ANALYSIS

自制か報復か イラン対応でイスラエルが抱えるジレンマ

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イランによる攻撃について協議するネタニヤフ首相主導のイスラエル戦時内閣/Anadolu

イランによる攻撃について協議するネタニヤフ首相主導のイスラエル戦時内閣/Anadolu

(CNN) イランからの攻撃に対する対応をめぐり、イスラエルではいまだ意見がまとまっていない。イランは先週末、イスラエルの領域にミサイルなど300発以上を発射した。両国が軍事的に直接対立するのはこれが初めてだ。

イスラエルは前代未聞の攻撃に対する適切な対応策を模索する一方で、自制を求める国際社会からの圧力にも配慮しなければならない。今後ベンヤミン・ネタニヤフ首相は、強い姿勢を求める右派連立政権と、諸外国の援助なしに戦争を拡大することで国際社会からの孤立を深める危険とを天秤(てんびん)にかけなければならない。

イスラエル戦時内閣は15日に閣議を開いて3時間近く協議したが、イランの攻撃に応酬する意志は変わらなかった。イラン側は今回の攻撃について、今月1日にシリア・ダマスカスのイラン大使館がイスラエルによるとみられる空爆を受けたことへの報復措置だとしている。情勢悪化を牽制(けんせい)する同盟諸国の圧力が高まっているものの、イスラエル国防軍(IDF)のヘルジ・ハレビ国防軍参謀総長は15日、イスラエルに対するイランの攻撃には「何らかの対応がなされるだろう」と発言した。

CNNが取材した2人のイスラエル政府関係筋によると、閣議では対応のタイミングおよび規模が検討された。そのうち1人の話では、イスラエルは早急に行動しなければならないという雰囲気が漂っていたという。

CNNが取材した米国政府高官および情報当局関係筋いわく、イスラエルの軍事報復は規模が限定されると予想される。別の情報筋によると、米国はイスラエルがイラン国内で局所的かつ限定的な攻撃を検討しているとの情報もつかんでいる。

米国政府高官によれば、攻撃計画の内容やタイミングについて、イスラエルからいまだ正式な通知はないという。

「イスラエルが米国に事前通知をしてくるという保証はない。もし事前に知らせれば、攻撃内容が何であれ米国があらためて反対の意思を表明することは、イスラエルも承知している」(政府高官)

またイランに対してイスラエルが対応しなければ、「情勢が沈静化し」、現状維持の状態に戻るだろうと米国は確信しているとも語った。

「だが今後何らかの対応があれば、それをきっかけに他の可能性が立て続けに開けてくる。そうした可能性には非常に恐ろしいものもある」とその高官は続けた。

厳しい選択

専門家によればイスラエルに与えられた選択肢はごくわずかで、いずれも代償を伴う。とりわけイスラエルはガザ地区でハマスとの凄惨な戦闘に巻き込まれ、すでに6カ月が経過している。イランの支援を受けた近隣の複数の武装勢力とも衝突が続いている。

イスラエルがイランに直接攻撃すれば、またもや前例を作ることになるだろう。イスラエルは長年イランに隠密作戦を実行し、国家の安全保障を脅かす脅威と見なした人物や施設をたびたび攻撃してきたが、イラン領域に直接軍事攻撃を仕掛けたことは一度もない。

イランのエブラヒム・ライシ大統領は15日、「イランの国益に対するどんなに些細(ささい)な攻撃も」「激しく、大規模な、痛みを伴う」報復を招くだろうと牽制(けんせい)し、イスラエルを攻撃したことについては「正当な防衛行為だった」との見方を示した。

「間違いなく新たな段階に突入した。イスラエルとイランの対立は非常に危険な段階を迎えている」と語るのは、イラン情勢に詳しいテルアビブ大学付属国家安全保障研究所(INSS)のラズ・ツィムト氏だ。「イランがイスラエルとの駆け引きのルールを変えようとしているのは確かだ……今後さらに直接攻撃が続くことも考えられる」

イスラエルは報復しないわけにはいかないだろうが、イラン政府が先週末の攻撃を上回る規模で報復するとの構えを見せていることから、今すぐ「イラン国内の標的に全面的な軍事攻撃」を仕掛けることはないだろうと同氏は語った。

イランが発射したドローンやミサイルに対して作動するイスラエルの対ミサイルシステム/Amir Cohen/Reuters
イランが発射したドローンやミサイルに対して作動するイスラエルの対ミサイルシステム/Amir Cohen/Reuters

「イスラエルはこれまで同様、新たに戦争の火種を招くのではなく、引き続きガザ地区での主要目的の達成に専念する方に傾いている」とツィムト氏はCNNに語った。

元イスラエル外交官のアーロン・ピンカス氏も、イスラエルが直接攻撃でイランに報復する可能性は低いと語っている。だが仮に直接攻撃があった場合、どんな影響が及ぶかは標的次第だと言う。狙われるとすればイランの軍事施設や核開発プログラムが標的になるのではないかと同氏は語った。「それぞれの標的ごとに、情勢悪化の度合いも異なってくる」

イスラエル政府関係者は15日、現在検討中の軍事対応案のひとつとして、イランの施設への攻撃をCNNに挙げた。イラン政府にメッセージを発信しつつ死傷者を出さずに済むだろうという考えだが、至難の業であることはイスラエルも認識していると政府関係者は付け加えた。

同盟国からの抑制

しかしながらイスラエルの対応には制限がかかる可能性もある。事実として、イランによるミサイルおよびドローン(無人機)の一斉攻撃を阻止した際、イスラエルは非公式な同盟関係の下で行動していたからだ。同国の元軍諜報(ちょうほう)部トップ、タミル・ヘイマン氏はX(旧ツイッター)への投稿でそう分析する。

イランの攻撃は米英仏をはじめとする同盟国、およびヨルダンの援助で阻止された。

現在INSSのトップを務めるヘイマン氏は14日、「こうした同盟関係は効果的で、かつ重要だ。だが対応の自由を制限することにもなる」と語った。イスラエルと同盟関係にある欧米およびアラブ諸国は、イランに報復しないようイスラエルを説得している。

事情に詳しい米国政府関係者によると、ジョー・バイデン大統領および米国家安全保障部門の高官は、イランへの報復攻撃に米国は一切関与しないとイスラエル側に通知しているという。バイデン氏は、イラン攻撃の迎撃成功こそが大きな勝利だとの位置づけを図り、イスラエルによる追加の措置は不要だとの見方を示した。

15日には米国家安全保障会議のジョン・カービー報道官もこうした立場を強調した。「今回イランが未曾有(みぞう)の攻撃に踏み切ったからという理由だけで……中東情勢の一定の緊張激化を受け入れるべきだという話にはならない」

13日、米ホワイトハウスのシチュエーションルームでイスラエルへの攻撃について協議するバイデン政権の安全保障担当チーム/Adam Schultz/The White House
13日、米ホワイトハウスのシチュエーションルームでイスラエルへの攻撃について協議するバイデン政権の安全保障担当チーム/Adam Schultz/The White House

国内政治情勢のポイント

イスラエルにとっては国内の政治情勢も判断材料になりそうだ。ネタニヤフ首相はイスラエル史上もっとも右寄りの連立政権を率いており、連立政府の崩壊を防ぐためには強硬派をなだめなくてはならないだろう。

ネタニヤフ首相は昨年10月7日にハマスによる攻撃を未然に防げず、ガザ地区で今も囚(とら)われている100人以上の人質解放を実現できずにいることから、国内で激しい批判を受けている。

イスラエルがいかなる報復を決定しようとも、ネタニヤフ氏率いる極右政権からの影響や、首相自身の政治保身に大きく左右されるだろうとピンカス氏は予測する。

「ネタニヤフ氏にとっては政治的駆け引きと保身がすべてだ。連立政権を維持し、戦況拡大で10月7日のハマス襲撃事件から距離を置きたいという狙いがある」(ピンカス氏)

「同氏の頭の中では、中東での紛争やイランとの直接対立は本人がこしらえた筋書きと合致する。つまり、10月7日襲撃事件はテロ攻撃であると同時に、より大きな対立構造や軍事行動のひとつだと同氏は考えている」

今もガザで戦闘が続いていることから、イスラエルの世論は新たな火種が増えることを望んでいないとピンカス氏は続けた。

「世間はいまだ10月の事件に打ちひしがれ、ショックを受けている。情勢悪化でイランとの全面直接対立を招くことは大衆も望んでいないだろう」(ピンカス氏)

イスラエルの空爆によって破壊されたシリア・ダマスカスのイラン大使館の付属施設=2日撮影/Louai Beshara/AFP/Getty Images
イスラエルの空爆によって破壊されたシリア・ダマスカスのイラン大使館の付属施設=2日撮影/Louai Beshara/AFP/Getty Images

国際社会での信用

先週末にイランの攻撃を受ける前、イスラエルは国際舞台で孤立を深めていた。原因となっているガザ地区での戦闘行為では、パレスチナ人の死者数が3万3000人を超えている。だがイランの攻撃以降、西側諸国はイスラエル支持で結束し、イスラエルの自衛権を擁護している。

イスラエルの政治家の間では、今回の攻撃で得た支援を弾みに報復に出るべきだという意見も上がっている。

その一方で、「国際的な信用」を利用するのはイラン政府への攻撃、またはガザの都市ラファ侵攻のいずれか一方にするべきだという意見もある。イスラエルは100万人以上のパレスチナ人が避難生活を送るラファをハマスの最後の拠点と見なしている。予定されていたラファへの地上作戦は、世界各国からの一斉反発を受けて延期されていた。

CNNが取材した2人のイスラエル情報筋によると、今週予定されていたラファへの地上作戦はイラン攻撃への対応検討により延期されたという。イスラエル政府関係者の話では、作戦実行の意思は変わらないものの、民間人の避難や地上攻撃のタイミングは明らかにされていない。

ガザでの戦闘やラファ地上作戦の行方は、イランの攻撃への対応策を協議する戦時内閣の閣議でも話題に上っていた。

「対応は必須だ――可能性の高い選択肢は二つ。昨日の攻撃に乗じてイランを攻撃するか、あるいは米国の同意を取り付けてラファを侵攻し、ハマスを壊滅させるかだ」。ネタニヤフ首相の下で国家安全保障補佐官を務めたこともあるヤーコフ・アミドロ氏は15日、地元紙エルサレムポストの取材でこう語った。

CNNが取材した2人の政府関係者の話では、戦時内閣の重要人物ベニー・ガンツ氏はイランの攻撃に速やかな対応を要求しているという。イスラエルの対応が遅れれば、国際社会からの支援を得にくくなるだろうというのが同氏の意見だ。

イスラエルが報復措置に踏み切れば緊張状態が高まり、さらにイスラエルの孤立化が進むという反対意見もある。とりわけイスラエルが国交正常化を図る湾岸アラブ諸国との隔絶は濃厚だ。

危機にさらされるアラブ諸国との関係

イスラエルに友好的な国も含め、アラブ諸国はイラン攻撃による情勢悪化の可能性に懸念を表明しているが、あからさまな非難には至っていない。

イスラエルによると、イランから発射されたドローンの大半はイスラエル領空圏内に入る前に迎撃されたという。ヨルダンはこうしたドローンを多数撃墜したために、アラブ諸国の反感を買った。ヨルダン側は自国民を保護するのが目的で、領空侵犯への対応だったと主張している。

だがヨルダンはドローン迎撃にこそ絡んだものの、ネタニヤフ政権を糾弾する姿勢を隠してはいない。CNNのベッキー・アンダーソン氏とのインタビューに応じたヨルダンのアイマン・サファディ外相は、イランの立場への賛同を示唆。ダマスカスにある外交施設を空爆されたことへの報復だとするイランの見解を支持しているようだった。

「私の考えでは、情勢悪化を避けて戦争の沈静化という共通の目的に歩み寄るべきだという圧力は、現在はイスラエルに向けられている」とサファディ外相は15日のインタビューで発言し、ネタニヤフ首相は世間の目をガザ地区の戦争からそらすために情勢悪化を望んでいると警告した。

イスラエルもアラブ諸国との関係修復という大きな課題を背負っている。アラブ諸国の一部はイランとペルシャ湾を挟んで位置し、米軍が駐留しているため、イランと同盟関係にある武装集団から攻撃を受けてきた。そうした国々はイランとイスラエルとの間で微妙なバランスを取ろうとし、自国の安定と石油輸出という観点から両国の全面戦争の影響を懸念している。

「今のところ(湾岸諸国が)一番避けたがっているのが戦争だ。戦争になれば石油価格が高騰し、ホルムズ海峡が封鎖されてしまう」。世界でもっとも重要な石油輸送の拠点について、ピンカス氏はCNNにこう語った。イスラエルが情勢悪化の責任を問われることになれば、こうしたアラブ諸国との関係に支障をきたす可能性もあると同氏は続けた。

本稿はCNNのナディーン・エブラヒム、ジェレミー・ダイヤモンド両記者による分析記事です。

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