撃から両国を「保護」するしか選択肢がなかったと主張している。とあるニュースの言葉を借りれば、「非ナチ化を実現するには軍事作戦しかなかった」ということだが、ウクライナ側はロシア側の主張を強く否定している。

ロシアのメディアでは、世界中の人々が目の当たりにしているウクライナの他の地域での戦闘はおおむね無視されている。ロシアの爆撃を受けて荒廃したマリウポリ。ロシアの空爆で破壊され黒焦げの住居や建物の残骸が残るハルキウ、チェルニヒウ、ヘルソン、ジトーミルなどの街。血まみれの住人が混乱状態でロシアの砲撃を逃れている首都キーウ(キエフ)周辺の住宅地。こうした光景はロシアのテレビではほとんど報じられない。報じられたとしても、ウクライナ軍の所業とされている。ここ最近ロシア軍が苦戦を強いられていることについても、正確な報道は全くなされていない。

報道は感傷的で、しばしば怒りに満ちた非難や威嚇がにじむ。ロシアの人気トーク番組では司会のウラジーミル・ソロビヨフ氏が欧米を激しく非難し、プーチン大統領が側近からウクライナでの戦況を知らされていないとする米メディアの報道を鼻で笑う場面もあった。

「我々がどんな答えを用意しているか、あなた方はまだわかっていない。アメリカの同志よ、あなた方は今後どうなるか知らないし、知りたくもないだろう」

アゼルバイジャンの首脳と会談するプーチン大統領=2月22日

プーチン大統領もテレビでは感情をあらわにした物言いをしてきた。それはバーチャルで行われる安全保障会議や、コロナ感染の可能性を避けるために滑稽なほど長いテーブルの反対側に閣僚を座らせた対面会議でも同様だ。

プーチン氏はある演説で、欧米の目標はただひとつ、「ロシアの破滅だ」と語った。

「だが誰でも、とりわけロシア国民は」と視聴者を安心させるかのように言葉を続け、「つねに真の愛国者とクズや売国奴を見分けられる。そうした奴らは、口に飛び込んできた蚊のように吐き捨てるまでだ」と語った。

だがプロパガンダがあふれる閉鎖された世界では、高揚感が一貫した論理の欠如を補うとは限らない。プーチン氏はウクライナが本当は国家でなく、歴史的にロシアの一部だったと主張する。昨年夏に公表された冗漫な論文でも、ウクライナ人とロシア人は同じ民族だと述べた。だがプーチン氏本人が命じた戦争で、ロシア人は自分たちの「同胞」ウクライナ人を殺している。

ニュース速報にちりばめられた短い映像は、ウクライナ侵攻への支持をかきたてる狙いがある。そのひとつが、「Z」の形に隊列を組む熱心な若者の姿だ。「Z」はウクライナ侵攻の非公式なシンボルで、戦闘地域ではほぼ全ての戦車や装甲車に描かれている――本国ロシアでは、侵攻に異を唱えるロシア人の家のドアにスプレーで描かれることもある。

別の「決起集会」の動画には、ごく一般的なロシア人とおぼしき人々の短い言葉が引用されている。「大統領を支持します!」と発言する男性や、「国民を守るという大統領の政策に全面的に賛成です」と宣言する者もいる。暗い表情で「NATO(北大西洋条約機構)に近づいてほしくない」と言う者もいる。最後の発言者は「みんなで団結しよう!」と呼びかけている。

ジョージ・オーウェルの小説の世界にいるように、ウクライナの戦争は「特別軍事作戦」としか呼ぶことができない。3月4日に可決された法律により、この戦争を「戦争」「攻撃」「侵攻」と表現することは違法とされた。違反者は最高禁錮15年の刑に処せられる場合もある。ロシア軍や「作戦」について「フェイクニュース」とみなされる報道をした報道機関もその対象だ。

戦争に対する反対意見は、ロシアのマスメディアではまったく見受けられない。戦争開始後の数週間にロシア国内で勃発し、1万5000人以上が拘束または逮捕された反戦抗議デモも、国営テレビでは一度も放映されていない。

警察が抗議する人を取り押さえる様子。国営テレビでは抗議デモは放映されない=13日、モスクワ中心部

情報の鎖国

長年プーチン政権は、ロシアの自由な報道を入念に排除してきた。戦争が始まり、新たに「戦争表現禁止」法が可決されると、残る2つの独立系メディア「TVレイン」と「エコー・モスクワ・ラジオ」も閉鎖した。どの放送局も直接、あるいは親政府派のオーナーを通じて政府の管理下に置かれている。一部の若者を除く大半のロシア人は、テレビからニュースや情報を入手している。

フェイスブックやツィッター、インスタグラム、その他海外のソーシャルメディアプラットフォームなど、インターネット上の情報源はブロックされている。BBCやラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティなど、ロシア語で放送している国際報道機関も同様だ。

情報の鎖国は、大統領が起こした戦争が正当だとロシア人を納得させるのにある程度成功しているようだ。「ナチスがウクライナを支配している」「ドンバス地方のロシア系住民は『大量虐殺』の被害者だ」「ロシアこそがNATOの攻撃で死の危機に瀕(ひん)している」といったうそをまき散らすプロパガンダを浴びせられていては、大勢のロシア人が戦争を支持するのも無理はない。

事実、独立調査機関レバダセンターが3月に行った世論調査によると、戦争以降プーチン大統領の支持率は上昇し、大統領を支持するという回答は1月の69%から83%に増加した。だが国民が大量のプロパガンダにさらされ、反対意見が認められない国の世論調査が必ずしも信頼できないのは明らかだ。

ウクライナはこの先何年も、この無用な戦争による破壊の傷を引きずっていくことになるだろう。だがロシアもまた、自分たちの政府が仕掛けた悪意ある情報戦の後遺症に悩まされることになるだろう。

本稿はCNNのジル・ドーティー記者の分析記事です。

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