ANALYSIS

南シナ海を騒がせる「海上民兵」 中国政府は存在を否定

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中国船、フィリピン船に放水銃使用

(CNN) 領有権をめぐる論争が続く南シナ海で、中国海警局の船がフィリピン沿岸警備隊の小型船に対して放水銃を使用した。国際紛争の政治的火種という見方が一般的な海域であることから、非常に気がかりなニュースだ。

だが、この事案を収めた映像を詳しくみれば、間違いなく、より一層衝撃的なものが細部に潜んでいる。専門家によれば、中国政府の「リトル・ブルー・メン」とも呼ばれる海上民兵と中国軍とのつながりを示す、これまでで最も説得力のある証拠だ。

フィリピンが提供した今月5日の事件の映像には、フィリピンの船が南沙(英語名・スプラトリー)諸島のアユンギン(英語名・セカンド・トーマス)礁にある隔絶された軍事拠点に物資を供給するのを、複数の中国船舶が妨害しているようすが写っている。関与した中国船の多くには「中国海警局」と記されているが、船団には漁船と思しき青い船が少なくとも2隻写っている。

フィリピンや米国および西側諸国の海上安全保障の専門家は、これらの船が中国政府の支配下にある海上民兵だと考えている。専門家によれば、こうした海上民兵の船は数百隻強に上り、中国が南シナ海および周辺で領有県を主張する際に、非正規の(表向きには否定できる)軍隊として活動しているという。

専門家によれば、これらの船は2021年に、やはりフィリピンが南沙諸島で領有権を主張するウィットサン礁に220隻もの船で集まった同じ勢力の一部だ。

フィリピン沿岸警備隊の広報担当者ジェイ・タリエラ氏は先週の記者会見で、「今回の活動に限って言えば、中国の漁船が単なる漁船ではなく、中国海警局の命令を受けて我が国の補給作業の妨害活動を支援した海上民兵だと結論づけられる」と述べた。

最新の事例は、中国とフィリピンが長らく領有権を争っていたアユンギン礁で、フィリピンが駐留する海兵隊への補給を試みた際に発生した。

陸地から遠く離れたアユンギン礁は、中国本土の南端から620マイル(約998キロ)以上、フィリピンのパラワン島からは120マイル(約193キロ)ほどの場所にある。

フィリピンは1999年、第2次世界大戦時代の戦艦「シエラマドレ号」をアユンギン礁に座礁させて領有権を主張し、現在も海兵隊員を駐留させている。だが船が孤立状態で老朽化していることから、妨害行為を行うことが比較的容易になっている。

中国は5日の対立後、フィリピンはアユンギン礁に船を座礁させ、中国の主権を侵害していると主張した。

「フィリピン側は『座礁した』戦艦を引き揚げると度々約束しておきながら、すでに24年が経過した。フィリピンは戦艦を引き揚げないばかりか、仁愛礁を恒久的に占拠しようと大規模な修復・補強を試みた」。中国海警局は声明でこのように述べ、アユンギン礁を中国の名称で呼んだ。

中国は、5日の行動について、「プロ意識を持った節度ある行為だった。非難されるいわれはない」と述べた。

CNNはこの件について追加でコメントを求めたが、中国当局からは返答はなかった。

南シナ海ではアユンギン礁以外にも、マレーシア、ベトナム、ブルネイ、台湾が領有権を主張する地域が他にもたくさんある。だが中国の主張は桁違いの規模だ。2016年にハーグの国際司法裁判所から却下されたにもかかわらず、中国は南シナ海130万平方マイル(約337平方キロ)にわたって領有権を主張している。

中国はこの20年間、南シナ海で数多くの岩礁や環礁を占領し、滑走路や港などの軍事拠点を建設している。

西側諸国の専門家は、民兵とみられる集団について、軍隊とみなすべきだと警告している。これらの数百隻の船舶は、中国人民解放軍の資金援助を受け、支配下に置かれているとみられている。専門家によれば、ウィットサン礁の件でも明らかなように、民兵が単独、または海警局や人民解放軍海軍と連携して行動を起こし、領有権が争われている岩礁や島を速やかに包囲する可能性もあるという。

民兵と疑われる船が映像に収められたのは今回が初めてではないものの、多くの専門家は中国軍と民兵の協力度合いを最も強く示す事例のひとつだと考えている。そうした相互関係がより鮮明になったのが21年だ。この年、中国海警局は中国中央軍事委員会の管轄となり、実質的に中国軍の一部に組み込まれた。

「(中国が)事前の計画やリアルタイムの交信なしに、あの作戦を成功させることはできない」。米国防省の元職員で、現在はアジア・ソサエティ政策研究所中国分析センターの上級研究員を務め得るライル・モリス氏はこう語る。

「グレーゾーン」戦術

中国側はこうした海上民兵の存在を一切認めていない。これまで船について質問を受けると、「いわゆる海上民兵」と呼んでいる。

だが西側の専門家に言わせれば、このように否定できることがミソでもある。

スタンフォード大学国家安全保障イノベーションのゴーディアン・ノット・センターのレイ・パウエル氏によれば、海上民兵は「グレーゾーン」で中国の任務を支援し、戦争行為とみられてもおかしくない一歩手前の行動で、同等の成果をあげている。つまり、中国政府は一戦を交えることなく領海を獲得または支配できるのだ。

パウエル氏もモリス氏と同様、アユンギン礁周辺での中国の狙いは基本的に海上封鎖、すなわちアユンギン礁への自由な行き来を妨害する海軍任務だと語る。

中国船舶は「補給船を物理的に妨害した。実際に海上封鎖が行われていることは否めない」(パウエル氏)

専門家が指摘するように、中国人民解放軍海軍が正式に海上封鎖すれば戦争行為にあたる。代わりに民兵を使ってグレーゾーンで事を進めることで、中国は米比相互防衛条約に基づく対応が求められるほどの対立に至ることなく軍事活動を続けている、というのが専門家の意見だ。

中国のオウンゴール?

だがモリス氏によれば、フィリピン沿岸警備隊が公開した動画などの証拠は、海上民兵を合法的戦闘員とみなすべきだという米国、フィリピン、諸外国の主張を後押ししている。

「民兵が、中国中央軍事委員会が管轄する中国海警局の指揮下にあることを(米国が)証明できれば」、相互防衛協定の発動に至る行為だと米国政府が主張することも可能になるとモリス氏は言う。

そうなれば、今後フィリピン海軍がアユンギン礁に補給する際、米海軍または米沿岸警備隊が護衛を務める可能性もある。

だがこうした活動に米国が加わった結果、緊張状態をエスカレートさせるのは米政府もフィリピン政府も望まないだろうとパウエル氏は指摘する。

「海上封鎖は戦争行為だ。さまざまな含みを持つ言葉なので、政府高官はこの言葉を使用するのに非常に慎重であり続けるだろう」(パウエル氏)

中国は持久戦

専門家によると、中国政府はアユンギン礁をめぐって本気で戦闘を始める気はないものの、持久戦に持ち込む余裕はありそうだ。

スイスのウェブスター大学で国際関係を教えるライオネル・ファットン教授によれば、中国が「グレーゾーン」戦術を実践し、「この地域で米国がさらに関与すると予想される中、事を荒立てる能力を示す」上で、アユンギン礁はうってつけだという。

米国政府は、アユンギン礁からそう遠くないパラワン州バラバクなど、さらに多くのフィリピン軍事施設へのアクセスを増やしている。

一方パウエル氏も指摘しているように、シエラマドレ号の老朽化した状態を考えると、時間的プレッシャーにさらされているのはフィリピンだ。

シエラマドレ号は70年以上も前に建造された元米海軍の戦車揚陸艦で、少しずつ腐食が進んでいる。居住状態を維持するのは簡単な作業ではない。

実際のところ、補強に必要な資材を運んでいた補給船が5日に中国から進行妨害されたため、補修作業はやや困難になった。

「シエラマドレ号は見るからに腐食し、構造的にも安全とは言えない状態になっている。いつか崩壊が始まり、補強しなければ居住は不可能だろう」(パウエル氏)

「その時に中国の戦略が功を奏する。中国は哀れなフィリピン海兵を『救出』するだけでいい。アユンギン礁周辺には中国軍しかいないのだから」(パウエル氏)

「(中国はその後)礁を支配するつもりだ」とパウエル氏。「変化が起きない限り、そうなることは間違いない。もはや時間の問題だ」

本稿はCNNのブラッド・レンドン記者による分析記事です。

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